17-11 タチアナの謝罪から
別室のドアを閉め、互いに椅子へ座ったところで、タチアナが深々と頭を下げて来た。
「イチノスさん、まずは深くお詫びします」
まてまて、商工会ギルドの再現か?(笑
頭を上げたタチアナが、真っ直ぐに俺を見て話しを続けた。
「実は、イチノスさんが依頼されている薬草ですが確保が困難になりました」
あぁ、その件か。
ここ数日の冒険者ギルドでは、討伐依頼用のポーションを作っているので、薬草の確保が難しいのだろう。
「現在、ギルドで保管している量を再確認したのですが、先月、イチノスさんへお渡しした量に届かないのです」
「どのぐらい足りないのですか?」
「半分は確保できたのですが、正直に申し上げて月末の31日に全量は困難そうなのです」
俺の問い掛けに、タチアナが顔に緊張を浮かべて、申し訳なさそうに答えてくる。
俺としては半分あれば何とかなりそうな気もする。
冒険者ギルドで討伐依頼用のポーションを作り始めた今は、俺の店へポーションを求めて来る客が減っているのも事実だ。
来月も同じとは言えないが、討伐依頼の翌月にポーションが必要になる冒険者は、それほど多くはないだろう。
「ここ数日でどれだけ確保できるかなんですが、やはり全量は難しそうなんです。それで、少しでも早くイチノスさんへお知らせしようと思いました」
「そうですか。お手数をお掛けします」
そう答えながら、月末の31日の予定に思いを巡らす。
月末の31日って明後日だよな?
商工会ギルドでの魔石の入札に目が行って、ポーション作りを忘れていたな。
俺の方法でポーションを作ると、どうしても丸一日と半日=ほぼ二日は時間を取られるんだよな。
明後日の昼前に商工会ギルドだから、明日から作り始めるのは無理だな。
明後日の31日に作り始めても良いが、昼前に商工会ギルドの用事があるから、少し避けたい感じだな。
ポーション作りは何も用事の無い二日間で行いたい。
そう考えると、無理に31日にポーション作りを始めるのは避けたい気がする。
これは31日のポーション作りは諦めよう。
確か来月の1日は何も予定が無かったはずだし、翌2日も予定が無いはずだから、次のポーション作りは1日にしよう。
「タチアナさん、今月の薬草の引き渡しは月末の31日ではなく、来月の1日にしましょう。今は半分は確保できているんですよね?」
「はい、半分は確実にお渡しできます。では、引き渡しは1日で宜しいですか?」
「そうですね、サノス⋯」
俺はそこまでサノスの名を口にして、ロザンナのことを思い出した。
「サノスとロザンナに1日の昼前に取りに来させます」
「わかりました。1日の昼前ですね」
「代金は預かりから清算でお願いしたいのですが、まだ余裕はありますよね?」
「そちらは何も問題ありませんよ(笑」
タチアナの顔から緊張が消えて笑顔が戻った気がする。
薬草を確保できないことが、タチアナをそれほど神経質にさせていたのだろうか。
その付近はタチアナが考えていることなので、突っ込んで聞かないほうがいいだろう。
まだ時間もありそうなので少し雑談でもするか。
「緊張しましたか?(笑」
「えっ?! えぇ、緊張しました(笑」
「まぁ、今回は仕方ない思いますよ。討伐依頼で皆へ配るためのポーションを、ギルドでも作り始めたんですから」
「えぇ、あれもおかげさまで順調です」
「教会長やシスターは毎日来てるんですか?」
「はい、都合の良い時に来て貰ってます」
どうやら、冒険者ギルドでのポーション作りは順調なようだ。
そこでまでタチアナと会話を重ねて、俺は昨日の事を思い出した。
サカキシルの定期便で、ポーションの空瓶を冒険者ギルドへ運んでいたよな。
「そういえば、ギルド製のポーションをサカキシルへ運んでるんですか?」
「あぁ、あれですね。イチノスさんは、ご存じだったんですか?」
「たまたまですよ。昨日、指名依頼から戻ってくる時にリリアとシンシアの二人に拾って貰ったんです」
「そういえば、イチノスさんは指名依頼で行かれてましたね」
タチアナは冒険者ギルドの職員だから、当然のように俺が指名依頼を受けて古代遺跡調査隊へ参加したことを知ってるんだよな。
「その時の積み荷が、冒険者ギルドへ届けるポーションの空瓶と聞いて、ちょっと気になったんです」
「あれは魔物討伐の拠点がサカキシルへ移ったからなんです」
あぁ、理解できてきたぞ。
西街道沿いの魔物討伐は、リアルデイルからサカキシルまでを終えたんだ。
そしてサカキシルへ魔物討伐の拠点を移して、サカキシル周辺やジェイク領に向かう西街道沿いでの魔物討伐を行っているのだろう。
「そうなると、リアルデイルからの魔物討伐は落ち着いた感じなんですか?」
「そうですね。魔物討伐に参加していただける冒険者の方々は、サカキシルで寝泊まりして頑張ってくれてますね」
「それなら尚更(なおさら)、ポーションをサカキシルへ送る必要がありますね」
「そうなんです」
そこまで聞いて、少し疑問が湧いた。
このリアルデイルからジェイク領に向かう西街道沿いの魔物討伐。
それがリアルデイルからジェイク領へ向けての、一方通行での魔物討伐なのだろうか?
ジェイク領の方からリアルデイルへ向かっては、魔物討伐は行われていないのだろうか?
「ジェイク領の方からも魔物討伐はしてるんですか?」
「みたいですね。けど、リアルデイルの冒険者ギルドへ移籍を希望する人が出始めてて⋯」
ん?
移籍を希望する?
何やらタチアナの話が変な方に向かい始めたぞ?
「何かあったんですか?」
思わずタチアナへ問い掛けてしまったが、俺は自分の発した言葉に後悔した。
「いいのかな、イチノスさんに話して⋯」
「いや、止めましょう(笑」
「?!」
「私は興味本位で、ギルドで作ったポーションの行方を聞いただけです」
「はぁ⋯」
「タチアナさんもギルド職員ですから、話せることと話せないことがありますよね?(笑」
「は、はい、ありがとうございます(笑」
コンコン
そこまでタチアナと会話したところで、別室のドアがノックされた。
「はい!」
まるで条件反射のようにタチアナが応えると、ドアが開いてニコラスが入ってきた。
「タチアナさん、終わりました?」
「はい、無事にイチノスさんから了解をいただきました」
そう答えたタチアナの声が明るい感じだ。
その様子から、俺への薬草に関してはギルドの課題として、ニコラスとも共有していたのだろうと伺える。
「では、イチノス殿。次の打ち合わせへお願いできますでしょうか?」
ハイハイ
もう時間になったんですね。
ニコラスの勧めに従って席を立ち上がったところで、共に立ち上がったタチアナが改めて頭を下げて礼を述べてきた。
「イチノスさん、今日はお時間をいただきありがとうございました」
「いえいえ。こちらこそ、ありがとうございます。早めに知らせてくれたタチアナさんの心遣いに感謝しています」
急なタチアナの言葉に驚きながら応えてしまった。
どうも街兵士への、労いを込めた様な表現での返事になってしまった気がする。
そう思っていると、タチアナが満面の笑顔で俺を見てきた。
あぁ、これってギルマスがタチアナを褒めた時の顔に似ているな。
俺の言葉で、素直にタチアナが喜んでくれたんだ。
人の喜ぶ顔を見るのは良いな。
この後のギルマスとの打ち合わせで、良いことがありそうな気がするな。
そんなことを思いながら、3人で別室を後にした。
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