9-4 生存している○○はおりません


 新たな『魔法円』のデザインが煮詰まって来た。

 ふと、壁掛けの時計を見れば3時になろうとしている。

 そろそろ教会長がみえる時間だ。


コンコン


 店の扉をノックする音がする。

 席を立ち上がり店舗へ顔を出すと、出入口の扉の窓ガラス越しに白い衣装が見えた。

 時間どおりに教会長がみえられたようだ。


カランコロン


 俺の姿が見えたのか、教会長が扉を開けて店内へと入って来た。


「教会長、足を運ばせてすいません」

「いえいえ、教会へ戻る途中ですので」


「直ぐに片付けますので、少しだけお待ちいただけますか?」


 俺は教会長の返事を待たずに作業場へ戻り机の上を片付ける。

 空の箱を棚から取り出し、新たな『魔法円』のデザインに使ったメモ書きの全てを放り込み蓋をする。

 その箱を作業中の棚へ片付ければ準備完了だ。


 急ぎ店舗へ行き教会長を作業場へと案内した。


「散らかっててすいません。そちらの席へお座りください」


 教会長は作業場を見渡し、俺の案内したサノスがいつも座っている席へ腰を降ろしてくれた。


 俺は台所へ行き、サノスが準備してくれた両手持ちのトレーを手に作業場へ戻ると、教会長が軽く周囲を見渡していた。


「やはりイチノスさんの職場は、整理整頓が行き届いているのですね」

「ククク 弟子のサノスが綺麗好きなのでしょう。教会長、お出しできるのが東国の御茶なのですがよろしいでしょうか?」


「いえいえ、お構い無く」


 教会長から了解を得られたと判断して、俺は御茶を淹れる準備を進める。


 まずは『水出し』と『湯沸かし』の『魔法円』を並べ、ティーポットを『水出しの魔法円』へ乗せる。

 『オークの魔石』を使ってティーポットに水を出したところで、教会長が口を開いた。


「それは、イチノスさんのお店で扱われている魔法円ですか? 随分と小さいと言うか場所を取らないのですね」

「教会長、実はこれでも大きい方なんです」


「ほぉ~ これで大きいのですか?」

「教会長もご存じのとおりに、私は冒険者の方々へ商売をしています。彼らは持ち歩くことを考えて、より小さいものを欲しがるのですよ」


 そんな会話をしながらティーポットを『湯沸かしの魔法円』へ乗せて行く。


「教会で使っておりますのは、これの倍以上の大きさです。冒険者の方々はもっと小さいのを使われているとは驚きです」

「教会でも『魔法円』を使われているのですか?」


「はい。西町の教会が開かれた際に、ウィリアム様から寄付されたものと聞いております」

「ほぉ~ ウィリアム様のそうした気遣いはありがたいですね(笑」


「はい。『魔石』も定期的に支給していただき、大変に助かっております」


 そうした会話をしているとティーポットから湯気が立ってきた。

 俺は『水出しの魔法円』で、ティーカップへしっかりと水を出してティーポットへと注ぐ。

 先ほどの予行演習での失敗を反省して、湯温を下げる水を多めにしてみたのだ。


 ティーポットに茶葉を入れ、暫く浸出する時に気が付いた。


 教会長は俺の事を『イチノスさん』と呼んでくれている。

 これなら今日は、教会長と気さくに話が出来そうだ。


 御茶の濃さが均一になるようにティーカップへ注いだら、つたない東国の知識から一言添え、教会長の前に差し出す。


「粗茶ですが」

「ありがとうございます」


 教会長と共に口を付ければ、爽やかな味わいが口内に広がる。

 これは、朝飲んだ時よりも美味しいんじゃないか?


「イチノスさん、これが東国の御茶ですか? なかなかおもしろいと言いますか⋯ かなり上質な御茶でしょうか?」

「いえいえ、雑貨屋でサノスが買ってきたものです。きっと湯温がよかったのでしょう」


「実は、以前に『東国の御茶』をいただいた機会があり、その時には苦く渋いものだったのです」


 教会長が味を確かめるように、もう一口、御茶を口にしてくれた。


「それは多分に湯温が不適切だったのでしょう。私もにわか知識ですが、御茶と言うものは湯温で味が変わると聞いています」

「なるほど、東国の御茶とは随分と繊細な物なのですな」


「私も最近知ったのです(笑」

「ハハハ」


 教会長との会話が良い感じだ。

 良い御茶も出せたし、これなら教会長から勇者についても、良い話が聞けるだろう。


「さて、イチノスさんの今日の用件は、前回の続きと考えて良いでしょうか?」


 教会長から、若干、曖昧に切り出してきた。

 これは俺が考えていた流れではないぞ。


「いや、教会長。大変に申し訳ありませんが、私の話を聞いてもらえますか?」

「おっと、申し訳ありません。先を急ぎすぎました」


 教会長が申し訳なさそうに頭を下げてくる。


「いえ、私が切り出さないがために⋯ すいません」

「いえいえ、それでイチノスさんの用件は?」


「はい、私は今とある方からの依頼で『勇者』を探しております。前にもご相談しましたが、勇者にお会いしてお力をお借りしたいのです」

「い、イチノスさん⋯ 勇者ですか?」


「勇者です」

「それであれば、市井ではランドル様と以前にお話ししたはずですが⋯」


「いえ、私が教会長に教えていただきたいのは⋯」

「⋯⋯」


 俺は準備していた言葉で教会長へ問いかけた。


「今現在、教会から認められた、生きている勇者は誰でしょうか?」

「⋯⋯」


 あれ? 俺の質問が変なのか?

 教会長は一言も喋らず黙ったままだ。


「教会長⋯」

「⋯⋯⋯」


 呼び掛けてみるが、教会長は押し黙ったままだ。


「「⋯⋯⋯⋯」」


 俺は教会長の言葉を待つことにした。


 教会長の沈黙は何なのだろう⋯ 言葉を選んでいるのだろうか。

 教会長は両手を合わせ、御茶の入ったティーカップを見詰めている。


 互いに何も喋らず、静かな時が過ぎて行く。


 コトコト⋯ これは馬車の音だな。

 ピィピィ⋯ 鳥の鳴き声か。


 数日前に同じ様な時間を過ごした気がする。

 あの時は、ヘルヤさんの依頼を受ける前だ。

 ヘルヤさんが考える時間を欲して、俺はその言葉に黙して待っていた。


「イチノス殿」

「ん?」


 教会長の俺を呼ぶ呼び名が『さん』から『殿』に変わったぞ?


「結論から申し上げます」

「はい、お願いします」


「現在、イチノス様が問われる、教会が認た生存している勇者はおりません」

「!」


 俺は教会長の言葉に自分の耳を疑った。


 教会長は何と言った?

 『生存している勇者はおりません』と言ったよな?


「教会長、今なんとおっしゃいました?」

「イチノス様、落ち着いて聞いていただけますか?」


「『生存している勇者は いない』と言いましたか?」

「イチノス様、お願いです。落ち着いて聞いてください」


 そ、そうだな。

 教会長の言うとおりだ、少し落ち着こう。

 俺は何を焦っているんだ。

 俺は『なぜ』焦っているんだ?


 すぅ~ ふぅ~

 教会長に気付かれないように、悟られないように静かに深呼吸をした。


「ベルザッコ殿、ルチャーニ様、今後、『様』も『殿』も禁じませんか?」

「あっ! すいません。イチノス⋯さん。実は私、緊張しておりまして⋯」


「いや、私も取り乱してすいませんでした。さきほどの『教会から認められた生きている勇者は誰か?』というのは、私の受けている依頼に関わることでしたので⋯ 本当にすいませんでした」

「いえ、私も聖職にあるまじき冷淡な言葉を返してしまいました。どうかご容赦ください」


 互いに頭を下げ合う中、教会長が互いを救ってくれる言葉を口にしてくれた。


「イチノスさん。『勇者』を語る上で、私から1つ提案をさせていただいてよろしいでしょうか?」

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