9-5 勇者の認識


 教会長を招き入れ、俺は『勇者の魔石』を作る上で必須条件となる『生存する勇者』を教会長へ問い掛けた。

 その問い掛けに返ってきた教会長の言葉は『生存する勇者はおりません』と言う無情なものだった。


 その言葉に俺は取り乱し、教会長も自身の言葉の冷淡さに気が付いた。

 だが、互いの非礼と醜態を詫び合う中で、教会長が救いの言葉を口にしてくれた。


「イチノスさん。『勇者』を語る上で、私から1つ提案をさせていただいてよろしいでしょうか?」

「はい、どういった提案でしょう?」


「互いに『勇者』の認識が違っている可能性は感じませんか? イチノスさんが考えている勇者と、私が『生存している勇者はおりません』と述べた『勇者』は違っているやも知れません」


 教会長の言うとおりだ。

 俺からの『生存する勇者は誰ですか?』の問い掛け、教会長の『生存する勇者はおりません』の返事で、一度は『勇者』への扉が固く閉じられた。

 しかし、教会長から発せられた提案は、その固く閉ざされた扉を、再び開ける方法を互いの知恵で考えようというものだ。

 これを俺は素直に受け入れるべきだと即座に判断した。


「そうですね。教会長のおっしゃるとおりです」


「では、どうしましょうか? 私が『おりません』と答えた『勇者』について⋯」

「いや、教会長。私から問い掛けたのですから、私の考えている『勇者』の話をさせてください」


 俺は教会長を制して、まずは自分の考えが正しいかを確かめることにした。


「そうですね、確かにこれはイチノスさんからの問いかけでした。ですので、まずはイチノスさんの考えている『勇者』をお聞かせください」

「ちょっと失礼します」


 俺は教会長へ告げて席を立ち、棚からメモ用紙とペンを取り出した。

 自分の『勇者』に関する考えをメモ書きして、整理しながら話そうと思い付いたのだ。


 自席に戻り、まずは2行を書き記す。


   1.魔王を討伐する

   2.教会が勇者と認める

   3.


 『3.』と番号までは書いたが、これに続く言葉は敢えて書かなかった。


 そのメモ書きを教会長へ向けて見せながら、俺は語り始めた。


「私が考えた『勇者』とは、まずは『魔王を討伐する』です」

「うんうん」


 まずは1点目を語ると教会長は頷いてくれた。

 その頷きに安堵した俺は2点目へと話を進める。


「次に2点目は『教会が勇者と認める』です」

「うんうん」


 これにも教会長は頷いている。

 ここまで話した俺の知識というか考えが正しいということだ。


「最後に3点目です。これは教会長のお話しですと『別世界から来た者』ということになります」

「イチノスさん、正しい認識です」


 教会長は、ようやく俺の話を肯定する言葉をかけてくれた。

 そんな教会長の手が伸び、俺の脇に置いてあったペンを掴むと、メモへ書き記した。


   1.魔王を討伐する

   2.教会が勇者と認める

   3.別世界から転移してきた


 教会長が書き終えたメモを俺に向け直して言葉を続ける。


「イチノスさん、まさしくこの3点を満たしているのが、この王国の礎を築いた『最初の勇者』です」

「教会長、ようやく『勇者』の認識が合っていることを確認できました」


「はい。私としてもイチノスさんが正しい認識をされていることを、とても嬉しく思います。ですが⋯」


 ん? なんだ?

 教会長は『ですが』と付け足したぞ?


「イチノスさんは順番をどう考えますか?」

「順番? ですか?」


「そうです。『最初の勇者』は、どの順番で『勇者』に至ったとイチノスさんは考えていますか?」


 教会長がメモ書きを指差して俺に聞いてくる。

 俺は教会長が指差すメモを手に取り、順番を示す数字をペンで軽く塗り潰した。


   ■.魔王を討伐する

   ■.教会が勇者と認める

   ■.別世界から転移してきた


 次に『最初の勇者』が、まずはこの世界に存在する必要があると考えて『1』を書き込んだ。


   ■.魔王を討伐する

   ■.教会が『勇者』と認める

  1■.別世界から転移してきた


 次に『2』を書き込もうとして手が止まった。


 この2つに順番を付けるのは、ヘルヤさんと『勇者』について話した時に考えたぞ。


 あの時はどう結論を付けたんだ?


 別世界から転移して来た者を教会が『勇者』と認定し、その者が魔王討伐に向かう⋯

 その考え方と言うか順番に無理を感じたんだ。


  2■.魔王を討伐する

  3■.教会が『勇者』と認める

  1■.別世界から転移してきた


 若干の違和感を感じるが、それは記された文章と言うか言葉によるものだと思う。

 教会長が問う順番は、これが妥当な気がする。


「やはり、イチノスさんはその順番で考えますよね」

「えぇ、教会が『勇者』と認めてから魔王を討伐するというのは、無理を感じるのです。魔王を討伐したからこそ『勇者』と認められるのが妥当だと思うのです」


「『最初の勇者』でもその順番で正しいと思いますか?」

「いや、最初も2番目も関係なく、こうした流れと言うか順番が妥当な気が⋯」


 そこまで口にして、俺を見つめる教会長の瞳に言葉を止めてしまった。

 その茶色の瞳は強い意思を持っていた。


「ここから先は『教会の罪』に関わる話となります」


 教会長の発した声が低く響く。

 俺は教会長がこんな声を出すのを始めて聞いた気がする。

 その声は『教会の罪』という言葉と合わさり、俺の警戒心の鐘を叩き始めた。


「イチノスさん、以前は『教会の罪』をかいつまんで、お話させていただきました」

「えぇ、教会へ伺った時ですね」


「あの時より、イチノスさんは学びを深めていると考えておりますが?」


 語り始めた教会長から緊張が解けた感じがする。

 先ほど、教会長は『緊張している』と言っていた。

 教会長が『教会の罪』を語る上での緊張か?

 それが俺に伝染して、俺が一方的に警戒心を抱いたのか?


「届きました初等教室の教本に、わずかに毛が生えた程度とお考えください(笑」

「はい、それで十分です(笑」


 俺の冗談に教会長の瞳が和らいだ。

 どうやら教会長も緊張していたようだ。


「前回は『別世界』が信じられない事から、イチノスさんの理解を深めれなかったと記憶していますが?」

「そうでしたね。別世界の存在を否定するわけではないのですが、どうしても信じられなかったのです」


「今日は大丈夫ですか?(笑」

「大丈夫です。教会長がメモに記された『別世界から転移してきた』も受け入れております(笑」


 自分で言って何だが、これはヘルヤさんと会話できたからだな。


「別世界が存在することを信じていただかないと『最初の勇者』の話で躓いてしまいます」

「教会長、今日はご安心ください。あれから、いろいろと考えて別世界の存在を疑うこともなく、そういうものだと受け入れています」


「それならば、お話させていただきます。前回はシスターの割り込みもありましたが、今日は大丈夫でしょう(笑」

「ククク そうですね(笑」


 よしよし。

 互いに冗談が出ている。

 これなら緊張せずに話が出来そうだ。


 ん? 教会長のティーカップも俺のティーカップも空じゃないか。


「教会長、お話の前に御茶のお代わりはいかがですか?」

「おう、そうですな。イチノスさん、申し訳ありませんがトイレをお借りできますか?」


「おっと、気が付かずすいません」


 教会長をトイレに案内しつつ、俺はティーポットを手に台所へと向かった。


 良い感じで小休止を挟めたと思うぞ。

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