9-3 新たな『魔法円』に挑みます
グリーンピースとバジルのコンソメ仕立てのスープは、なかなかの味だった。
若干、硬めのバケットを浸して食べると、その旨さが増した気がする。
「洗い物が終わったら、御茶にしますね」
そう告げてサノスが洗い物を台所へと運んで行き、俺は読み掛けの教本に戻った。
「あーっ!」
台所から悲鳴がして、バタバタとサノスが作業場に戻ってきた。
「し、師匠! 御茶が無理です!」
サノス、少し落ち着こう。
その言い方は変だぞ。
「『湯出しの魔法円』が使えないから、御茶が飲めません」
「!」
そうだ、思い出した。
ダンジョウに『湯出しの魔法円』を売った直後と同じだ。
「『水出し』と『湯沸かし』を使うしかないな」
俺の言葉に、サノスがエプロンで手を拭きながら答える。
「いいんですか?」
「ん? 何がだ?」
「師匠、この後にいらっしゃる教会長も、明日のロザンナのお祖父さんとお祖母さんも『水出し』と『湯沸かし』で御茶を出すんですか?」
「うっ!」
サノスが言う来客は、どれもサノスが冒険者ギルドへ行っている時間だ。
俺が自分で『水出し』と『湯沸かし』を使って、俺自身が来客へ御茶を出してもてなす必要があるのだ。
「暫くは『水出し』と『湯沸かし』ですよ」
「サノス⋯」
俺は棚に置かれた薄紙に包まれた『湯出しの魔法円』へ目をやる。
「ダメです。型紙を書き終わるまで、絶対にダメです」
サノスの態度はなかなか強硬だ。
俺は気持ちを切り替えた。
これから飲む御茶は、3時に来店する教会長へ出す御茶の予行演習だと考えることにした。
「サノスの言うとおりに『水出し』と『湯沸かし』で代用しよう。俺が自分でやるから御茶の準備だけしてくれるか?」
ティーセットの準備をサノスに頼み、俺は棚からティーポットが乗せれそうな『携帯用の魔法円』を選び出す。
『水出し』と『湯沸かし』で、2つの『携帯用の魔法円』を机の上に並べてみると、それなりに場所を取る感じだ。
ティーポットが2つ、いや、それ以上の場所を取る感じだ。
「師匠の描いたやつにしては大振りですね(笑」
両手持ちのトレーにティーセットを乗せて持ってきたサノスは何かを言いたげだ。
「あぁ、ティーポットが乗せれそうなサイズを選んだんだ」
サノスの問いかけに答えながら『水出しの魔法円』へティーポットを乗せてみる。
ギリギリで『魔法円』にティーポットが収まっているし、魔素注入口がティーポットに掛かることもない。
次に『湯沸かしの魔法円』へティーポットを乗せてみると、これも同じ様に収まり、魔素注入口に被さらない事がわかった。
「何とかなりそうだな」
「師匠、大丈夫ですか? こっちから見るとティーポットがはみ出てますよ」
「少しなら気にするな」
反対側から見ているサノスが、ティーポットの位置を指摘してくる。
それに俺は素っ気なく返したが、サノスは注意を促すような言葉を続けた。
「えっ? だって魔法円を使うときは、内円の中にきちんと入れないとダメなんですよね?」
サノスの問い掛けは、至極当然なものだ。
「サノスの指摘は間違っていない」
「うんうん」
「だがな、少し考えてみろ。どうして『水出しの魔法円』はティーポットに水が沸くんだ?」
「?」
いかんいかん。
俺の言葉が足りなかったか?
「例えば、この『水出しの魔法円』の表面に水が湧き出さずに、少し高い位置のティーポットの中に水が沸くのはなぜだ?」
「??」
「俺の描いた『水出しの魔法円』は、内円の中心で高さが指2本分、湧き出す太さを指1本分に『作用域(さよういき)』を調整してあるんだよ」
「さ?よ?う?い?き」
「『作用域(さよういき)』と言うのは『魔法円』の機能が実際に働く場所だな」
「?????」
サノスの首が俺の説明を聞くほどに傾いて行く。
「わからないか?」
「全くわかりません(キッパリ」
「サノス、薄い皿を想像しろ。そうだな指1本分より薄い皿を想像して、それを2枚を重ねて『水出しの魔法円』へ乗せたのを想像しろ」
「うーん⋯ はい、乗せました」
「その状態で『魔法円』へ魔素を注ぐとどうなる?」
「皿に水が湧きます」
「上の皿か? それとも下の皿か?」
「あっ! そういうことかぁ~」
どうやらサノスは気付いたようだ。
「師匠、わかりました。指2本分だから、上の皿にだけ水が湧いて、下の皿には水が湧かないんですね」
「そうだ、正解だ」
サノスは想像だけで理解したようだ。
「ようやく理解できました。前から不思議だったんです。どうして鍋とかの中に水が湧くのに『魔法円』が水浸しにならないか」
「この『作用域(さよういき)』は家庭用の水出しでも、同じぐらいに調整してあるんだよ」
「じゃあ、師匠。湯沸かしはどうなってるんですか? これも指2本分の高さに『作用域(さよういき)』があるんですか?」
「そうだ。俺の描いたのも家庭用も同じだな」
「じゃあ、指1本分より薄い下の皿に水を張っても⋯」
どうやらサノスの頭には、まだ薄い皿が残っているようだ。
「温まらないというか沸かないな」
「へぇ~ 『魔法円』には、そうした調整がされてるんですね」
「けどな、これは注意しなきゃならないことがある」
「注意すること⋯ ですか?」
ここまで話して、俺は『魔法円』を使う上での注意に話を向けた。
「例えば『湯沸かしの魔法円』に手をついて魔素を流すとどうなる?」
「そ、それって⋯」
「そうだ。『作用域(さよういき)』が手の中の血とか肉を沸騰させるんだよ」
「し、師匠! それって⋯ グ、グロいです」
サノスがゲンナリしたような、おぞましいものを見たような顔をする。
「これは『水出しの魔法円』でも同じだな。『作用域(さよういき)』に器や鍋が触れていると問題が起きるんだよ」
「鍋や器の⋯ それって壊れますよね?」
「だからこそ、魔法円を使う時には内円に物を納めて、決められた『作用域(さよういき)』を邪魔しないように使う必要があるんだ」
「なるほど~」
「特に内円に体の一部とか、生き物を入れるのは絶対にダメだ」
「そうですね。薬草を煮出す時に、しつこいぐらい皆に注意しときます」
「そうだな、それが大切だな」
改めてティーポットを『水出しの魔法円』へ乗せると、サノスが台所で使っている『オークの魔石』を渡して来た。
それを受け取り『魔法円』に魔素を流し、ティーポットに適量の水を出す。
続けてティーポットを『湯沸かしの魔法円』へ乗せ直して水を沸かして行く。
「父さんもだけど、冒険者の人達は、皆がこうして使ってるんですね」
「そうだな」
「以外と面倒くさいんですね」
「⋯⋯」
確かに面倒くさい。
サノスの言葉に『湯出しの魔法円』を描いたイスチノ爺さんに負けた気がした。
だが、イスチノ爺さんを真似て『水出し』と『湯沸かし』を融合させたのを描いても⋯ 何とか逆転する事を考えたい。
そんな事を考えていると、ティーポットの水を沸かし過ぎた感じがした。
実際にティーポットからは強めの湯気が昇っている。
今度はマグカップを『水出しの魔法円』へ乗せて半分ほど水を出す。
それをティーポットへ入れて湯温を下げてみた。
「師匠、今のは?」
「御茶を淹れるには湯温が高過ぎた。水を足して冷ましたから適温だと思う。これに茶葉を入れてくれるか」
何とか適温になった気がするので、サノスに茶葉を入れて貰い後は預けることにした。
暫く浸出して、濃さが均一になるようにサノスがマグカップへ注いで行く。
「師匠、味見をお願いします」
出されたマグカップに口をつけると爽やかな御茶の味が口内に⋯
違うな。
朝飲んだ御茶と明らかに違う。
まず湯温が高過ぎて飲み辛い。
渋みもあるような⋯
湯温が下がっていなかったのだろうか。
「なんか、朝飲んだのより熱いし味が違いますね」
サノスの言葉に、俺はイスチノ爺さんに完敗した気がした。
◆
「師匠、そろそろギルドへ行って来ます」
「ん?」
サノスの声で俺は集中を解いた。
壁に掛かった時計を見れば既に1時になっていた。
「教会長へお出しする御茶の仕度は、さっきのトレーに乗せて台所に準備してあります」
「ありがとうな」
「そうだ、師匠。明日の昼前は大丈夫ですよね?」
「大丈夫だ。明日は昼の2時にロザンナと祖父母が来るだけだから、昼前は大丈夫だ」
「わかりました! じゃあ、行って来ま~す」
「気を付けてな。そうだ、店の扉は鍵を掛けなくて良いぞ」
「わかりました~」
カランコロン
サノスが冒険者ギルドへと向かった。
俺は再び、次に描こうと思う『魔法円』のデザインへと意識を戻す。
美味しいと言えない御茶を飲んだ後、今回の経験から、新たな『魔法円』のデザインを始めたのだ。
今までの俺は『水出しの魔法円』と『湯沸かしの魔法円』を別に取り扱っていた。
先程のように2枚の『魔法円』を冒険者が持って、必要に応じて使うぐらいにしか考えていなかった。
だが、自分で2つを並べて使ってみて、その不便さに気付かされたのだ。
イスチノ爺さんの『湯出しの魔法円』は『水出し』と『湯沸かし』の組み合わせだ。
同じ組み合わせも考えたが、それではイスチノ爺さんが描いた『湯出しの魔法円』の二番煎じだ。
俺は更に『氷結』加えて、熱湯から氷まで自在に出せる『魔法円』を描くことを思い付いたのだ。
但し、俺が描く魔法円だから『神への感謝』は描かない。
あくまでも湯温の調整は『魔法円』の使用者が調整できる物にするのだ。
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