25-12 浴場での約束

 

 ガラガラ


 脱衣所で服を脱ぎ終えたところで、音を立て浴場の扉が開くと見覚えのある年配の男性が声を掛けてきた。


「おう、イチノス、久しぶりだな」


 声を掛けて来たのは、以前に店へ訪れた記憶のある年配の冒険者な男性だ。

 年の頃なら、ワイアットより少し上だろうか。


「イチノスさん、お久しぶりです」

「お久しぶりです、イチノスさん」


 続けて声を掛けて来たのは、年若い二人だ。


 若い二人は、どちらも最初に声を掛けてきた年配の男性に似ている感じがするから、親戚か親子だろう。


 確かに、この三人と顔を合わせるのは久しぶりだ。

 最初に声を掛けてきた年配の男性が父親で、年若い二人が息子だったような会話をした記憶があるぞ。


 思い返せば、店を開けて一週間後ぐらいだった。

 三人で揃って店を訪れ、水出しと魔石を買って行った記憶がある。


「久しぶりですね。もしかして三人で麦刈りですか?」


「いや、護衛から戻ってきたところだよ。そうそう、イチノス、あの水出しは良いな」


「そうですか。喜んでもらえたなら何よりです」


 そこまで言葉を重ねて、この3人が店へ来た時の様子を思い出してきた。


 サノスかワイアットの紹介だった記憶がある。

 この年配の男性が、最初に水出しへ魔素を流して、水を出したんだ。

 続けて、若い二人もそれぞれ魔素を流して、水を出してたな。


「イチノスは普段からこの時間なのか?」


「いや、今日は久しぶりに早上がりしたんだ(笑」


「そうか、早上がりか。じゃあ後は任せて大丈夫だな」


 ん? 何を言ってるんだ?


 ガラガラ


 疑問に思ったその時、再び浴場の扉が開いてヴァスコとアベルが顔を出してきた。


「先輩、っと、イチノスさん!」

「イチノスさん?!」


「ヴァスコ、それにアベル。話の続きはイチノスから聞いてくれるか?」


 年配の男性が言うと、ヴァスコとアベルがうなずいている。


「そうですね。イチノスさんならもっと詳しく話してくれますよね?」

「イチノスさん、お願いします」


 ヴァスコとアベルが揃って俺の腕を掴んで浴室へ連れて行こうとする。


 開けた浴室の扉の向こうでは、見掛けたことがある見習い冒険者の少年達が顔を並べて待ち構えていた。


 しかも全員がもろ出しのフル○ン状態だ。

 まあ風呂屋の浴場だから当たり前か(笑


 ヴァスコとアベルに連れられて入った浴場には、いつも伝令を持ってくるエド(エドワルド)に、裏庭の薬草菜園の整備を頑張ったと聞くマルコ(マルコット)の顔が見えた。


 そして、雑貨屋の息子のロナルドと、カバン屋の息子のジョセフまでいる。


 さらには、古代遺跡へ行く際に薬草採取で同行した見習いの少年達までいた。


 全員がもろ出しフル○ンなのが何だか笑えるぞ(笑


「アベル、ここに集まってるのは?」


「今日は皆で麦刈りへ行ってたんです」

「区切りが良かったんで早めに上がって、皆で風呂屋へ来たんです」


「そ、そうか⋯」


 アベルの答えを補うようにヴァスコが割り込んで来ると、そのまま言葉を続けた。


「そしたらちょうどロレンツさん達が戻って来てたんで、王都の様子を聞いてたんです」


 そこまで聞いて、ハッキリと思い出した。


 あの3人の冒険者、父親の名前はロレンツだ。

 何件かの商会と手を組んで、自分達が護衛につくことで東街道経由のランドル領やその先の王都との流通に関わっている冒険者だと、大衆食堂の婆さんに聞かされた記憶がある。


「それで俺に何の用だ?」


「あの話を皆にしてくれませんか?」


 あの話?


「アベル、もしかして俺が大衆食堂で二人へした話を、ここにいる皆へ聞かせたいのか?」


「はい、それです。お願いします」

「「「「「お願いします」」」」」


 アベルの返事を後押しするように皆が頭を下げてお願いをしてくる。


「いや、待て待て。もう陽が落ちる時間で、ここにいる皆は家に帰る時間じゃないのか?」


「ま、「まぁ「そうですけど」」」


「それに皆は、それぞれの先輩の冒険者から話を聞いてないのか?」


「「「「聞きましたけど⋯」」」」

「「「「聞いたけど⋯」」」」


 言葉尻が小さくなる返事が続く。


 これはロレンツ親子や先輩の冒険者から話を聞いたが、今一つ理解はできていない感じだな。

 慌てて脱衣所へ目を戻すが、先ほどのロレンツ親子の姿が見当たらない。


 これは俺に押し付けたな。


「はぁ⋯ わかった」


「イチノスさん「話してくれるんですか?」」


 ヴァスコとアベルが、フル○ンもろ出しで近寄るのを手で制して俺は言葉を続けた。


「待て待て、ここにいる皆はもう風呂から上がるんだろ?」


「「「「「うんうん」」」」」


 ヴァスコとアベル以外の半分ぐらいが、俺の声に頷いている。それを促すように俺は言葉を続けた。


「明日、俺はギルドへ行く予定があるから、その時に俺からギルマスかキャンディスさんに皆の気持ちを伝えておくよ。だから、その結果を待ってくれないか?」


「「「「「うんうん」」」」」

「「「⋯⋯」」」


 半分ぐらいが「うんうん」と頷いた。

 残り半分は黙っている感じだ。

 ここはもう一押ししておこう。


「ここに集まっている皆は、伝令が増えるかとか、そうした事が気になるんだろ?」


「はい、そうです」


 半歩前に出て答えて来たのはエド(エドワルド)だ。


「伝令もですけど、他に見習いのどんな仕事が増えるかを知りたいんです」


 今度はマルコ(マルコット)が手を上げてきた。


「わかったわかった。そうしたことも含めて、冒険者ギルドから皆に話すように依頼しておくよ。それで今日この場は納得してくれないか?」


「「わかりました~」」


 ジョセフとロナルドが答えて、見習い達が互いに誘い合って広い湯船や水風呂へと戻って行った。


 そんな集まりにヴァスコとアベルが付き添って説明をしている。


 それを横目に見ながら、俺は掛け湯を頭からかぶって、汚れを落として行く。


 皆が使う浴槽の湯をきれいに保つために、入念に掛け湯を済ませ、広い湯船へ足を踏み入れた。


 心静かに湯に浸かる。

 蒸し風呂が使えない今日はこれで我慢だな。


 そう思っていると、見習いたちの楽しそうな話し声が聞こえてくる。


 俺の言葉に効果があったかはわからないが、彼等の声はいつもの感じと変わらない。

 こうした時間は、彼等の元気の無い声は聞きたくないのが俺の本音だ。


 彼等もここ数年で成人して、見習いから冒険者になる者もいるだろう。

 そろそろ見習いから足を洗って、本格的に何かの職業に就こうとする者もいるだろう。


 今回の西方再開発の事業は国家事業であると共に、リアルデイル周辺の人々の就業を切り換えて行く転換点だと俺は感じている。


 ここに集まっている見習い冒険者達は、そんな王国の様子が変わって行くのに巻き込まれている感じがする。


 例えば、シーラが口にしていた製鉄所の建設などは最たるものだろう。


 製鉄所が建てられれば、その建造に関わる仕事が発生するだろう。

 そしてゆくゆくは製鉄所に勤め製鉄に関わる就業も発生するだろう。

 そしてそれだけではなく、製鉄所に勤める人々を支える仕事も増えるだろう。


 そこに今の見習い冒険者の伝令や、今の冒険者達の護衛の仕事が歴然と残って行くとは、今の俺は感じられないのだ。

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