8-14 日曜の2時に来るそうです


 俺は席を立ち、二人から告げられたであろう別れの挨拶にも応えず、階段を掛け降りるように2階を後にした。


 急ぎ階段を降りながらもキャンディスへ目線が行く。

 チラリと見たが、ギルマスが横を向き、それをキャンディスがじっと見ている姿が見えた気がした。


 階段を降りきり、衝立と壁で出来た薄暗い通路で一息つく。


 衝立で出来た通路を進み、先ほど覗いたポーション作りの集まりが見える場所で足を止める。

 サノスに、オリビアさんと会話したことを伝えていないのを思い出した。


 衝立の間から中を覗き、サノスがいないかと探していると、ロザンナと目が会った。

 途端にロザンナが小走りに寄ってくる。


「こんにちは、イチノスさん」

「やぁ、ロザンナも来てたんだね」


「はい、サノス先輩と一緒に教会長のお手伝いです。イチノスさん、今、お話できますか?」

「ん? 何かな?」


「今度の日曜日はお時間ありますか?」

「日曜日? 明後日だよな?」


「はい。日曜の昼過ぎに、祖父母がイチノスさんにお会いしたいそうです」


 あぁ、その件があった。

 ロザンナは祖父母に話して、俺との面談を組んでくれたんだな。

 明日の土曜日は昼過ぎに教会長が来るが、日曜日は⋯ 予定は無いな。


「うん、大丈夫だよ」

「じゃあ、日曜日の2時頃にイチノスさんのお店に、祖父母と共に伺っても良いですか?」


「わかった。日曜日の2時だね」

「はい、よろしくお願いします」


 ペコリと頭を下げロザンナが戻ろうとする。

 そんなロザンナに、見つからないサノスを呼んで貰うことにした。


「ロザンナ、すまんがサノスを呼んでくれるか?」

「はい、少々、お待ちください」


 そう答えたロザンナが、先ほどまで一緒にいた集団へと小走りに向かって行った。


 俺はその集まりにサノスを見つけた。

 サノスも俺に気が付いたようで、こちらを見たかと思うと、戻ってきたロザンナと何かを話して小走りにやって来た。


「師匠、ロザンナのお爺さんとお婆さんが日曜日ですか?」


 サノス、その言い方は何か変だぞ。


「あぁ、日曜日に来る予定だ。それより、オリビアさんと話したぞ」

「もう話してくれたんですか? どうでした?」


「まぁ、後でサノス自身がオリビアさんかワイアットから聞いてくれるか?」

「うーん。わかりました」


「そうだ、ワイアットは顔を出さなかったのか?」

「来ましたよ。明日は討伐調査とか言ってましたよ?」


 討伐調査?

 聞きなれない言葉だな。


「そうか、ポーション作りはもう終わりなのか?」

「もう終わりです。漬け込みも終わったんで、皆で後片付けですね」


「なら、暗くなる前に帰れるな」

「そうだ、師匠。明日は予定があるんですか?」


「いや、昼過ぎに教会長が来るだけだが⋯」

「じゃあ、昼前は大丈夫ですか?」


 この口ぶりだと、サノスは店に来る気だな(笑

 そんなにヘルヤさんの『魔法円』に取りかかりたいのか。

 まあ、魔素転写紙も手に入れたし、魔素ペンも早く使ってみたいのだろう。


「サノス。それはサノスが、オリビアさんやワイアットから話を聞いてからだ。今の俺からサノスに『来ても良い』とは言えないな」

「あっ! そうでした(テヘ」


「じゃあ、暗くなる前に帰れよ」

「は~い」


 そう言うが早いか、サノスはロザンナのいる集まりへと走っていった。



 若い男性職員の案内を逆に辿り、いつも出入りしている冒険者ギルドの建物へと戻った。


 衝立を回り込んで受付カウンターに目をやると、あれだけ騒がしかった商人達が見当たらない。

 どうやら諦めて伝言を残して帰ったようだ。


 壁に掛けられた時計に目をやれば5時になろうとしている。

 普段の冒険者ギルドならば、遠方まで薬草採取へ出向いた見習い冒険者が戻ってくる頃合いなのだが、今日は誰も見当たらない。

 護衛依頼で戻ってきた冒険者が、依頼達成書を手に受付カウンターに並び始める時刻でもあるが、それも数名しか見当たらない。


 今回の討伐依頼と護衛付きの薬草採取、それにポーションの原液作りは、一時的ではあるが冒険者や見習い冒険者の行動を大きく変えている気がする。

 多分だが、東西南北の関では隣街へ向かう商隊も動きを止めている可能性が高い。

 ここで並んでいるのは、隣街から入ってきた商隊の護衛を担った冒険者達だろう。

 そんな連中の相手を受付カウンターでしているのは、俺を案内してくれた若い男性職員だった。


 受付カウンターの中からホールに出ようとすると、美味しい紅茶を淹れてくれる若い女性職員が何かの整理作業をしていた。


「やあ、用事が終わったから帰るね」

「イチノスさん、お疲れ様でした」


 ギルドからの依頼を張り出す掲示板が置かれているホールに出て、冒険者ギルドの外へ向かおうとした時、俺はあることを思い出した。

 店の休みをギルドに知らせておこうと思い返し、若い女性職員の元へと戻った。


「あれ? イチノスさん、どうかしました?」


 若い女性職員が書類の整理作業を続けながら聞いてくる。


「いや、店を臨時休業にしている事を伝えておこうと思ったんだ」

「それって⋯ 伝令を受け取れない話ですか?」


 この若い女性職員は、伝令で見習い冒険者が走っても、空振りになる可能性を気にしてるんだな。


「うーん。店は休みだが出かける予定は特に無いから、伝令ぐらいなら受け取れると思うんだ⋯」


 イルデパンからの願いもあるから西町から出られないしな(笑


「なら、大丈夫だと思いますよ。なんなら『案内掲示』でイチノスさんのお店が休みなのを出しますか?」

「それも、ありかもしれないな⋯」


 『案内掲示』とは冒険者の連中に広く伝える際に使うものだ。

 依頼を張り出す掲示板に1週間単位で貼り出す、いわゆる冒険者ギルドを利用する方々へ向けた『お知らせ』だ。

 俺も店を開く際に、コンラッドの薦めで開店のお知らせで利用させて貰った。


「ちょっと話は変わるけど、冒険者の連中はどうしてるの? 例えば長期護衛で街に居ない時とか、伝令が届かないよね?」

「そこは万全です。冒険者の方々がギルドの依頼で不在とわかってる時は、ギルドで伝令を預かるんです」


「なるほど。それで戻ってきた時に纏めて出すんだね」

「はい。見習いの方達で取り合いになりますね(笑」


 その仕組みを上手く使えば、伝令を受け取る曜日とか日付を指定できるんじゃないのか?

 思い返せば、先週はほぼ毎日のように伝令を受け取っていた気がする。

 伝令の全てが冒険者ギルド経由というわけではないが、同時に4通も届いた記憶がある。


「実はこの仕組みは、キャンディスさんが作ったんです」

「へぇ~」


 キャンディス、やるじゃないか。


「先月から、商工会ギルドも同じ仕組みを取り始めたらしいですよ」

「そうか、キャンディスは中々、凄いな(笑」


「え~ イチノスさんは今ごろキャンディスさんの凄さに気づいたんですか?(笑」


 はいはい。

 キャンディス推しなんですね。


 キャンディスの考えた方法が商工会ギルドにも広まっているのなら、サブマスに推薦されるのも無理はないだろう。


「イチノスさん、どうします? 『案内掲示』を出しますか?」

「いや、伝令は受け取るから特に出さなくて大丈夫だろう。教えてくれてありがとうね」


「いえいえ、冒険者や見習いの方々へ伝えることがあれば、いつでも遠慮なくお願いします」


 若い女性職員に見送られ、俺は冒険者ギルドを後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る