8-13 土曜の3時とサブマス


「ギルマス、この場を借りて教会長と話をさせてもらいます」


 俺は場の空気を一切読まずに、自分の用件を進める事にした。

 若干、笑いを堪えながら頷いたギルマスから隣に座る教会長へ向き直り、教会長の都合を問い掛ける。


「教会長、例の件でお話をしたいのですが、いつ頃なら都合が良いでしょうか?」

「例の件? あぁ、あの件ですね⋯」


 教会長は一瞬の躊躇いを見せると『あの件』と言葉を選んでくれた。


「明日はいかがですか?」

「明日ですか⋯ わかりました。明日、今日と同じ時間でどうでしょうか?」


「ありがとうございます。私から教会へ伺えば⋯」

「いえ、こちらへ伺った後に私からイチノス様のお店へ寄らせていただきます」


 そうか、教会長はギルドでのポーション作りが終わってから俺の店に来るのか。


「わかりました。それでは明日の3時に私の店ですね?」

「はい、それでお願いします」


 よし、教会長と『勇者』について話をする日時を決めることが出来たぞ。

 おっと! 明日も店は休みだから⋯


「そうだ、店の方は臨時休業ですが私は店舗に居ります。申し訳ありませんがノックなどして貰えれば必ず出ますので」


「ん? 臨時休業? イチノス殿は店を休まれているのですか?」


 俺と教会長の話しにギルマスが割り込んできた。


「えぇ、今日から月曜まで臨時休業にしました」

「月曜ですか(ニヤリ」


 『ニヤリ』とほくそ笑んだギルマスが、教会長へ目線を送った気がする。


「ベンジャミン様、も、申し訳ありませんが私はここで席を外させていただきます」


 おっと、教会長が席を立った。


「そうか(笑 教会長、引き留めて申し訳なかった」

「お時間を取らせてすいませんでした」

「ありがとうございました」


「それでは失礼します。皆様に神の加護があらんことを」


 席を立った教会長へ各々の都合で礼を口にするが、教会長はいつもの言葉でサラリと締め、そのまま階段を降りてこの場を後にした。


 若干、急ぎ足で席を立った教会長の様子から、俺に失礼があったかもしれないと思った。

 だが、教会長はギルマスの笑みと『月曜』の言葉に反応した気がする。

 もしかして、月曜に予定されているウィリアム叔父さんとの会合に、教会長も巻き込まれているのか?


 ギルマスへ目を向けるが、何食わない顔をしている。

 まったくこの人は、次々と人を巻き込んで行く不思議な人物だ。


「キャンディスさん」

「あぁ、そうでした。イチノスさん、魔石の仕入れの件で話をさせてください」


 ギルマスの催促にキャンディスが慌てて俺に『魔石』の件だとはっきりと告げてくる。

 あの伝言では濁したが、キャンディスは魔石の仕入れと理解してくれたようだ。


「そうですね。サノスに伝言をいただいた件ですが⋯」

「申し訳ありませんが、一旦、白紙にさせてください」


 えっ?

 俺の言葉を遮ってキャンディスが頭を下げてきた。


「私が先走ってしまいました。実は商工会ギルドも声を上げたのです。それで、ギルドとして入札とさせていただきたいのです」

「入札ですか?」


「はい、本当に申し訳ありません」


 説明をしながら、再びキャンディスが頭を下げてくる。

 う~ん。まあ、致し方ないな⋯

 冒険者ギルドで魔物の討伐が行われたなら、そこから得られる『魔石』に商工会ギルドが目を付けるのは当然だ。


「いえ、キャンディスさんは悪くありません。商工会ギルドが声を上げたならば致し方無いことです」

「ご理解をいただき、ありがとうございます」


 時折、ギルマスが頷きながら、俺とキャンディスの会話を微笑ましく聞いている。


「イチノス殿、ピッタリだと思わないか? サブマスの最初の仕事が『魔石の入札』なんてピッタリだよね。そう思わないか?」

「???」

「⋯⋯」


 俺は割り込んできたギルマスの言葉が、一瞬、理解できなかった。

 ギルマスに名を呼ばれると、厄介事を投げられそうで警戒してしまう。


 今、ギルマスは俺に何を問い掛けたんだ?

 向かいに座るキャンディスへ目を向けるが黙ったままだ。


 ん? 待て待て。

 今、ギルマスはキャンディスを見ながら『サブマス』と口にしたよな?


「サブマス? 冒険者ギルドのサブマスターですか?」

「ほら、キャンディスさん。イチノス殿も同意してくれたぞ!(笑」

「⋯⋯」


 ギルマス、俺は何も同意してないぞ。

 飄々と語るギルマスの隣で、一気にキャンディスの顔が紅くなったのがわかる。


「実はね、今日の昼に王都の冒険者ギルド本部から、正式な辞令が届いたんだよ。いやぁ、私としても推薦した甲斐があったよ~」

「⋯⋯」


「キャンディスさんが、自分で言わないから~ つい、私からイチノス殿に言っちゃったよ~ ごねんな~」


 こ、こいつ!

 紅く染まったキャンディスをからかってるだろ?


「これでギルド内の事はキャンディスさんに任せられるから、私は外の事に専念しやすくなったよ」

「⋯⋯!」

(ククク)


 キャンディスが驚き、俺は思わず笑いを漏らしてしまった。


 何が面白いかって?

 ついこの間、ギルマスから手伝えと言われた件から、明確に距離が取れた感じがしたからだ。

 それに昇進して喜ぶはずのキャンディスが、恥ずかしさからか、いや、もしかしたら何かの怒りからか、紅く染まっているのが妙に面白く思えるんだ。


「キャンディスさん! 昇進、おめでとうございます!」

「あ、ありがとうございます⋯」


 微妙な顔でキャンディスが返事をしてくるが、俺はその顔に笑いを堪えるだけだ。


「クク⋯ それで入札の公表はいつですか?」


 俺は笑いを噛み殺すため、魔石の入札の公表日などという、どうでもよいことをキャンディスへ問い掛けてしまった。


「にゅ、入札の正式な公示は火曜日を予定しております」

「クプ⋯ か、火曜日ですね⋯」


 キャンディス、そこで噛むのか?!

 それは俺の笑いを誘ってるのか?!

 つい笑いが込み上げてくる。

 堪えろ、堪えろ、堪えるんだ俺!


「うんうん、やっぱりこういう仕切りが出きるところが、もうサブマスだよねぇ~」


(すぅ~ はぁ~)


 ギルマスが留目とばかりに茶化すと、当のキャンディスが深呼吸をして俺とギルマスを見据えてきた。


「うっ⋯」

「あっ⋯」


 深呼吸して落ち着きを取り戻したキャンディスが、あの顔で俺を見て来た。

 目を細めたあの顔をギルマスと俺へ向けてきた。


 ギルマスが横を向いた。

 俺も慌てて下を向く。


 キャンディス、俺は何も悪いことはして⋯ 笑ってすいません。

 ここはその顔をギルマスへ向け続けてください。


「東国(あずまこく)からの使節団が来てるのは、イチノス殿は知ってるよね?」

「えぇ、ワリサダ殿とダンジョウ殿ですね」


 ギルマス!

 横を向いたままで何を言い出すんだ。

 キャンディスが目を細めたままなのか?!


「そのお二人が御付きを何人か連れて、討伐に参加してくれて大活躍したんだよ」

「ほぉ~ そうだったんですか」


 あれ? 何で俺はギルマスの話しに返事をしてるんだ?

 ま、まずいぞ!

 これってギルマスの術中にはまってる気がするぞ。


「それがね、東国(あずまこく)使節団だけでパーティーを組んで、ゴブリンの村を殲滅してくれたんだ」


 なんだ⋯ あの二人が討伐で活躍した話しか⋯


「それでゴブリンが村を作ってた場所が面白いんだ」


 ん? ゴブリンの村? 洞穴か何かだろ?


 いやいや、興味を持っちゃダメだ。

 これはギルマスの罠だ。


 こんな時でもサラリと仕掛けてくるのがギルマスなんだ。

 これ以上、ギルマスの話を聞いたら巻き込まれる。


「すいません。弟子のサノスに呼ばれていますので、ここで失礼します」


(ちっ)


 おい、ギルマス。舌打ちしただろ!

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