22-5 ポーションの鑑定結果
俺が作業場へ入ると、サノスとロザンナが店舗側から入ってきた。
サノスは両手鍋を手にし、ロザンナはパンを入れたカゴを手にしていた。
「師匠、戻りましたぁ~」
「おう、お疲れさま」
「イチノスさん、早目の昼食にしますか?」
ロザンナの誘いに壁の時計へ目をやれば、11時になろうとしていた。
「そうだな、すまんがそうしてくれるか?」
「「は~い」」
そう答えたサノスとロザンナが、俺とすれ違うように台所へと向かう。
両手鍋を手にしたサノスとのすれ違いざまに、嬉しい香りが俺の鼻腔に届く。
その届いてきた香りは、明らかにトリッパの香りだ。
サノスとロザンナが入ってきた店舗側へ目をやるが、誰も続いて入ってくる感じがない。
店の出入口へ着けた鐘が鳴る気配も感じない。
俺は薄れ行くトリッパの香りを辿るように店舗へ顔を出すと、そこには誰も居なかった。
馬車が店の前に停まった気がしたが、俺の勘違いだったのだろうか?
そう思いながら作業場へ戻ると、ロザンナが机の上を片付け始めていた。
たまたまサノスが戻って来たのと、たまたま馬車が店の側で停まったのが被っただけなようだ。
◆
温められたトリッパの香りに誘われ、皆で昼食の席についた。
サノスとロザンナには少し早目の昼食だから、俺は二人へ一応の断りを入れる。
「すまんな、付き合わせて」
「イチノスさん、気にしないでください」
「師匠、大丈夫です」
サノスとロザンナの口ぶりから、今日の昼食が早まることを察していたのだろうと思える。
俺の昼過ぎからの予定を知っている二人の、ちょっとし気遣いだと思って甘えることにした。
「そうだ、師匠。ポーションの鑑定結果です」
そう言って、サノスが自分のカバンから、冒険者ギルドが伝令で使う封筒を出してきた。
それを受け取り、中身を確認すると、思わぬ鑑定結果が出てきた。
─【ポーション鑑定結果】─
等級 2
製作者 イチノス
数量 1本分
─
リアルデイル 冒険者ギルド
─
2等級か⋯
先月は3等級だったよな?
どうして今月は等級が上がってるんだ?
あぁ、薬草の量が少なかったからだ。
「師匠、どうですか?」
等級が先月より上がっている理由を考えていると、サノスが興味深そうな顔で尋ねてきた。
俺は鑑定結果の記された紙とそれが入っていた封筒を一緒にサノスに渡すと、ロザンナも覗き込むように見ている。
「師匠、今回は2級だったんですね」
「そうだな」
薬草の量が少ないのに、いつもの感じで回復魔法を施したことで、等級が1つ上がってしまったのだろう。
「先輩、ポーションの等級が上がると何かあるんですか?」
俺が変な顔をしてしまったからか、ロザンナが心配そうにサノスに聞いている。
すると、サノスとロザンナが揃って俺を見てきた。
「いや、特に何もないぞ。あるとすれば、ポーションの効果である疲労回復が高いぐらいだな」
「店で売る時に、効果絶大とか、先月よりも等級が上ですとか、伝えるんですか?」
ロザンナの問い掛けは至極当然な事だな。
「ククク それは要らないな。今回は等級が上がったが、来月はわからないだろ?」
「「⋯⋯」」
「来月に等級が下がったら、今月は効果が薄いですとは言えないよな?(笑」
「そうですね「それは伝え辛いですね」」
「むしろ俺としては、今月もこの等級のポーションを作れたことが、ありがたいな」
「うんうん」
「なるほどぉ~」
「二人は今までと同じように、ポーションを求めるお客さんに売ってくれるか」
「「はい」」
二人が揃って笑顔で良い返事をしてくれた。
だが、サノスは、少しだけ粘ってきた。
「師匠、今回の薬草は、先月の半分でしたよね?」
「そうだな、薬草が少なかったな」
「薬草が少ないと、等級が上がったりするんですか?」
サノスの疑問は、なかなか的を射ているな。
どうする、どこまで話した方が良いんだろうか?
俺の考える、等級が上がった理由を話すと、回復魔法の話しに繋がるんだよな。
ここは、無難な答えで話を逸らそう。
「まあ、薬草の状態も良かったんだと思うぞ」
「なるほど、そういうのでポーションの出来が良くなるんですね」
「先輩、良い薬草を育てましょう」
「そうだねぇ~」
ロザンナが、やる気の満ちた意見を述べ、サノスもそれに快く応えた。
◆
皆で早目の昼食を終え、食後のお茶の時間が訪れた。
サノスとロザンナが、二人で洗い物を台所へ運び終えると、サノスが両手持ちのトレイにお茶の準備を整えて戻って来た。
「師匠は御茶ですよね」
「そうだな、二人は紅茶か?」
「はい、今日もアイスティーですね」
サノスは返事をしながらも、慣れた手つきで水を出し、それを湯沸かしで沸かして行く。
使っている魔法円は、水出しも湯沸かしも、俺が渡した携帯用だ。
その扱いを見ていて、俺はあることに気が付いた。
サノスが魔素を流す時に、以前とは違って、指先へ魔素を纏わせている感じなのだ。
昨日か一昨日に教えたことを、既に自分で試し始めているとは、サノスは随分と勉強熱心だ。
それにしても、サノスとロザンナには、感心させられる部分がある。
一度教えたことを、直ぐに自分なりに試して行くところだ。
更にサノスには、時折だが勘が鋭いと言うか、自分なりに考察する面を見せてくる。
先程の質問、ポーションの等級が上がった件の問い掛けが良い例だ。
サノスが時折見せる、そうした良い面を、俺が見極めて拾い上げて伸ばして行くことが、指導する側に求められることなのだろうか?
今はサノスの様子を見ているからわかるのだが、今後はロザンナの様子も注視して行く必要があるんだよな⋯
まあ、その付近はやはりローズマリー先生やイルデパンに投げ掛けるのが良さそうな気がするな。
「師匠、どうぞ」
「いつもありがとうな」
そんなことを考えていると、サノスが俺のマグカップに御茶を注いで差し出してきた。
「先輩、終わりましたぁ~」
「ロザンナ、ありがとう」
台所から戻って来たロザンナが席に着くなり、椅子に掛けた自分のカバンから布袋を取り出した。
隣に座るサノスも、自分のカバンから似たような布袋を取り出した。
そんな二人が取り出した布袋から出てきたのは、俺が貸し出した『製氷の魔法円』だ。
こうしてきちんと布袋に入れて持ち歩いて使っているのを見ると、少し嬉しい気分になるな。
自分で作ったアイスティーを一口飲んだサノスが、何かを思い出したように急に席を立った。
何をするのだろうかと眺めていると、割り当てられた自分の棚からウィリアム叔父さんの公表資料の写しを取り出して、作業机の上に置いてきた。
そして公表資料をパラパラと捲り、俺とシーラが相談役に就くことが記された頁(ページ)を開いて、俺へ見せるように出してきた。
「師匠、一緒に相談役に就くシーラさんって、師匠の同級生だったんですね?」
「ぶッ」
サノスからシーラの名が出て、俺は思わず御茶を吹き出しそうになってしまった。
「シーラさんって白髪の方ですか?」
そして、ロザンナがサノスを追いかけるように問いかける。
「白髪? いや、綺麗な銀髪だったよ」
俺は二人の会話をただ黙って聞くしかなかった。
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