19-7 商工会ギルドの努力
もはやアキナヒを責め立てることは意味がない。
アキナヒの努力は明らかで、これ以上の問い掛けは非難になるだけで、無駄な行為だ。
実際、俺の意見であるアキナヒに対する宿題は、商工会ギルドの権限を超えたものを求めているようにすら思えてきた。
再考すれば、商工会ギルドから指導を受けているにもかかわらず、一部の商人が行動し、結局は街兵士に連行されただけだ。
そうした商人の行動について議論する余地はあるが、その責任を商工会ギルドに求めるのは筋違いだ。
連行された商人達はイルデパンの元で、メリッサの鑑定眼を使って取り調べを受けている。
王国式の敬礼を交わす女性街兵士達は、商人達の取り調べについて何も口にしない。
そして、ロザンナも特に何も言わない。
しかし、孫であるロザンナを思うイルデパンは、それなりの取り調べを指示している気がする。
「アキナヒさん、わかりました」
俺の言葉に、アキナヒが肩の力を抜いた。
その安堵する様子がハッキリと見て取れる。
「商工会ギルドとしては、商人達を十分に指導していること、そしてその努力を理解できました」
「イチノス殿にご理解いただき、本当に助かります」
俺の言葉を聞いたアキナヒの顔が、殊更に明るくなった。
ウィリアム叔父さんの公表から今日で1週間が経つ。
公表の翌日から、商工会ギルドには多くの商人から問い合わせがあったのだろう。
アキナヒの言葉や話し方から、そうした商人達からの問い合わせに、メリッサやアキナヒが説得を続けていたことを強く感じる。
そうした説得を無視した商人達は、俺の店を訪れたり、大衆食堂で張り込んだりしたのだろう。
「アキナヒさん、正直に教えて欲しいのですが、今回の公表の翌日からですか?」
俺はそれとなく、先週の公表の翌日から商人達が商工会ギルドを訪れたのかを聞いてみた。
「うっ⋯ 正直に⋯ ですか?」
アキナヒが一気に緊張を纏って、言葉を選ぼうとしている。
しまった!
余計な言葉が口をついて出てしまった。
鑑定眼の話題が出ている最中に、つい『正直に』と口走ってしまった。
これでは、俺がメリッサのように鑑定眼=鑑定魔法を使うつもりだと、アキナヒは警戒してしまう。
「魔導師であるイチノス殿への隠し事はしません」
俺の後悔をよそに、アキナヒが俺の顔を見直して言葉を続けた。
「実は『公表の前から』会員の方々から、面談の申し込みを受けているのです」
「えっ? 公表の前からですか?」
アキナヒの応えに、思わず声が出てしまった。
公表の前から商人達から問い合わせがあるなんて、どういうことだ?
公表前から一部の商人達へ情報が漏れていたのか?
いやいや
情報の漏洩については、俺がここで考えることではないし、今ここでアキナヒへ問い掛けることではない。
むしろ、アキナヒやベンジャミンが考えるべきことだ。
そもそも、いつから商人達が行動したかを問いかけても意味はないのだ。
むしろ、この質問では商工会ギルドが行ってきた商人達の指導や誘導による統制の成果を再び問いただす質問にもなってしまう。
ましてや、鑑定眼=鑑定魔法の存在について、アキナヒは職員であるメリッサと同様に熟知しているのだ。
当然のように、俺が鑑定眼=鑑定魔法を使ってくると考えるだろう。
俺は自分がアキナヒに問いかけたことを後悔した。
「アキナヒさん、変な質問をしてすいませんでした」
俺は素直にアキナヒへ頭を下げた。
「いやいや、イチノス殿、頭を上げてください。まだ、イチノス殿へのお話は終わっておりません」
「まだありましたでしょうか?」
そろそろ俺は、商工会ギルドの商人達への対応に絡む話を終わらせたい。
だが、アキナヒは終わっていないと言い出した。
「イチノス殿とシーラ殿、いわば相談役に就かれるお二人の、相談役としての業務と待遇、その詳細についてのお話が残っております」
「あぁ、そのお話ですね⋯」
「はい。今日、これから冒険者ギルドでベンジャミン殿とその件で打ち合わせをするのです」
これは、冒険者ギルドのギルマス=ベンジャミン・ストークスからも聞いていることだ。
今日の昼からの就任式前でも、業務の詳細や報酬が確定していないと言うことは、両ギルドで調整を続けているのだな。
「この後の打ち合わせで素案を固めて、イチノス殿とシーラ殿を交えて話し合いを行いたいのです」
「それは、4者で集まって話し合う日程の話ですね?」
俺は少し安心した。
アキナヒとしては、商人達への商工会ギルドの対応の話は終わったと判断してくれたようだ。
それならば、俺も頭を切り替えよう。
「はい、イチノス殿のご都合は如何でしょうか?」
「そうですね⋯ 明日と明後日は避けていただけますか?」
「わかりました。明日と明後日以外で考えます」
「後はシーラの都合でしょうか?」
「⋯⋯ シーラ殿の都合ですね?」
今、一瞬、アキナヒの言葉が止まった気がする。
何だろう?
俺は変なことを口にしたのだろうか?
すると、アキナヒが顔を綻ばせて聞いてきた。
「イチノス殿、お聞きしても良いですか?」
「何でしょう?」
「シーラ・メズノウア殿とイチノス殿は、やはり互いに魔導師ということで、繋がりを持たれているのでしょうか?」
おっと、アキナヒは俺がシーラを呼び捨てにしていることを問うのか?
確かに俺は、ここまでシーラを呼び捨てでアキナヒと話していた。
そのことに気が付くとは、アキナヒはなかなか鋭い。
まあ、ここは『正直に』答えよう(笑
「実は、シーラとは、魔法学校時代の同級生なのです。それでつい呼び捨てで呼んでしまうのです」
「なるほど、ご学友だったのですね(ニッコリ」
アキナヒ、今、何かを考えただろ!
「さて、イチノス殿は3時からの就任式へ参加されますよね?」
「そうですね。アキナヒさんも参加されるのですよね?」
「はい、ウィリアム様からベンジャミン殿と共に出席を命じられております」
なるほど。
今日のこの後の就任式には、両ギルドのギルマスが出席することになってるんだな。
「では、イチノス殿は準備のために、一旦、店へ戻られるのですか?」
「はい、その予定ですが?」
アキナヒの問い掛けに、壁の時計を見れば11時を回っていた。
「ちょうど馬車を手配しておりますので、店まで送らせていただきます」
これはありがたい提案だ。
素直に受けておこう。
「それは助かります」
コンコン
そこで応接室の扉をノックする音が聞こえた。
「どうぞ~」
ガチャ
アキナヒがノックの音に応じると、応接室の扉が開かれた。
そこには商工会ギルドの制服を着た若い女性職員が立っていた。
「ギルマス、馬車の準備が整いました」
「はい、ありがとう」
アキナヒの返事に、若い女性職員がお辞儀をして、その姿が扉の向こうへ消えた。
「イチノス殿、馬車の準備が整いました。忘れ物はありませんか?」
「はい、大丈夫です」
そう答えると、アキナヒが応接から立ち上がり、それに続いて俺もカバンを手に応接から立ち上がった。
アキナヒに先導される形で、応接室を出て廊下を進み、階段へ向かう。
前を歩くアキナヒは、迷うことなく、そのまま階段脇の外階段へと続く扉に手を掛けた。
そのままアキナヒが慣れた手付きで外階段へ出る扉を押し開くと、一気に周囲に陽が差し明るさに目が眩んだ。
目映い光の中で、外階段の踊り場へ出て馬車停りを見下ろせば、2頭立ての黒い馬車が見えた。
アキナヒの後に続いて階段を降りるほどに、馬車の全体が見えてくる。
どこかで見たことがある馬車だ。
いや、見ただけじゃない。
この馬車はウィリアム叔父さんの公表の際に迎えに来た馬車じゃないのか?
そうした事を思いながら、御者の案内でアキナヒと共に馬車へと乗り込んだ。
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