20-10 魔素充填と魔素循環の初歩
食後の御茶を終らせ、洗い物を済ませたところで、改めて作業机の上を片付け、全員が自分の席へ座り直した。
まずは二人へ告げて行く。
「今日これから教えるのは、直ぐに出来るようになるとは限らない事を理解してくれるか」
「「はい」」
「家で練習しても良いが、必ず魔石から魔素を取り出して、魔力切れを起こさないように意識してくれ」
「「はい」」
「それと魔力切れに備えて、直ぐに食事を取れるように準備してから練習するように」
そこまで告げて、サノスへ確認の問い掛けをする。
「サノス、まだ台所にポトフは残ってるよな?」
「師匠の晩御飯と夜食の分があります」
「ロザンナ、パンも残ってるよな?」
「はい、お昼御飯と同じぐらいあります」
「よし、準備は整ってるから始めるぞ」
そこで全員が椅子に座り直した。
「サノスには、魔素充填を教えるんだよな?」
「はい。ですが、魔石が無いですよ?」
疑問を口にするサノスを軽く手で制して、隣に座るロザンナへ声を掛ける。
「ロザンナには、魔素循環だよな?」
「はい、よろしくお願いします」
「魔素充填と魔素循環の両方に共通する魔素の扱い方から教える。二人とも、胸元に魔石は下げてるな?」
「はい、下げてます」
「はい、大丈夫です」
そう宣言して、二人は揃って胸元へ手をやった。
「まずは首から下げて胸元にある魔石から魔素を取り出す。次に取り出した魔素を右手へ移して、右手の人差し指に魔素を纏わせよう」
そう言って、右手の人差し指を見せながら、胸元から肩そして手首へと左手で辿るような仕草を二人へ見せて行く。
「右手の指先に?」
「纏わせる?」
驚いた様な言葉が返ってくるが、無視して実行を促して行く。
「そうだ。まずは胸元に魔素が詰まった魔石があることを意識して」
二人が揃って胸元の魔石へ左手を添えた。
「魔石から魔素を取り出して⋯」
「「⋯⋯⋯」」
「右手の指先へ⋯」
「「⋯⋯⋯」」
「魔素が指先に来たら⋯」
「「⋯⋯⋯」」
「はい、指先に纏わせて」
「むむむ⋯」
「ううう⋯」
二人の唸るような驚くような声を無視して、俺は問い掛ける。
まずは突き出した右手の指先に魔素が見えたサノスからだな。
「サノスは出来たか?」
「出来ましたけど、この魔素をどこへ流せばいいんですか?」
そう言って右手の人差し指を立てたままで、おろおろしている。
だが、その指先には消え行く魔素が見て取れた。
サノスは魔素の扱いに慣れているから、直ぐに出来たのだろう。
俺はサノスの問いには答えずに、次の段階を指示していく。
「サノス 魔素は何処に集まった?」
「ここです。この指先に纏わせました」
「まだ残ってるか?」
「いえもう消えました」
確かに、突き出された指先には先程まで集まっていた魔素は見当たらなくなっていた。
集中が解けたことで、指先から散ってしまったのだろう。
「人差し指だな。じゃあ次は中指に纏わせてくれ。それが出来たら、人差し指と中指、その両方の指に纏わせるんだ」
「師匠、指に集めた魔素がもったいないんですけど⋯」
「ククク 魔素がもったいないなら、出来るだけ絞って薄く少量の魔素を指先に纏わせるんだ。さあ、もう一回だな」
「う、薄くですね⋯ やってみます」
そう返事をしたサノスが左手を胸元の魔石に添え、顔の前で右手の中指を突き出して集中を始めた。
サノス、その仕草でその指の出し方は危険な気がするぞ(笑
「次はロザンナだな」
「はい」
「魔素は何処に集まった?」
「先輩と同じでここです」
これまた右手の人差し指を出してきた。
その指先には、まだわずかに魔素が残っているようにも見える。
1回目で出来てしまうとは、ロザンナもサノスに負けず劣らずだな。
そう思いながら、俺は大事なことをロザンナへ問い掛けて行く。
「その指先へ魔素が行く前に、魔素は何処(どこ)を通った?」
「えっ?!」
「手首は通ったか? 肘は? 肩は?」
そこまで問い掛けると、ロザンナが左手で右手首から右肘そして右肩へと辿るように指差して行き、最後に左手を見つめて首をかしげた。
「ロザンナ、わからなかったらもう一度最初からやってみよう」
二人が集中し始めたところで、俺は薬草の状態を確認するために席を立ち上がって台所へ向かった。
台所の流しの中のポーション鍋には水が張られ、そこに薬草の根本が浸けられて綺麗に並べられている。
ポーション鍋の中のどの薬草も、先程よりは元気になっている感じだ。
俺は張られている水へ指先を入れ、胸元の『エルフの魔石』から魔素を取り出し、水へ染み込むように回復魔法を施した。
そんな手間を掛けたところで、台所から作業場へ戻って自席に座るとサノスが声を出した。
「師匠! 出来ました!」
そう言ったサノスが、右手の人差し指と中指を突き出してきた。
おい、俺の目を潰す気か(笑
「よく出来たな。今度は親指にも魔素を纏わせるんだ。合計で3本の指に纏わせるんだ」
「はい!」
そう返事をしたサノスの隣では、未だにロザンナが左手を見詰めていた。
「ロザンナはどうだ?」
「イチノスさん、左手から魔素が入るんです」
よしよし、ロザンナは気が付いたようだ。
ロザンナは、やはり胸元の魔石へ添えた左手から魔素が入っているようだ。
そしてロザンナは、その事に疑問を感じて左手を見ていたんだな。
「ロザンナ、魔石に添えた左手から魔素が入ったのを感じたんだな?」
「そうです。右手の指へ流すのに、わざわざ左手から入って、左の肩へ行って、右の肩へ移って行くのを感じました。これって変ですよね?」
ロザンナが仕草を交えて、一所懸命に魔素の流れを説明してきた。
「そんな遠回りをしないで、イチノスさんがやったみたいに、ここから右手へ行くと思ったんです。けど、左手から魔素が入ってるんです」
ロザンナはそう言って、俺がやって見せた仕草と同じ様に、胸元から右手へ行く道筋を指差している。
「ロザンナ、魔素の流れがわかったなら首から下げてる魔石を出してくれるか?」
「えっ? これをですか?」
「そうだ、それを左手で持って」
ロザンナは戸惑いながらも俺の指示に従い、昨日渡した魔石を入れた袋を胸元から取り出した。
「そうだ、それを左手で持って右肘に押しあてる」
俺の言うとおりにロザンナが魔石の入った袋を左手に持ち、少し窮屈な感じで右肘に当てた。
「ロザンナ、首から外して良いんだぞ(笑」
「あっ、そうですね(笑」
ロザンナが照れ笑いしながら、首から赤い毛糸を外して、魔石を入れた袋を左手に持った。
「それを右肘に押しあてるんだ」
俺に言われたとおりに、ロザンナが魔石を入れた袋を右肘に押し当てたところで声を掛ける。
「その魔石から魔素を取り出して、右手の指先へ魔素を纏わせるんだ」
するとロザンナが、サノスと同じ様に顔の前で右手の人差し指を突き立てる。
う~ん、この仕草もやはり危険だな(笑
そう思いながら、ふと壁に掛けた時計へ目をやると、既に2時になろうとしていた。
そろそろ薬草の選別を始めないと、3時からの漬け込みに間に合わなくなるな。
今日はこのぐらいで切り上げるか⋯
「師匠! 出来ました!」
再びサノスが声を上げ、俺に向かって右手を突き出してきた。
突き出された右手には3本の指が立てられており、どの指にも魔素が纏われていた。
「師匠、これは魔素を流すまで考えないんですね。うんうん」
サノスが嬉しそうに感想を告げている。
「イチノスさん! 私も出来ました!」
今度はロザンナが声を上げ、やはり魔素を纏った人差し指を立てた右手を俺に突き出してきた。
「肘から魔素が入って指先へ行ったんです! 左手を通らなかったんです!」
二人で指を突き立てて迫られると怖いんだけど?!
俺は思わず両の手で二人の手首を掴んでしまった。
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