20-9 女性の名前ですよね?


「イチノスさん、私達が差別をすると思うんですか?」


「いや、思ってないよ。だけど、例えばだけど、ロザンナはロナルドとジョセフをどうみてる?」


「「えっ?!」」


 俺の次の例え話に、二人が目を丸くして答えてきた。


「『区別』はしてるよな?」


「だって、二人は別の人ですよ。『区別』するのは当然だと思うんですけど⋯」


「師匠、『区別』と『差別』は別ですよね?」


 ロザンナの答えを追いかけたサノスが、絶妙な言葉を出してくれた。


「サノス、良い考えだ。『差別』と『区別』は言葉は似ているが違いがあるんだ」


「「うんうん」」


「例えば、『差別』は通常、不当な差異や不平等の扱いを指してるんだ。特定のグループや個人に対して、不公平な態度や行動をすることを『差別』と呼ぶんだよ」


「「うんうん」」


「一方、『区別』という言葉は2つ以上の異なるものを分類することを言うんだ。『差別』のように必ずしも否定的な意味では無いな」


「ですよね」

「うん、私もそう思います」


 サノスもロザンナも、『差別』と『区別』を理解しているようだ。


「少し話を戻すが、世の人々は誰でも『区別』をしていると言うことだよな?」


「それは⋯」 

「誰でもすると思いますけど⋯」


「ところが、区別から差別に繋げてしまう人もいるんだよ。『自分は正しい・この仲間は正しい』とか『他人が間違っている・あの集団は間違っている』ってね」


「「⋯⋯」」


「そうした考えをすると、差別が始まるんだよ」


「「⋯⋯」」


「二人が誇りに思っている魔素を流せる能力で言えば、『自分は魔素が流せる』けれども、『他の人は魔素が流せない』。そうした区別はあるだろ?」


「まあ、それは⋯」 

「ありますね⋯」


「けれども、二人には魔素が流せるから『優れている』とか、魔素が流せないから『劣っている』みたいな『差別』に繋がる考えはしないよな?」


「うっ⋯」 

「あっ⋯」


 少しだけ、二人が詰まった感じの声を出してきた。 

 これは二人とも、そうした考えを少しだが持ったことがあるのだろう。


「だがな、魔素を流せる扱えることが優れてるなんて物差しは、誰が決めたんだろうな?(笑」


「何となくですけど、イチノスさんが言いたいことが、わかって来た気がします」

「う~ん、私もわかるんだけど⋯」


 自分なりの解釈をしようとするロザンナに対し、サノスは何かの反論というか意見を持っているようだ。


「師匠は、そうしたお客さん、魔石も魔法円も初めてのお客さんに、どう接すれば良いかを、教えてくれないんですか?」


 そんな直ぐに答えを求めるサノスを手で制してから、俺は話を続けた。


「いずれにせよ、今後は魔石も魔法円も初めてのお客さんが増える可能性があるのはわかってくれるな? そうした方々と、どう接して行くかは自分なりに考えてくれるか?」


「えっ? イチノスさん、自分で考えるんですか?」

「師匠、それで良いんですか?」


「ククク、俺は二人に任せる。任せる以上は教えない(笑」


「えっ! でも、間違った接客をしたら⋯」


「いやいや、ロザンナ。二人の接客に間違いがあったとしても、俺が二人を責めることは無いぞ。その点は、この場で約束するよ」


 そこでサノスとロザンナが互いに顔を見合わせた。


「俺は二人に任せたんだ。それで二人が責められるのは変だろ? むしろ責められるのは、二人に任せた俺だとは思わないか?」


「いや、そうは言っても⋯

「う~ん⋯」


 二人はそこまで言って黙ってしまった。


「もう一度念を押すが、今後はそうしたお客さんも増える可能性があることを理解して、押し付けない接客をしてくれれば、俺としてはそれで良いんだよ。あまり深く考えるなよ」


 そこまで話して皆のスープ皿を見れば全員が何も残っておらず、昼食を終えていた。


「さて、この後はポーション作りだが、その前に食後のお茶にしよう。頼めるか?」


「ロザンナ、片付けてお茶にしよ」


「はい!」


 ロザンナの返事と共に作業机の上を皆で片付けて行った。



 その後、3人で食後のお茶を楽しみながら、冒険者ギルドの話になった。


 サノスとロザンナの話によれば、新たに準備された特設掲示板の脇に、ニコラスが机を置いて質問状を受け付けているという。

 そして、そこには長蛇の列ができ、冒険者や商人が並んでいたそうだ。


 そうした冒険者ギルドの様子の話が一段落したところで、俺は書斎で書き直した、ここ数日のメモ書きを思い出した。

 ベストのポケットから書き直したメモ書きを取り出して、ロザンナへ声を掛ける。


「ロザンナ、ここ数日の予定を書き直したんだ。二度手間になってすまんが⋯」


「直ぐに写しを作ります」


 そんな声が聞こえるや否や、俺の手からメモ書きが消えて、ロザンナが写しを作り始めた。


 そんなロザンナを眺めながら、サノスが呟く。


「師匠、さっき話してた水の違いってあるんですか?」


「あるぞ、サノスは家で水出しを使ってるんだろ?」


「使ってますね」


「井戸水は使ってるのか?」


「父さんがいる時は、井戸から汲んで水瓶に溜めてますね。居ない時は母が水出しで溜めてたりしてるかな?」


 なるほど。

 両方を使ってる感じだし、水瓶に溜めてるのは混ざってるんだな。


 魔石の消費を抑えるために、そうした使い方もあるな。

 オリビアさんは、そうしたことも意識してるんだろう。


「井戸水と水出しを、飲み比べてみたことはあるのか?」


「う~ん 昔にやった記憶がありますけど」


「そう言えば、自家製ポーションを作った時には、どっちの水を使ったんだ?」


「どっちかは気にしなかったですけど、出来上がったポーションを飲むことを考えて、水瓶の水を沸騰させてから漬け込みましたね」


「正解だな。そうした衛生面は大切なことだ」


「どっちが良いかとかあるんですか?」


「それで言うと水出しが良いな。今度、ポーションを作りを試す時には、井戸水と混ぜずに水出しの水だけを使ってみると良いぞ」


「それってポーション作りの秘訣の一つですか?」


「正解だ。それと水の違いを知るなら、家に帰って水出しの水と井戸水を実際に飲み比べてみると違いがわかるかもな?」


 そこまで言うと、サノスがロザンナの手元へ目をやり、次の質問をしてきた。


「師匠、この『黒っぽい石』って何ですか」


 おっと、ロザンナの手元にあるメモには、そこまで書いていたな。


「それは、古代遺跡に行った時に見つけた物なんだ」


「父さん達と一緒に行ったやつですよね?」


「そうだな。そこで変なものを見つけたんで調べてるんだ」


「へぇ~」


「そう言えば、ワイアットはまた古代遺跡へ調査に行く話はしてたか?」


「古代遺跡ですか? 行く話は聞いてないですけど、ギルドには古代遺跡の探索禁止が出てましたよ」


「えっ?」


 あの調査隊の結果報告で、探索を許可していないのか?


「ねえ、ロザンナ出てたよね?」


「えぇ、麦刈りが終わるまでは禁止だそうです」


「そうか⋯ 当面は、冒険者の個人的な探索は禁止か⋯」


 麦刈りが終わったところで、本格的な調査隊を編成して向かうのだろう。

 その付近は、明後日にベンジャミンに詳しく聞くか⋯


「イチノスさん『マイクの叙爵祝』って⋯」


 ロザンナが問い掛けてきた。


「それは、弟のマイクが叙爵するんで、その祝いの品を考えてるんだよ」


 そこで俺は自分用のメモまで書いていたことが、サノスとロザンナに見せてしまって問題無いかを改めて考えた。


 けれどもあの書き方と、今の説明なら『勇者の魔石』や『魔鉱石(まこうせき)』までは繋がらないから大丈夫だろうと思うことにした。


「師匠、弟さんって?」


「それか? 二人は気になるか?(笑」


「気になるというか⋯」


「フェリス様の?」


「いや、正妻の方の弟だな」


「そ、そうですよね⋯」

「うんうん、そうですよね⋯」


 サノスとロザンナが、二人揃って自分で口にしながら、自分自身で納得するような感じだな。


 その付近の話は、俺からする必要は無いだろう。

 サノスならワイアットやオリビアさんから聞いているだろうし、ロザンナならイルデパンとローズマリー先生からだな。


「イチノスさん、このアリシャさんは女性の名前ですよね?」


「ん? 師匠、誰ですか?」


 ロザンナの言葉に反応したサノスが、メモ書きを見ながら聞いてくる。


「ククク そこは秘密だな(笑」


「秘密ですか?(ニヤニヤ」


「ククク」


「「ニヤニヤ」」


 サノスとロザンナが、俺を見ながらニヤニヤしている。


 ここで俺が笑うのを止めたら敗けだ。


 変に慌てたり何かを口にしたら敗ける気がするぞ。

 サノスとロザンナのニヤツク顔に、なぜか敗けたくない気分だぞ。


 それにしても、なんで3人で笑う必要がるんだ?

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