20-8 差別と区別
結局、今回の薬草の量はどのくらいなんだ?
台所で見た限りは先月の半分ぐらいだし、サノスも半分だと言っているが⋯
「サノス、それにロザンナ。結局、ギルドで受け取った薬草は、どのくらいの量だったんだ? 引渡し書はもらったんだろ?」
すると、ロザンナが自分の座る椅子に掛けたカバンから1枚の紙を出してきた。
「イチノスさん、これをタチアナさんから渡されました」
ロザンナが渡して来たのは薬草の引渡し書だ。
記された数字を眺めながら、先月分を思い出してみると、確かに今回の薬草は先月の半分より少しだけ多いぐらいだ。
「うん、やっぱり半分だな」
「イチノスさん、あれで半分なんですか?」
「あぁ、半分だな」
「サノス先輩、来月はエドとマルコに来てもらいましょう」
ロザンナもサノスの意見に同意し始めた。
「それより師匠、お客さんが来てたんですよね?」
「イチノスさん、水出しと言ってましたけど、予約に来られたんですか?」
サノスが来客を気にしてくる。
それを追いかけてロザンナまで聞いてきた。
「あの水出しは、師匠のじゃなくて台所に置いてるやつですよね?」
「先輩の湯出しより、水出しだったんですか?」
ククク 二人とも言葉に変な期待がこもってるぞ(笑
「「誰が来たんですか?」」
二人揃っての問い掛けに、少し無情な返事を俺は返して行く。
「初めてのお客さんだったよ。魔石は知ってるけど、触ったことも使った事もない。それに魔法円も魔道具も知らないお客さんだ。残念ながら、今回は予約にはならなかったな」
「「⋯⋯」」
サノスもロザンナも、俺の返事に黙ってしまった。
それでもサノスが絞り出すような言葉で復活してきた。
「師匠、私はそんなお客さんは初めてです」
「まあ、そうだろうな。俺も初めてだったからな(笑」
「イチノスさん、魔法円を知らない、魔道具も知らない、そうしたお客さんも店に来るんですか?」
ロザンナも復活して踏み込んだ問い掛けをしてきた。
「いるんだろうな。実際に今日も来たしな。そのお客さんが言うには、水出しの水が紅茶に合うらしくて、店を訪れてくれたんだよ」
「紅茶に水が合う⋯ ですか?」
「へぇ~」
「これからは、そうしたお客さんが来ることもあるんだろうな」
「う~ん⋯」
「⋯⋯」
二人が、どこか何かに迷うような顔で唸り始めた。
「そうしたお客さんもいるんですね⋯」
ん? ロザンナが再び呟いてくる。
その呟きには、幾多の感情が混じった感じだ。
「魔石も水出しも知らない人がいるんですね⋯」
ロザンナは、亡くなった両親も含めて親族全員が魔素を扱える。
そうした家に育った者にしてみれば、魔素も流せず、魔石も触ったことがない、ましてや水出しとか魔道具に触れずに日々を送っている人々なんて、初めて聞いたのだろう。
「ロザンナ、そうした人もいるんだよ」
「うん、ロザンナそうした人もいるよ。母(オリビア)さんなんて水出しが便利だって言うだけで、父(ワイアット)さんを説得して水出しを手に入れたんだよ」
俺の言葉を追いかけて、サノスがオリビアさんを引き合いに出してきた。
ワイアットも言っていたが、確かにオリビアさんは意識して魔素を流せるわけではないな。
それでもオリビアさんなら、淡々と魔石や魔法円を使いそうだな(笑
「そうした人達が使うかもしれない水出しでも、ロザンナは描いてくれるよな?」
「はい、もちろんです」
ロザンナが、いつになく明るく応えてくれた。
「師匠、聞いて良いですか?」
「ん? なんだ?」
「そうしたお客さんだと『魔素を流せますか?』とか『流してください』とか言ってもわからない⋯ 伝わらない? ですよね?」
どうやらサノスは、そうしたお客さんへの接客の難しさに気が付いたようだ。
「そうなんだよ。俺もだが、サノスやロザンナは魔石から魔素も取り出せるし、取り出した魔素を魔法円にも流せるよな?」
「「うんうん」」
「けれども世の中には、初めて魔石に触るし、魔法円にも初めて触る人がいる」
「「うんうん」」
頷きを繰り返す二人を見ていて、今日この後にサノスとロザンナへ教える魔素の扱いから来る懸念を感じてきた。
このままサノスに魔素充填の方法を教え、ロザンナに魔素循環を教えても大丈夫なのだろうか?
時に人は、他の人ができないことを会得したり、他の人と違うことを学ぶと、その違いから望ましくない思考が芽生えることがある。
一応、念のために、その件についても匂わせておくか⋯
「ちょっとだけ、二人に気が付いて欲しいことがあるんだが、聞いてくれるか?」
「気が付いて⋯」
「欲しいこと?」
「自分が知ってるから、出来るから、そうした視点を持ってしまって、それが当たり前だと考えて欲しくないんだ」
「「⋯⋯」」
「初めて魔石や魔法円に触れる人々でも、水が出せる湯を沸かせる。そうした便利さを魔法円で提供してるんだと感じながら接客して欲しいんだ」
「「⋯⋯」」
「それと、押し付けだけはダメだ。『便利だから買え』とか『買わないと損をする』とか、それはやっちゃダメだぞ。便利だとか損得みたいな価値については、お客さんが決めることだろ?」
「それは⋯」
「そうですよね⋯」
「いずれにせよ、『知らない人に知ってもらう』、そうしたことから始めないと『魔法円』を売るなんて、難しいことなんだと理解して欲しいんだよ」
「「う~ん⋯」」
「それに、もう一つ大切な事があるんだ」
「もう一つ?」
「大切な事?」
「自分が得た知識や技能、それらを元にして差別的な意識を持たない。つまり差別に繋げないことだな」
「差別って⋯ そんな事しませんよ~」
「うん、するわけ無いよ~」
サノスもロザンナも『差別』については真っ直ぐに否定してきた。
「いや、時に人間は、自分が違うと理解した時や、この人は出来ないんだと感じると、差別に繋げてしまう事があるんだよ」
「イチノスさん、どういう事ですか?」
「師匠、それって私達が差別をしてしまうって事ですか?」
「サノスは差別をするのは嫌か?」
「嫌です」
ハッキリとキッパリとサノスが告げてきた。
「私も嫌です。差別をするとか⋯ それに差別されるなんて、もっと嫌です!」
今度はロザンナだ。
「そうだよな。魔素が扱えるから、魔法円が描けるからって、差別をするのもされるのも嫌だよな?」
「「うんうん」」
「けれど、差別はそうした技能や能力に限らず、外見や人種でも有り得るんだよ」
「人種って⋯」
「師匠⋯」
「例えば、俺はハーフエルフだろ? 世の中には、そうした人種だけで差別をしてくる人間もいるんだよ」
「最低です!」
「そんなの最低です!」
二人がいつになく強い口調で答えてくる。
「そうか、サノスもロザンナも、差別無く俺を見てくれるんだな(笑」
「当然です! 師匠を差別なんてさせません!」
「イチノスさんを差別するなんて!」
少し熱くなって、前のめりになった二人を手で制しながら俺は言葉を続けた。
「世の中には、
人間かエルフかドワーフか
肌の色が白いか黒いか
背が高いか低いか
太っているか痩せているか
男か女か
そうした事で差別する人々も明らかにいるんだよ」
「師匠! ありえないです!」
「いやありえるんだよ」
「イチノスさん、私達が差別をすると思うんですか?」
「いや、思ってないよ。だけど、例えばだけど、ロザンナはロナルドとジョセフをどうみてる?」
「「えっ?!」」
俺の次の例え話に、二人が目を丸くして答えてきた。
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