20-7 とある約束
あの後、俺はアリシャさんと『とある約束』を交わした。
あのままだと、アリシャさんの長い話に巻き込まれそうな予感。
将来的に、アリシャさんが魔法円や魔石を求めるお客様に至る可能性。
この2つの要素を天秤にかけ、結局、俺はアリシャさんと『とある約束』を交わす選択をしたのだ。
その約束と引き換えではないが、アリシャさんには自身の店に訪れる街兵士達から、魔道具屋の件を聞き出し、自分自身で選択肢を増やすことを承諾してもらった。
何とか納得してくれたアリシャさんを店の外まで見送り、別れを告げて店内へ戻ろうとしたところで、視界の端にサノスとロザンナの姿が入ってきた。
サノスは両手鍋で手が塞がり、ロザンナは薬草のはみ出たカゴを両手で抱えている。
「師匠! 行ってきました~」
「イチノスさ~ん 戻りました~」
サノスもロザンナも俺が店の外に出ているのに気が付いたのか、声を張り上げ帰宅を告げてくる。
「おう、お疲れ様、ありがとうな」
カランコロン
両手が荷物で塞がっている二人の為に、店の出入口の扉を開けてやれば、二人は嬉しそうな声を出す。
「師匠、ありがとうございます」
「イチノスさん、すいません」
サノスとロザンナがバタバタと店へ入って行ったところで、扉を閉めようとして思わぬ光景が目に入ってきた。
向かいの街兵士が立つ簡易テントの前に、今しがた見送ったアリシャさんが、二人の女性街兵士と立ち話をしているのが見えたのだ。
あの女性街兵士達も、もしかしたらアリシャさんのカレー屋を利用しているかも知れないな。
あの女性街兵士なら、アリシャさんに変なことは教えないだろう(笑
カランコロン
そんなことを思いながら店に入り作業場へ行こうとすると、店舗のカウンターには水出しの一式が置かれたままだ。
二人とも両手が塞がっていたから、俺が片付けようと両手持ちのトレイを手に作業場へ行くと、二人共いない。
代わりに台所から二人の声が聞こえた。
「これってポーション鍋ですよね」
「そう、師匠のポーション鍋だね」
そんな会話のする台所へ入って、二人へ声をかける。
「ロザンナ、薬草を鍋に入れて水洗いで汚れを落としてくれるか?」
「は、はい」
「サノスはこれを片付けてくれ」
「はい、あれ? 師匠、誰か来てたんですか?」
「水出しのお客さんが来たんだよ」
「えっ! 水出しですか?!」
ロザンナが嬉しそうな声を出す。
ククク どうやらロザンナは、サノスから何かを吹き込まれたか?
魔法円が売れれば、金貨が貰えるとか吹き込まれたのかも知れんな(笑
「師匠、少し早いですけど、お昼ご飯にしませんか?」
サノスは淡々と俺の渡した両手持ちのトレイを脇に置き、ロザンナを気にすることなく、両手鍋を湯沸かしの魔法円に乗せながら聞いてきた。
「おう、そうしよう」
俺は返事をしたところで、2階の書斎を閉じていないのを思い出した。
急な来客(アルフレッドとアリシャさん)で書斎を開けたままだったのを思い出したのだ。
「サノス、上にいるから準備ができたら教えてくれ」
そう言い残して2階へ向かい、書斎へ足を踏み入れ机の上に置かれた『黒っぽい石』へ目が行く。
続きは追加の『黒っぽい石』が手に入ってからだな。
そんなことを思いながら、ここ数日の予定が書かれたメモ書を見直す。
この後に、ワイアットが古代遺跡へ行くかをサノスに問いかけるつもりだが、3日の商工会ギルドでベンジャミンにも問いかけるよな?
うん忘れずに書いておこう。
それに、昨日の就任式も済んだことだし、このメモ書きを少し再整理しよう。
─
●6月1日(水)
・ポーション作成一日目
11時 ギルドで薬草受け取り ☑️
1時 ポーション作り
●6月2日(木)
・ポーション作成二日目
●6月3日(金)
・相談役の業務内容と待遇の打ち合わせ
1時 商工会ギルド
冒険者ギルドのベンジャミン
古代遺跡調査隊の確認
●6月4日(土)
・ムヒロエ依頼品の戻し(予定)
●6月5日(日)
・店は休み
・ムヒロエ鑑定依頼打合せ
●6月6日(月)
・
●6月7日(火)
・商工会ギルド 魔石の入札
─
・『新作の魔法円』の作成 ☑️
・『黒っぽい石』の調査
・『マイクの叙爵祝』
・アリシャさんとの約束
─
他に無いよな?
ロザンナには二度手間になるが、最新の日程を書いてみたと伝えるしかないな。
トントントン
予定のメモ書きを仕上げた時に、階段を叩く音が聞こえた。
どうやら昼食の準備が出来たようだ。
書き直したメモ書きをベストのポケットに押し込みながら、書斎を出て魔法鍵を掛け、数回扉を引いて鍵の掛かりを確認した。
1階へ降りて行き、作業場へ向かおうとしてなぜか台所を覗いてしまった。
台所の流しの中のポーション鍋には水が張られ、そこに薬草の根本が浸けられて綺麗に並べられている。
先月にサノスに教えたのを、ロザンナにも伝えてくれたのだろう。
選別用の平笊(ひらざる)まで準備されている。
これは俺が出しても良かったなと軽く反省しながら、薬草の質を観ておこうと1株を手に取る。
軽く魔素を通すと良い感じだ。
うん、良さそうだ。これなら良いポーションを作れそうな気がする。
ただ、今回はポーション作りの秘訣のような物をサノスに教えるから、質の悪い薬草が混ざっても良いが⋯
まあ、タチアナが薬草の数量が少ないのを気遣って、良いものを選んでくれたのかも知れないな。
ポーション鍋の中のどの薬草も、若干だが、萎れている感じだ。
俺は張られている水へ指先を入れ、胸元の『エルフの魔石』から魔素を取り出し、水へ染み込むように回復魔法を施した。
作業場へ行くと、サノスとロザンナが自席の椅子へ座ろうとしていた。
「師匠、今日はオークベーコンのポトフです」
「おう、運ぶのが大変だっただろ?」
そんな会話をサノスとして、ロザンナを含めた3人で着いた作業机の中央には、大衆食堂で見慣れたパンが盛られた皿が置かれている。
そして、各自の席の前には、つい最近見掛けたスープ皿にポトフが盛られていた。
「「「いただきます」」」
皆で席に着き、パンを取ったところで食前の言葉を交わして手を合わせて昼御飯を食べ始めた。
昼食を摂りながらの最初の話題は、サノスからだ。
「師匠、伝令はきちんとギルドで受けてもらいました」
「おう、すまんかったな。宛先が領主別邸だが、問題なく受けてくれただろ?」
「はい、それは大丈夫でしたが、タチアナさんから『届けるのは今日の夕方になります』って念を押されました」
「今日の夕方に届けるのか⋯ まあ大丈夫だろう」
ムヒロエから預かった薄緑色の石は最終的に4日に戻ってくれば良いし、『勇者の魔石』の件は直ぐに動き出せる話でもないからな。
「イチノスさん、毎月あの量の薬草を使うんですか?」
サノスの話が済んだところで、今度はロザンナが興味深そうに薬草の量を聞いてきた。
「今月はあれでも少ないよ、先月はあの倍はあって、マルコに運ぶのを手伝ってもらったんだよ」
俺が答えるより先にサノスが応じた様子から、ポーション作りで使う薬草の量を、サノスはロザンナに話していないようだ。
「ククク そうだったな、思い出したよ。ロザンナ、今回は少な目だな。確かサノスが初めて薬草を受け取りに行った時も、マルコが手伝ってたよな?」
「いえ、あの時はエドです。マルコには逃げられたんです」
「そうか、今日はこの時間だと、エドやマルコは見つからなかったか?」
「ギルドに着いて気が付いたんです、昼前だからエドもマルコもいないって」
どうやら、サノスはマルコとエドを荷物持ちに考えていたようだな(笑
「先輩、それでタチアナさんに、エドとマルコのことを聞いてたんですか?」
「そう、しかも今日から麦刈りでしょ?」
「タチアナさんも言ってましたね。見習いはほぼ全員が麦刈りに行ってるって」
なるほど、エドとマルコは麦刈りに行ってるんだな。
他の見習い冒険者も麦刈りへ行ってるのだろう。
「師匠、来月は前もって言ってくださいね。今月は薬草が半分だったから、ロザンナと私でも持って帰れたんです」
「そうか、それはすまんかったな(笑」
エドとマルコの二人は、裏庭の薬草菜園だけじゃなく、サノスが荷物持ちにも使ってたんだな。
そう言えば、一昨日にエドとマルコの二人に商工会ギルドであった気がするな。
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