6-16 この後の客は俺だけとかあるんですか?


 ギルマス、キャンディス、若い女性職員に続いて1階に降りると掲示板の前に人集りが出来ていた。


 その人集りにキャンディスが声を掛ける。


「はいはい、皆、どいてどいて~」


 その声で人集りが割れると、中央にヴァスコとアベルが立っているのが見えた。


「ヴァスコ殿とアベル殿だね」

「「はい!」」


 ギルマスが『殿』を着けて二人に声を掛ける。


「魔物が出たと聞いたけど、どんな魔物だい?」

「「オークです!」」


「何体いたのかな?」

「「2体です」」


「この後は予定があるのかな?」

「「いえ、ありません!」」


「じゃあ、別室で詳しい話を聞こう。キャンディスさん、二人を案内して」

「はい」


 ギルマスがそう告げると、依頼を貼り出す掲示板の脇の部屋に、キャンディスがヴァスコとアベルの二人を案内した。


 案内されるヴァスコとアベルの背中に目をやれば、二人とも大きな革の袋を背負っている。


 あれは水筒だろうか?

 そう言えば二人には、まだ携帯用の『魔法円』と『魔石』を売っていなかったな。

 水筒を背負って頑張ってるんだな。


 そんな二人の様子を見ていると、ギルマスが告げてくる。


「イチノス殿、すまないが今日はこれ以上は無理そうだ」

「そのようですね。今日はこれで退散します」


「こちらから呼びつけて本当にすまない。また伝令を出したら来てくれるだろうか?」

「大丈夫です。ギルマスからの伝令ならこちらが都合を合わせます」


 俺はそう言って、敢えて微笑んでみせた。


「私としてはウィリアム様との打ち合わせにイスチノ殿に同席して欲しいんだ。今のリアルデイルで魔道師と呼べるのはイチノス殿だけだからね」


 はぁ~

 まったくギルマスは口が上手すぎる。

 微妙に俺のプライドをついてくる。


「ギルマス、多分ですがウィリアム様から話が来ると思います。その時は領主の召集と諦めます(笑」

「ククク そうだな(笑」


「それで⋯ 先程の応接に荷物を置いたままなのですが⋯」

「おう、案内させるよ。じゃあ、ここで」


 そう言ってギルマスは若い女性職員に俺の案内を頼んで、ヴァスコとアベルが案内された個室へと消えて行った。


「イチノスさん、応接室へご案内します」


 ギルマスの姿を追っていると若い女性職員に声をかけられた。


 そのまま若い女性職員に連れられて2階の応接室に戻り、ギルマスからの手紙をカバンに入れる。

 さあ、帰ろうとカバンを肩に掛けた所で、若い女性職員が急に声をあげた。


「あっ!」


 その声に若い女性職員と目を合わせると、深々と頭を下げてくる。


「イチノスさんお茶も出さずにすいません!」

「おっと、そうだった。美味しいお茶を飲み損ねた(笑」


「本当にすいません!」


 俺の言葉で更にペコペコと頭を下げ始めた。


 う~ん。

 もっと言葉を選ぶべきだったか?

 こういう時に褒め上手なギルマスなら何と言うんだろう。


「気にしないで。次の楽しみに取っとくから(笑」

「本当にすいません!」


 若い女性職員が、俺の言葉で再びペコペコと頭を下げ始めた。


 う~ん。

 こういう時は、何も言わない方が良いな。



 若い女性職員に見送られて冒険者ギルドを後にした。


 ギルドを出る前に、もしかしたらと思い掲示板を見たが、オークの出た南方の薬草採取を禁ずる貼り紙は出されていなかった。


 けれども、南方での薬草採取が禁止になるのは、時間の問題のような気もする。


 そんなことを考えながら、道の向かい側の大衆食堂に目をやる。


 う~ん。今日の予定は全て終わったよな?


 う~ん。まだ日も高いから呑むには早いよな?


 う~ん。どうせ呑むなら風呂に入ってからだよな?


 う~ん。西方の魔物討伐依頼が出される可能性を考えておくべきか?


 う~ん。それならギルドに戻ってポーション用の薬草を頼むべきか?


 そうしたことを考えながら、足は自然と風呂屋に向かっていた。



 ふぅ~


 風呂屋に来た俺は蒸し風呂を楽しみ、水風呂で体を冷まし、大きな湯船に浸かって昼前の教会長の話しを振り返ってみる。


 いつ頃から俺は『勇者』や『賢者』の存在を意識しなくなったんだろう。


 俺が幼少の頃の初等教育は母(フェリス)や家庭教師から学んだ。

 確かあの頃に『勇者』も『賢者』も学んだ気がする。

 『賢者』は転生者であることを学んだし『勇者』が転移者だと言うことも学んだ気がする。


 魔法学校でも似たようなことを学んだ気がするし、学友ともそうしたことを会話した気もする。

 学んでいる筈なのに会話もした筈なのに『勇者』や『賢者』が住んでいたという別世界の存在を、今の俺が信じていないのは何故なんだろう。


 そもそも今の俺は、この世界を見守るという神様も女神様も、その存在を信じていない気がする。


 何か変だな⋯

 子供の頃は神様や女神様の存在を信じていたと思う。

 子供の頃は『勇者』や『賢者』の存在を信じていたと思う。

 子供の頃は別世界が存在することを信じていたと思う。


 それなのに、どうして今の俺は信じていないのだろう。



 俺は風呂屋を後にして大衆食堂に向かう。

 風呂屋で出来上がった体にエールを補給するために大衆食堂へ向かう。


 まだ夕刻を迎えていな街並みを進み、大衆食堂に入ると給仕頭の婆さんが出迎えてくれた。


「いらっしゃ~い イチノスさんをごあんな~い」


 店の奥に声を掛ける婆さん越しに店内を見れば、客が一人もいない。


「イチノス、エールでいいんだね?」

「ああ、2杯頼む。それと串肉で」


「銅貨3枚だよ。席は好きなところに座りな」


 銅貨3枚を渡して木札を受けとり、適当に席に着く。

 改めて周囲を見渡すが、やはり俺以外に客が見当たらない。


 こんな時間もあるんだな。


 冒険者の連中が誰一人といないのは、まだ護衛から戻っていない時間なんだな。

 商人の連中も居ないのは、魔物が出た南の関や薬草採取が禁止された西の関の件で追われているのか。


 どちらにせよ、こうした時間もあるのを知れたことは良い経験だな(笑


「イチノス、お待たせ」

「おお、ありがとう」


 婆さんがエールを片手にやって来た。

 俺の座るテーブルに持ってきたエールを置くと手を出してくる。

 その手に木札を1枚渡すと、婆さんが反対側の席に座った。


「どうしたんだ。珍しいな?」

「今日はダメだね」


 普段の婆さんは、客と同じテーブルに着くことは滅多にない。

 そんな婆さんが俺と同じテーブルに着いたかと思うと愚痴り出した。

 何かあったのか?


 婆さんの言葉が気にはなるが、今の俺にはエールの方が大事だ。


 一気に半分程、乾いた喉に流し込む。

 う~ん。上手い!

 風呂屋で出来上がった体にエールが染み込んで行く。


「私の勘だと、この後の客はイチノスだけな気がする」

「俺だけ?」


「イチノスは知らないのかい?」

「何が?」


「ギルドで討伐依頼が出たんだよ」


 なるほど。

 あの後、俺が風呂屋に行ってる間にギルドが出したんだな。


「どっちで出したんだ? 西の関で薬草採取が禁止になって、南方でオークが出た話は聞いたけど?」

「両方だよ。西方と南方の両方で出したんだよ」


 婆さんの話を聞きながら、俺は残り半分のエールを喉に流し込んだ。

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