6-15 勅令が出て⋯ 魔物が出て⋯
見習い冒険者への伝令依頼を処理した若い女性職員に案内されて、前回と同じ応接室に入ると、若干やつれたギルマスに迎えられた。
「イチノス殿、急に呼び立ててしまい、本当に申し訳ない」
「ギルマス、お忙しいようですね」
「ハハハ⋯」
やはり忙しいようだ。
前回よりも声に覇気が感じられない。
ギルマスに勧められ俺は応接に座り、ギルマスからの手紙をカバンから取り出し応接机に置く。
ギルマスは若い女性職員にお茶の手配を頼んでいる。
「さて、イチノス殿、お茶も出さずに本題に入って良いだろうか?」
若い女性職員が部屋を出るなり、応接に戻って来たギルマスが要件を告げ始める。
「国王から勅令が出された」
ギルマスが断れない話だと前置きをしてくる。
俺は少しだけ冒険者ギルドへ足を向けたことを後悔した。
「どんな勅令ですか?」
「勅令が出されたのは、ウィリアム様、ジェイク様、そして親父なんだ」
ギルマスの言葉で、国王の出した勅令の規模が大きいことが理解できる。
ギルマスの言う『ウィリアム様』とは、ウィリアム叔父さんのことだ。
このリアルデイルの街を含めた領土を治める『ウィリアム・ケユール伯爵』のことだ。
俺の父(ランドル)の弟=ウィリアム叔父さんで、母(フェリス)の再婚予定の相手だ。
そして『ジェイク様』とは、西方の辺境を治める『ジェイク・ケユール辺境伯』だ。
名字からもわかる通りに父(ランドル)の弟、ウィリアム叔父さんの弟、ジェイク叔父さんのことだ。
ケユール家は長男が父のランドル侯爵、次男がウィリアム伯爵、三男がジェイク辺境伯と男ばかりの家系なのだ。
ギルマスが最後に口にした『親父』とは、このウィリアム領の南方を治める『ストークス子爵』のことだな。
一度に3人の貴族に勅令が出されると言うことは、この3貴族の連携が必要なことを意味している。
「ギルマス、3貴族への勅令となると⋯ もしかして、互いの領土を繋ぐ街道の整備ですか?」
「イチノス殿は、中々、察しがいいね(笑」
「ギルマスが忙しいと言うことは、このリアルデイルを中心にした街道整備なのですね?」
「そう、イチノス殿の考える通りに、このリアルデイルから私の実家のある南方のストークス領への街道、そして西方のジェイク様への街道整備だよ」
「今でも街道はありますよね⋯」
「そう、今でも街道はあるが万全ではない。西方への街道などは魔物の発生で滞ることがあるだろ? イチノス殿は掲示板を見たかい?」
なるほど、西方のジェイク叔父さんが治める辺境領への街道は万全ではない。
先程、掲示板で見たとおりに魔物の発生で薬草採取の禁止が出されるほどだ。
けれども南方のストークス領への街道は、比較的に安全だと聞いていたが、それも危険な状態なのか?
「掲示板は見ました。薬草採取の禁止ですよね。西方の辺境領への街道は、途中に『魔の森』もあるので理解できますが、南方もですか?」
「それなんだが、南方も増えてるんだよ」
「それで街道整備ですか⋯」
「ああ、王都としては南方や西方からの資源を、より確実に王都に届けるために、この3貴族へ勅令を出したのだろうね」
リアルデイルから東方に位置する王都へ向かう街道は、ウィリアム叔父さんと父(ランドル)の連携でより安全な街道が大農園地帯の中を走っている。
この東方への街道では魔物が出る話は聞いたことがない。
出るとすれば盗賊ぐらいだろう。
リアルデイルから西方と南方への街道整備か⋯
「ギルマス、北方はどうなんですか?」
「北街道、北方の街道は東方と同じで、2年以上、魔物の発生報告は入ってないね」
「なるほど、それで魔物が発生している西方と南方への街道整備ですか⋯」
「魔物が湧くのを我々のせいにされてもね(笑」
「あれ? もしかして愚痴ですか?」
「すまんすまん。イチノス殿に愚痴っても魔物は退治できないな(笑」
「「ハハハ」」
冗談交じりの愚痴で場が和んだのが幸いだ。
だが、俺は変な心配をしてしまった。
こうした街道整備の勅令が出されると、領税や国税が増やされる事がある。
街道整備に要される費用を領主や国が負担するため、国民や庶民に課せられる領税や国税が増やされるのだ。
「じゃあ、税負担が増えるんですかね(笑」
「ククク やはりイチノス殿はその心配をするよね」
「一応、私は庶民ですから(笑」
「だが、今回はその心配が無いらしい」
「えっ? 税金が増えないんですか?」
「今回の勅令は、国がかなり本腰なんだ」
「どう言うことですか?」
「費用を王国が負担して、税も増やさない、おまけに人手も王都から出すと言うんだよ」
「えっ?」
ギルマスの言葉が俺の想定の上を行き、一瞬、思考が追い付かなかった。
費用を国が出す?
税も増やさない?
人手も王都から?
「それでだ、イチノス殿に出した手紙だが⋯」
「ちょ、ちょっと待ってください」
「??」
俺が制した事でギルマスが若干首を傾げる。
「費用を国が出すなら国税は増えますよね?」
「そうかそうか、イチノス殿のそうした心配を消してからの方が、その話は良かったね」
そう言ったギルマスが、応接机に置かれた手紙に目線をやる。
「とにかくだ、勅令に書かれているそうだ。『費用負担に臆せず。税も増やさず』とね。イチノス殿は不思議に思うだろ?」
「⋯⋯」
どう言うことだ?
どんな手品を国王は使うんだ?
「それにしても、やはりイチノス殿には亡きランドル様の血が流れているな。そうした領主としての視線、為政者としての考えを持っているね」
「いえ、これは庶民としての意見です」
「詳しいことは、間も無く、ウィリアム様がリアルデイルに来るから聞いてみたらどうだい?」
「⋯⋯」
う~ん。その方が良いのかな⋯
「イチノス殿に税負担の心配があるなら、その手紙の話はウィリアム様とイチノス殿が話されてからの方が良いね」
あれ?
何故かギルマスの言葉の端々に、俺を巻き込もうとしている感じがする。
「確かウィリアム様との会合は数日後にあるから、イチノス殿にも参加してもらおう(ニヤリ」
こ、こいつ⋯
明らかに俺を巻き込もうとしてるだろ。
「わかりました。この手紙の話だけをしましょう」
「ふっ(逃げられたか)」
おいおい。
今なんか愚痴ったろ。
その時、応接室の外からザワザワとした音がして、直ぐに扉が叩かれる音がする。
ドンドンドン
音が止むと共に、扉が開けられた。
「「ギルマス!」南で「オークが出ました!」」
キャンディスと若い女性職員が叫んだ。
その声に動かされて、俺とギルマスは応接から立ち上がった。
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