6-14 なんか子犬みたいで可愛い
冒険者ギルド前の通りは、幾多の店舗が歩道にテントを張り出している。
我が物顔で歩道を占拠するようにテントを張り出す様子は、去年初めてこの街にきた時から変わらない。
きっとリアルデイルの西町の名物なのだろう。
そんな中に、似つかわしくない街兵士が2名立っている一角がある。
魔道具屋の前に、街兵士が2名、今日もなぜか立っている。
俺はそんな通りの様子を眺めながら、冒険者ギルドへと足を踏み入れた。
受付のカウンターに、東国(あずまこく)から来たワリサダトと恋仲になったキャンディスの姿はない。
いつもキャンディスが座っている席には、伝令の消化率が良い、若い女性職員が座っていた。
依頼が貼り出される掲示板に目をやれば、見習い冒険者らしき少年二人が掲示板を見上げている。
受付に視線を戻すと、若い女性職員と目が合った途端に、愛らしくペコリとお辞儀してきた。
俺は受付のカウンターに進み、若い女性職員に声を掛ける。
「こんにちは」
「こんにちは、イチノスさん。今日はどんなご用ですか? 伝令ですか?」
その時、俺の背後へ誰かが近付いてきた気がした。
俺と向き合っている若い女性職員の視線も俺の背後を見ているようだ。
「う~ん。まずはギルマスだな、お手隙だろうか?」
俺がそう告げると、背後に近付いていた者の動きが止まった気がした。
「はい。ギルマスに御用ですね。ほら、そこの二人! その白い線からこっちに来たらダメよぉ~」
若い女性職員の声に後ろへ振り返ると、掲示板を見上げていた見習い冒険者の二人が、慌てて白い線の向こう側に移動する。
「イチノスさん、ギルマスに聞いてきます。少しお待ちください」
若い女性職員が席を立ち2階へと向かったのを見届け、俺は二人の見習い冒険者へ振り返った。
二人は白線の向こう側で、尻尾をふってエサを待つ子犬のような感じで何だか可愛く思えてくる。
「イチノスさん、伝令の依頼はありますか?」
「伝令はありますか?」
二人の様子に思わず笑ってしまいそうなのを堪えつつ、彼らに仕事を与えたくなった俺はサノスに伝令を出すことを思い付いた。
「あるぞ。2件ある」
「ヤッター」「うっしゃー」
笑顔で喜ぶ二人に、何故だかこちらまで微笑ましくなってくる。
それにしても、昼のこの時間に二人で伝令を待っているということは、既に午前中の薬草採取を済ませて戻って来たのだろうか?
「ちょっと聞いて良いかな?」
「何ですか?」「俺らにですか?」
「今日は薬草採取は終わったのか?」
「「⋯⋯」」
「あれ? 聞いちゃいまずかったか?」
「イチノスさん、あれを見てください」
そう言って一人が掲示板を指差して、もう一人が掲示板に小走りに向かって行く。
そんな二人に誘われ掲示板の前に行くと、赤枠で囲まれた大きめの掲示が貼り出されていた。
==禁止通告==
西方、魔の森近辺での薬草採取の禁止
リアルデイル西方、辺境領に向かう方面で魔物の発見が多数報告されている。
これを受けて冒険者ギルドでは、西方、魔の森近辺での薬草採取禁止を通告する。
[リアルデイル冒険者ギルド]
[ベンジャミン・ストークス]
===
「イチノスさん、俺ら、いつも西方で薬草採取してるんで、これのせいで禁止されたんです」
「西の関から出ようとしたらこれが貼られてて、二人で相談して今日は止めたんです」
「へ~ 他の連中はどうしたんだ?」
「みんな商工会ギルドに行ってます」
「俺ら商工会には入ってないんで⋯」
二人の話を聞いて、なる程と思った。
西方の辺境領へ向かう西の関で魔物が増えていると知らされたら、西の辺境との流通が滞る可能性が高くなる。
そうなれば、商工会ギルドには流通の状況を知らせる為に、各商会や各商家からの伝令依頼が殺到する可能性がある。
商工会ギルドにも登録している見習い冒険者は、商工会ギルドで伝令の依頼を受けられる。
けれども、この二人は商工会ギルドに登録していないので、伝令依頼を受けられないのだろう。
それにしても、この状況は月末に予定しているポーション作りに影響しそうだ。
それに魔物の討伐依頼が冒険者ギルドで出されると、ポーションの需要が高まりそうだ。
「イチノスさん、ギルマスが会えるそうです」
戻って来た若い女性職員に声をかけられた。
俺は受付のカウンターに行き、若い女性職員に告げる。
「すまんが伝令を2件頼みたい」
「伝令ですね? ギルマスに会う前に出しますか?」
若い女性職員が見習い冒険者の二人に目をやるのが見えた。
「ああ、二人が待ってるから先に出すよ(笑」
「ありがとうございます」
その言葉と共に伝令用の封筒と用紙、そしてペンを出した彼女は、見習い冒険者の二人を手招きした。
「イチノスさんが伝令依頼を出してくれるって、大人しく掲示板の前で待っててね」
「「はい!」」
「イチノスさん、誰と誰宛ですか?」
「サノスとヘルヤさんだ」
「ヘルヤさん?」
「ほら、女ドワーフのヘルヤさんだよ」
「サノスさんはイチノスさんの店だろ? ヘルヤさんは何処だろう?」
「また大衆食堂かな?」
見習い冒険者の二人が俺の背後で相談を始めた。
「ほら、掲示板の前で待つ! イチノスさんの邪魔になるでしょ!」
若い女性職員の注意と共に、二人の見習い冒険者が掲示板の前に慌てて戻って行く。
その様子は、躾の行き届いた子犬にしか見えなくて、俺は思わず若い女性職員と目を合わせて微笑んでしまった。
─
ヘルヤ・ホルデヘルクさんへ
依頼の件、完了しました。
明日の夕刻に店舗に来ていただければ、お渡しできます。
明日の夕刻までは、当方に用事があり応対できませんこと、了承願います。
イチノス
─
俺は、まずはヘルヤさんへの手紙を書き上げ、ギルドの伝令用の封筒に納めて若い女性職員に渡した。
「これを、ヘルヤ・ホルデヘルクさんへの伝令でお願いします」
「はい」
続けてサノスへの手紙を書いて行く。
─
サノスへ
今日は戻らない。
日が暮れる前に店を閉めて帰るように。
教会のシスターが届け物をするので受け取るように。
その際に店の売り上げから金貨1枚を寄付として渡すように。
イチノス
─
薬草採取の禁止を記すか迷ったが、店舗兼自宅に来ている3人は、明日も裏庭で作業する予定だ。
明日の朝でも大丈夫だろうと考えて、この伝令に書くのを止めた。
サノスへの手紙を書き上げ、ギルドの伝令用の封筒に納めて若い女性職員に渡した。
「これを、弟子のサノスへの伝令でお願いします」
「はい、2通の料金と冒険者ギルド会員証の提示をお願いします」
若い女性職員の言葉に従って料金と会員証の提示を済ませる。
「じゃあ、イチノスさん。そのままお待ちください。依頼を掲示板に出してきます」
そう言って、若い女性職員は小走りに掲示板の前に行き、子犬の相手をし始めた。
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