6-13 まだ捜査中だそうです


「その付近は、イチノス殿には『話せないこと』と、ご理解いただけますか?」

「そ、そうだな」


 言われてみればイルデパンにも、俺に『話せること』と『話せないこと』があるのは当たり前だ。

 魔道具屋の主(あるじ)が捕らえられた理由の一つであろう詐欺行為では、俺の名が出されていることから『話せること』の範囲なのだろう。

 それに、俺に関わりの無いことで魔道具屋の主(あるじ)が捕らえられたのであれば、ここで俺がイルデパンから詳細を聞く話しでもない。


 俺も魔道具屋の主(あるじ)から吐かれた暴言の件は、イルデパンに明確に話していない。

 これは『話せないこと』では無いが、自ら『話すこと』では無いと思いたい。


「さて、私からの話しはもう一点あります」

「はい。何でしょう?」


「魔道具屋の主(あるじ)の、イチノス殿への暴言です」


 おいおい。

 ついさっき、俺としては自ら『話すこと』では無いと札をつけた件を、イルデパンが持ち出すのか?


「魔道具屋の主(あるじ)がイチノス殿に吐いた暴言は、私の部下の数名が耳にしております」

「⋯⋯」


「その件で、イチノス殿には動かれぬように願いたいのです」


 あれ?

 イルデパンは何と言った?


 魔道具屋の主(あるじ)の暴言の件で

 俺に動くなと言ったのか?


「その言葉の意味は?」

「はい、イチノス殿への暴言を理由に魔道具屋の主(あるじ)を罰すると、捜査が滞る可能性が出てきました」


 何だ? 捜査が滞る?

 俺はイルデパンの言葉の意味が、直ぐに理解できなかった。


 捜査が滞ると言うことは⋯

 今現在も魔道具屋の主(あるじ)に関わる捜査は継続中ということか⋯

 詐欺行為については全貌が見えている気もするが⋯


 あぁ、そうか。

 詐欺行為以外、俺に『話せないこと』の捜査が継続中なんだな?


「わかりました、直ぐには動きません。時を見て動くやも知れませんが⋯ 今は魔道具屋の主(あるじ)が放った暴言について、私からは何もしません」

「ありがとうございます。奴の暴言はイチノス殿のご実家、侯爵家の名誉にも関わることです」


「た、確かにそうなりますね」

「ですので、イチノス殿が名誉を重んじられ、即刻、奴を罰することもできます」


「確かにそうなってしまうか⋯」

「そうした意味で、イチノス殿には暫く動かれないように願うしか、我々にはできないのです」


「わかりました。約束しましょう。暴言の件では直ぐには動きません」

「ありがとうございます」


 そう礼を述べたイルデパンから少し安堵の表情を読み取れた。

 俺はその表情から、今日のイルデパンの最大の要件は、この事だろうと思うことにした。


「そうだ、イチノス殿は昼食はどうされますか?」


 急にイルデパンから昼食を尋ねられた。

 その言葉で、やはりイルデパンの要件は終わったのだと確信できる。


「すいません。ここへ来る前に済ませてしまいました」

「残念、珍しい食べ物屋が店を開いたのです。若い連中が騒ぐので、行ってみようと思ったのですが⋯」


「珍しい食べ物屋?」

「何でも『カレー』と言うらしく、若いイチノス殿ならご存じかと?」


 はいはい。

 さっき食べた『カレー』ですね。

 知っていると言うより、知ったばかりです。


「イルデパンさんは食べて無いのですか?」

「まあ、下手にこうした役職に就くと、部下の連中と一緒に食事するのも難しいのですよ(笑」


「ならば、パトリシアさんはどうですか? 同じ副長同士ならば問題ないかと思いますが?」

「ハハハ 余計に無理ですよ(笑」


「パトリシアさんは、部下ではなく同じ副長ですよね?」

「だから尚更なのです。彼女と一緒に話をしているところを誰かに見られたりすると『東西の副長が一緒だった。何かあるのか?』と囁きが聞こえてくるのです」


 なるほど。

 街兵士の副長という役職者が共に居るだけで、何かの捜査や大きな事件を想像する奴らが出てくるのか。

 そこまで俺は考えが至らなかった。


「ククク 役職に就かれるとイロイロあるのですね。さて、今日はこれで終わりですね」

「はい、イチノス殿。お時間を取らせて申し訳ありませんでした」


 俺とイルデパンは互いに応接から立ち上がり、握手を交わした。



 西町幹部駐兵署(にしまちかんぶちゅうへいしょ)を後にして、俺は冒険者ギルドへと向かう。


 その道すがら、魔道具屋の主(あるじ)が『独占』を思い描いた『魔法円』と『魔石』の取り扱いを思案してみる。


 今まで、リアルデイルの街で魔導師を名乗っているのは、俺と捕らえられた魔道具屋の主(あるじ)だけだった。

 コンラッドから聞いた話では、東町の魔道具屋は、自ら『魔導師』は名乗らず『魔道具師』を名乗っている。

 何らかの矜持から、魔導師を名乗らず『魔道具師』を名乗っていると窺える。


 それでも、東町の魔道具屋では家庭用の『魔法円』は扱っている。

 扱っているからこそ、今回の詐欺被害に遭ったのだろう。

 そうした考えからすれば、東町の魔道具屋では家庭用の『魔法円』、俺の店では携帯用の『魔法円』と住み分けができる。


 『魔石』はどうなんだろう?

 東町の魔道具屋では『魔石』を販売しているとは思うが、魔道師を名乗っていないことから魔素充填は引き受けていない気もする。

 俺の店では魔素充填も引き受けるが、話に聞く王都の魔道師ほど多々あることではない。

 あぁ、そうか⋯ 王都はその発展具合からして周囲に魔物が少なく『魔石』の調達は地方に頼っているのが事実か。

 そうした背景から、魔素充填や『魔骨石(まこっせき)』の考えが成り立っていたんだな。

 俺の場合は母(フェリス)の教えの成果で、魔素をかき集める魔素充填は行えるから⋯

 そういえば研究所の何人かは、俺と同じ様に魔素充填をしていたな⋯


 もしかして俺は、王都や研究所での感覚に慣れ過ぎているのか?


 このリアルデイルは隣に辺境を抱える街だ。

 西の辺境へ向かう道中に魔物は存在し、冒険者は魔物からの護衛で生活が成り立っている。

 そして時折、冒険者ギルドは魔物討伐の依頼を出すこともある。

 そうした環境からすれば、王都に比べれば『魔石』は手に入りやすい。

 

 けれども数年経てば、王都のように『魔石』の入手を地方に頼ることになるのか?

 周囲の開発が進めば魔物も少なくなり『魔石』の入手も困難になって行くのか⋯

 そうなると一時的に魔素をかき集める魔素充填の依頼も増えて行くのか⋯


 待てよ。

 捕らえられた魔道具屋の主(あるじ)の思惑は的中していないか?

 今から魔素充填を仕切れば、これから発展して行くリアルデイルで暫くは利益を得られるだろう。


 あの魔道具屋の主(あるじ)はそこまで考えたのか?

 そんな知恵があいつにあるのか?


 う~ん。考えすぎか(笑


 そうしたことを考えていると、見慣れた街並みが見えてきた。


 右に曲がれば店舗兼自宅、真っ直ぐに行けば冒険者ギルド。

 そんな街角で足を止めて、店に戻るかどうかを少しだけ思案する。


 店に戻っても騒がしそうだし、ヘルヤさんへの伝令もあるな。

 それにギルマスからの呼び出しもあるから⋯ やはり冒険者ギルドへ行こう。


 そう考え直して俺は冒険者ギルドへ向かって再び歩き始めた。

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