6-12 人種差別も性差別も問題です


「イチノス殿、まだ私の方からの話が済んでおりません。紅茶のお代わりはいかがですか?」


 イルデパンが紅茶のお代わりを勧めてくる。

 自分の話が終わっていないと添えて紅茶のお代わりを勧めてくる。


 これって⋯ 断れるのか?


「イチノス殿に、後の御予定が無ければ、私の話を聞いていただきましょう(ニッコリ」


 その言葉でイルデパンからの拘束が決まった気がした。


 イルデパンは応接を立ち上がり、執務机の脇で天井から下がる呼び紐を引いた。


(チリンチリン)


 呼び鈴が鳴ったのを確認し、イルデパンは立ったままで応接に座る俺に話し掛ける。


「さて、詐欺行為の件について、我々の調査結果を『話せる範囲で』伝えておきます」

「はい、お願いします」


「イチノス殿のお察しのとおりに、詐欺行為の主犯は魔道具屋の主(あるじ)と見ております」

「⋯(やっぱり)」


「奴の狙いは、このリアルデイルの街で『魔法円』と『魔石』の取り扱いを独占する事だったのでしょう」

「⋯(なるほど、両方の独占が狙いか)」


 コンコン


 イルデパンがそこまで話したところで、部屋のドアをノックする音で話が遮られた。

 それに応じるためにイルデパンが応接を離れ、部屋の扉付近で何かを女性職員に伝えた。

 多分、紅茶のお代わりを頼んだのだろう。


 俺は応接に戻ってきたイルデパンに声を掛ける。


「イルデパンさん、魔道具屋の主(あるじ)が私の名を出したと言う付近で感じましたよ」

「そうですよね(笑」


「それでこそ、奴は東町の魔道具屋の名を落として、自分の店の利益を増やそうと思ったのでしょう」

「やはりイチノス殿はそれを考えますよね?」


「当然ですね」

「そんなに『魔法円』は儲かるのですか?」


「ククク。さあ、どうでしょう? 調査しますか?(笑」


 さらりとイルデパンが店の売り上げを聞いてくる。

 その問い掛けに、俺は冗談交じりに返しておく。


「ククク イチノス殿、冗談ですので(笑」

「イルデパンさんは、私の店で扱う『魔法円』をご存じですよね?」


「えぇ、知っております。研究所でいただいた物ですよね」

「はい。そうした物ですから、家庭用とは違うんですよ」


「そうした事すら、詐欺師も魔道具屋の主(あるじ)も知らなかったんでしょうか?」


 ん?

 何でイルデパンは、そんな事を俺に聞いてくるんだ?


「さあ、私ではわかりかねますね」

「どうやら詐欺師は知らなかったんでしょう」


 ん? どう言うことだ?


「実はですね、詐欺師は西町でイチノス殿の名を出して、何件かの飲食店を回ったようです」

「?? 私の名を出して飲食店を回った?」


「部下に飲食店で聞き込みをさせてわかったのです。詐欺師は店主にこのチラシを見せた後に『イチノス殿の店で魔法円を買ったか』と聞いてきたそうです」


 はぁ?

 詐欺師さん。随分と大胆な行動ですね(笑


コンコン


 再び話を遮るように部屋のドアをノックする音がした。

 イルデパンが応じると、先程とは違う女性職員がワゴンでティーポットを運んできた。


 飲み終えたティーカップに女性職員がティーポットから紅茶を淹れ直してくれる。


「副長、これを置いて行けば良いですか?」

「あぁ、悪いね」


 女性職員の持ってきたワゴンに目をやれば、俺の店で売っている携帯用の『魔法円』が2つ置かれていた。

 一つは『水出しの魔法円』で、もう一つは『湯沸かしの魔法円』だった。


 女性職員が部屋を出たのを見計らってイルデパンに問い掛ける。


「これは私の描いた物ですね」

「ええ、調査のために入手しました」


「ハハハ 調査のためですか?(笑」


 そう言って、誰に売った物かを確認しようと『魔法円』に手を伸ばすとイルデパンが制してきた。


「イチノス殿、物を見れば誰に売ったかわかるのですか?」


 イルデパンの言葉に俺は伸ばした手を止める。


「ええ、魔素を流すとわかりますね」

「ならば、その『魔法円』の確認はちょっと控えてもらえますか? 我々の『協力者』がわかってしまいますので」


 俺は伸ばした手の行き場に困ってしまった。


 『協力者』? ⋯ そうか!

 イルデパンに、街兵士に協力している冒険者が居ると言うことか。


「イチノス殿は女性に『魔法円』を売られたことはありますか?」


 イルデパンの言葉に応じるために座り直すことで、伸ばした手のやり場は助けられた。


「女性にですか? どうだったかな?」


 正直に言えば女性冒険者に売ったことはある。

 どんな名前だったかを思い出せない。


「今後は女性客が増えるかも知れませんよ。実は先程の女性職員は騎士学校を出ているので、魔素を扱えるのです」


 そう言いながらイルデパンは運び込まれた『魔法円』とティーポットに布を掛けた。

 俺にこれ以上『魔法円』を見せないための措置だろう。


「女性客ですか?」

「ええ、先程の女性職員を筆頭にイチノス殿の『魔法円』が話題になってるのです。それにパトリシア殿の影響なのか、騎士学校を出た女性がリアルデイルに何名か来るのです」


「お客様が増えるのは嬉しいですが⋯ 女性客ですか?」

「おや、イチノス殿は女性客は苦手ですか?」


「苦手と言いますか、冒険者は男性が多いので女性客は少ないのですよ」

「彼女は冒険者ではなく騎士学校を出た街兵士です。だんだんと女性でも魔素を扱える方々が世の中に出てきてるのですよ。実際に騎士学校に入学する女性も増えているそうです」


「はぁ⋯ そうなんですか⋯」

「イチノス殿、人種差別も問題ですが、性差別も問題となりますよ(ニヤリ」


 ニヤリとするイルデパンの言葉に俺は頷くしかない。


 先程は微妙に人種差別の話を誘われ、今度は性差別の話題を持ってきた。

 何ともイルデパンは穏やかに、そうした『差別』に関して諭してくる感じだ。


 しかも微妙に『俺と詐欺師の関わりが本当に無いかを確認する』そんな言葉を混ぜてくる。

 時に真っ直ぐに尋ね、時に逸れつつも尋ねてくる。


 やはりイルデパンは、騎士学校の指南役、研究所の護衛騎士の幹部、そして街兵士の副長と要職を重ねる人物だと感心させられた。


 そんなイルデパンと会話を重ねつつも、俺は少し引っ掛かることがあった。


 詐欺行為の件だけで魔道具屋の主(あるじ)は逮捕されたのか?

 あの捕り物の様子を思い返せば、囚人馬車まで準備し、かなりの人数の街兵士が参加して、魔道具屋の主(あるじ)を逮捕していた。

 周到に準備された捕り物だと感じたはずだ。


 それにイルデパンは言っていた。


〉店の捜索が済んだのか?

〉そろそろ連中が顔を見せる筈だ

〉野次馬の顔をしっかり覚えとけ


 あの夜、街兵士が二人、魔道具屋の前に立ち続けていた。

 これは魔道具屋の主(あるじ)が捕らえられた理由は、詐欺行為の主犯とか共犯だけではない気がする。


「魔道具屋の主(あるじ)が捕らえられた理由は⋯ 詐欺行為だけですか?」

「おや、さすがはイチノス殿です。気がつかれましたか?」


「「⋯⋯」」


 俺とイルデパンの間に沈黙が訪れた。

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