6-17 食堂に大量のオオバが届きました


「婆さん、討伐依頼はいつからだ?」

「明日の朝だよ」


 婆さんから討伐依頼が明日の朝と聞いて、随分と急な感じがした。

 討伐依頼が明日の朝では、今の俺に出来ることは何もないだろう。

 さっきはポーションの製造も考えたが、明日の朝では間に合わない。


「イチノスは店に戻らなくて良いのかい?」

「何で?」


「討伐依頼が出たら、ポーションとかが売れるんだろ? 店が忙しくなるんじゃないのか?」

「サノスが店番してるから大丈夫だろ?」


「何を言ってるんだい。物が売れる時に売るのが商売だろ? どんどんポーションを作って売れば良いじゃないか」

「婆さん、ポーションは直ぐに作れないんだよ。明日の朝から討伐に行くなら間に合わない。今の店の在庫が売れたら終わりだな」


「明日の朝が無理でも、昼までに作れないのかい? 昼までに作れたら南と西の関で売れば良いじゃないか」

「いやいや、無理だね。ポーションの元になる薬草が手に入らないよ」


 ん? 待てよ?

 何か解決策があるような気がする⋯


「お待たせ~」


 そう言って、オリビアさんがお代わりのエールと焼き立ての串肉を持ってきた。


 木札と飲み干したエールのジョッキを渡すと、オリビアさんが聞いてきた。


「イチノスさん。詐欺の話し、聞きました?」

「聞きましたよ。この付近の店は大丈夫でしたか?」


 俺はイルデパンから、西町での被害を詳しく聞いていないことを思い出した。

 詐欺師が何件かの飲食店を回ったとは聞いたが、それで実際に被害が出たかは聞いていない。


「それは大丈夫みたい。この付近の店は昔の魔道具屋で買ってたから、イチノスさんの店で魔法円を買ったかなんて聞かれても、みんな首を傾げるだけよ」

「ククク それは被害が無くて良かった(笑」


 そこまで話して、イルデパンが俺に人相を尋ねていたのを思い出した。


「その詐欺師は、もしかしてここにも来たのか?」

「来たけど追い返したよ(笑」

「えっ? 来たんですか?」


 俺の問いかけに婆さんが答え、オリビアさんが聞いてくる。


「だって怪しいじゃないか。イチノスの店で買ったかなんて聞いてくるんだよ? それにあたしゃ教会の男は信用しないんだよ」

「お婆さん、その話し聞いてない」

「⋯⋯」


「あれ? オリビアには話してないか?」

「うん、聞いてない」

「⋯⋯」


「キャンディスには何度も言ってるんだよ。教会の男が『君を愛してる』とか言っても絶対に信じちゃダメ」

「いや、そっちの話し? それって昔の話よね?」

「⋯⋯」


「そうだね。もう何年前だろ⋯」


 婆さんが昔を懐かしんで、オリビアさんと二人で話し始めてしまった。

 しかも二人の話が微妙にスレ違っている気がする。


 こうなったら『俺が居なくても出来るだろ』と思うが、思っても口にはしない。

 こうした時は黙って二人の話を聞いた方が良いのだ。


「こんにちわ~」


 給仕頭の婆さんとオリビアさんの話を聞いていると、店の扉を開けて一人の少年が入ってきた。


「サノスさんからの届け物です」


 そう口にする少年に記憶がある。

 冒険者ギルドで俺の伝令を引き受けたであろう二人の見習い冒険者の一人だ。

 その少年が背負いカゴを置きたそうにしている。


「サノスから届け物?」


 『サノス』の言葉に反応してオリビアさんが答えると、見習い冒険者の少年が駆け寄ってきた。

 長机の脇に少年が背負いカゴを降ろし、オリビアさんに中身を見せ始めた。


「ええ、サノスさんがオリビアさんに持って行ってくれって」

「すごい量のオオバね。こんなに取れたの?」

「こりゃスゴい量だね」


 見習い冒険者の少年とオリビアさんのやり取りに婆さんも参加し始めた。


「これだけあれば、色々作れそうね」

「今日は客が来ないけど、明日が楽しみだよ」

「⋯⋯」


 婆さんは今日の客足を諦めた話をして、オリビアさんは料理の献立を考え始めたようだ。


「あのぉ⋯」

「ん? どうした?」


 見習い冒険者の少年が何かを言いたげだ。


「イチノスさん、コレ、中身だけ置いて行って良いですか?」

「中身だけ?」


「ええ、サノスさんがカゴだけ持ってこいって⋯ それにギルドに依頼達成書を出したいんです」

「ああ、そうか。婆さん、オリビアさん、中身だけ出せるかな」

「そうだね」「奥まで運べる?」


 そう言って婆さんとオリビアさんが俺を見てきた。

 えっ? もしかして俺が運ぶの?


「そうだね。坊やはギルドに行ってきな。中身は出しとくから」

「そうね。カゴだけにするから、ギルドが終わったら取りに来て」

「ありがとうございます!」


 そう言って見習い冒険者の少年は店の出口に走って行く。

 それを見送っているとオリビアさんが俺に向けて言ってきた。


「イチノスさん、厨房までお願いします」

「何だったら選別も手伝ってくか?」


 婆さん、運ぶだけじゃなくて選別まで手伝わせる気か?!


 オリビアさんの言葉に従い、なかなかの重さの背負いカゴを厨房まで運ぶ。

 俺が中身を出し始めると、婆さんとオリビアさんの二人で選別を始めた。


 全てを出し終えた俺は、選別に精を出す二人を残して、背負いカゴを手に席に戻った。

 まもなくさっきの少年が戻ってくるだろう。

 そう思いながら、残った串肉を肴にエールを飲み干す。

 もう一杯飲みたい気もするが⋯


 ここでオオバの選別に精を出す厨房の二人には声を掛けづらい。

 けれども俺は、今日は数少ないだろう客の一人だから、遠慮無く行くべきだろう。


「すいません。エールをもう一杯」


 厨房に顔を出し、オオバの選別に精を出す二人に向かって声を掛ける。


「はいよ~」


 婆さんが快く答えてくれたことに少しだけ安心する。

 そんな婆さんに銅貨を出し木札を受け取ろうとすると、席を立ち上がった婆さんがジョッキにエールを注ぎ始めた。

 なるほど、客が俺だけだから直接渡すんだな。


 エールのジョッキと銅貨を交換すると、婆さんが告げてきた。


「イチノス、悪いけど下げ物は自分で持ってきてくれるか?」

「はい、お安いご用です」


 何故か自分が少しだけ卑屈になっている気がするが、選別を手伝わされるよりはましだろう。


 そう思いながら席に戻ると店の扉が勢い良く開いてさっきの少年が入ってきた。


「イチノスさん! 伝令です!」

「伝令? 誰からだ?」


「ギルマスからです」

「ギルマスから? 受け取ろう」


 差し出された伝令用封筒を受け取り、一緒に出された依頼達成書にサインをすると、再び店の扉が勢い良く開いた。


 その開いた扉には、冒険者ギルドのキャンディスが立っていた。

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