18-5 型紙の出来栄えと魔素循環


カランコロン


「いらっしゃいませ~」


 俺が店へ入ると、出入口に着けた鐘の音の条件反射でサノスが店舗へと顔を出してきた。


 そんなサノスが店舗のカウンターの向こう側で呟くように口を開く。


「なぁ~んだ 師匠だったんですね(笑」


 サノスにとっては来客だと思ったのだろう。


 店の出入口につけた鐘の音に、サノスとロザンナがとてもいい反応をしているのなら、もっと静かなものに変えるのは不正解だろうか?


 昨日も洗濯屋の鐘の音に変えようと思ったが、風呂屋と大衆食堂のエールを選んで、結局は雑貨屋へ寄れていないな(笑


 そう思いながらサノスが立っているカウンターを見ると、昨日作った商人対策用のカゴに「売り切れ」の札が刺さっていた。


「サノス、これはあの後も売れたんだな?(笑」


「えぇ、商人さんが一人と⋯ お姉さんが買って行きました」


「お姉さん?」


 女性街兵士のことだよな?


う~ん⋯


 なぜ、あの二人がこんなものを買って行ったんだ?


 昨日、連行した商人の事情聴取の為か?


う~ん⋯


 先ほどアイザックから聞き出すと言ってたが⋯


 女性街兵士が購入した理由が全くわからない。

 わからないが為に色々な事を想像してしまう。


やめよう


 想像を重ねて時間を使うのは無駄な行為だ。


 サノスに続いて作業場へと入って行くと、俺の自席の前に洗濯バサミで薄紙が止められた、ロザンナの作業途中の代物が置かれていた。


「そうだよな、ロザンナのを見る約束だったよな」


「はい、イチノスさん。よろしくお願いします」


 自席へ座りロザンナの型紙作りを見て行く。


 ロザンナの型紙作りは、サノスに教えた方法で赤い毛糸の枠が16分割で作られている。

 縦に4分割、横にも4分割で16分割だ。

 多分にサノスからの助言で16分割にしたのだろう。


出来栄えの方は⋯


 それなりに型紙として描き上げられている感じで、俺が魔法学校時代に初めて描いた型紙よりも上出来な気がする。


 ざっと見る限りは描き忘れがあるようには見えない。

 各分割された枠毎に細かく見て行けば、幾つかの描き忘れが見つかるかもしれない。

 だが、型紙作りの段階で、そこまで完璧に仕上げる必要性を俺は感じない。


〉ちょっと躓いてます⋯


 ロザンナは、これの何処が躓いていると思うのだろうか?


「ロザンナ」


「はい」


「悪くないぞ。これなら安心して続けて良いと思うぞ」


「ありがとうございます」


「一つ聞いても良いかな?」


「はい、何でしょう?」


「どこで躓いていると思うんだ?」


「その⋯ 何か書き忘れがある感じがしてるんです」


 あぁ、そうした心配か⋯

 確かに俺も同じ感覚を抱いた記憶があるな(笑


「いや、むしろ型紙は書き忘れがあるのが当たり前なんだが⋯」


「えっ?」


「ロザンナは型紙を作るのは初めてだろ?」


「はい、初めてです」


「わずか2~3日でここまで書き上げたんだ、むしろ誇らしく思うべきじゃないのかな?」


「ですが、その型紙を使って本番を書くんですよね?」


「そうだね」


「本番で失敗したら⋯」


「ククク ロザンナ、最初は誰でも失敗するのが当たり前だよ」


「でも、型紙で失敗したら、また、型紙から作り直すんですよね?」


「いや、型紙を修正すれば良いとは考え無いのかな?」


「??」


 ロザンナ、そこで首を傾げるのか?


 どうやらロザンナは、型紙を使って魔法円を描く流れを、正しくは理解していないようだ。

 今後は、型紙を使った魔法円の書き方を、正しくロザンナへ教えて行く必要があるな。


「ほらね、ロザンナは心配性なんだよ」


 それまで黙って聞いていたサノスが堪え切れずに割り込んできた。


「でも、先輩。昨日もそう言いながら、何個も書き忘れを見つけたじゃないですか」


「いや、それとこれとは⋯」


 そこまで二人が話したところで、俺は手を出して二人を制した。


「まずはロザンナ、俺の話を聞いてくれるかな?」


「はい、聞きます」


「ロザンナの考えるとおりに、型紙は完成度が高いほど良いのは事実だ」


「はい」


「だが、完璧である必要はないんだ。実際にサノスのように魔素転写紙を使って描いて、描いたところの魔素の通りを確認する⋯」


 そこまで言って、俺はあることに気がついて言葉を止めた。


「ロザンナ、改めて聞いて良いか?」


「はい、なんでしょう?」


「ロザンナは両手で魔素が扱えるか?」


「両手は難しいです。利き腕の右でなら流せますが左手だと量の調整が出来ないんです」


 サノスと一緒か⋯

 それに俺は『扱えるか?』と問い掛けたが、ロザンナは『流せる』話しかしていない。


「もう1つ確認しておく重要な事がある。右手でなら流せるんだな?」


「はい」


「その時、左手はどうしてる?」


「魔素を流す時は左手は魔石ですけど?」


 そう言って、ロザンナは魔石へ手を添えるような仕草をしてきた。


 またしても俺は配慮が足りなかった。


 ロザンナは普段から魔石を身に着けていない。

 魔石から魔素を取り出す時は、こうして魔石へ手を翳したり触れるのが、ロザンナには当たり前なんだ。


 普段から魔石を身に着けて、手を使わずに身に付けた魔石から魔素を取り出す習慣なんて、無いのが当たり前だ。


 またしても、俺は自分が出来ることは皆が出来ると勘違いしていた。


 古代遺跡の調査隊でも、俺はアルフレッドやブライアンが両手で魔素を流せると思い込んでいた。


 ロザンナが魔法円を描き、それをサノスのように自分自身で確かめて行くには、3つの技能が必要になる。


1つ目は、身に付けた魔石から手を使わずに魔素を取り出すことだ。


2つ目は、取り出した魔素を片手で流し反対の手でそれを受け止める。


3つ目は、受け止めた魔素を自分の体内を通して反対の手へと戻すように送る。


 この3つの技能を有していないと、魔法円を描き、それを自分自身で確かめて行く事が出来ない。


 この2つ目と3つ目を組み合わせた行為を『魔素循環(まそじゅんかん)』と呼ぶのだが、これが実行出来て初めて魔素を『扱える』と言えるのだが⋯


 そうした技能を、俺がロザンナに教えて良いかがわからない。


 これはローズマリー先生とロザンナで相談してもらう必要があるな。


「ロザンナ、ローズマリー先生に魔法円の型紙作りをしていることは話しているよな?」


「えぇ、それは話してます」


「なら、先生に確認して欲しい事がある」


「はい、何でしょう?」


「魔素循環(まそじゅんかん)を、俺から教わって良いかの確認をして欲しいんだ」


「マ・ソジュン・カンですか?」


 う~ん ロザンナ、区切って言うと別の物に聞こえるぞ(笑


「そうだ、その答えを聞いてきて欲しいんだ」


「わかりました。マソ・ジュン・カンですね」


 だから、区切って言わない方が良いぞ(笑


「その答えが聞けるまでは、型紙作りの作業を続けてくれるか?」


「はい、わかりました」


「師匠、聞いて良いですか?」


 それまで黙って聞いていたサノスが問い掛けてきた。


「うん? なんだ?」


「さっき、騎士さんが言ってましたが、明日はお出掛けですか?」


 そうだな、ここ数日の予定を二人に話しておこう。

 それにポーション作りを月末じゃなく、月初にすることも伝えておく必要があるな。


 ん? 俺は昨日の日当を二人に払っただろうか?


「サノス、それにロザンナ。俺は昨日の日当を払って無いよな?」


「「うんうん」」


 どうやら、二人への日当をまたしても払い忘れてしまったようだ⋯

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