18-4 先輩と後輩
カランコロン
『神への感謝』で混乱するサノスとロザンナを宥めるように、店の出入口に着けた鐘が来客を知らせてくる。
「は~い」「いらっしゃいませ~」
ほぼ条件反射じゃないかと思えるように、サノスとロザンナが二人で応え、二人で同時に席を立ち上がった。
立ち上がった二人が顔を見合わせると、ロザンナが店へ行きサノスはシチュー皿を台所へと片付けに行った。
(イチノス様はご在宅だろうか?)
店舗から聞こえる声は青年騎士(アイザック)の声だ。
今日、この時間に青年騎士(アイザック)が俺を訪ねて来るということは、明らかに明日の就任式の伝令で来たんだろう。
すると直ぐにロザンナが作業場へと戻ってきた。
「イチノスさん、騎士の方が来てます」
「わかった。出よう」
席を立ち上がり店舗へ向かうと、皺一つ無い騎士服を纏ったアイザックが立っていた。
「アイザック、何用だ」
「イチノス様、ウィリアム様からの伝令で伺いました」
アイザックがそう言うなり王国式の敬礼をしてくるので、それに応えて俺も返すと、叫ぶような強い声が店舗全体へ響いた。
「ウィリアム・ケユール伯爵様よりイチノス・タハ・ケユール様への口頭の伝令である」
「イチノス・タハ・ケユール、ウィリアム様からの伝令を聞こう」
「明日、5月31日は3時に領主別邸へご案内せよとのことである」
「あい、わかった。お受けする」
「しかとイチノス様のお断りを⋯ えっ?」
俺が即答で『お受けする』と告げると、アイザックが目を見開き、敬礼をしたままで困惑の表情で俺を見てきた。
アイザック、こうした時は敬礼を解いてよいんだよ(笑
「あ、あのぉ⋯ 今回は受けていただけるんですか?」
「あぁ、就任式だろ? 参加するよ」
俺が敬礼を解いたのに気がつき、アイザックも礼を解いた。
「そ、そうですか⋯」
「どうかしたのか?(笑」
「いえ、イチノス様がお受けした旨、このアイザックが承りました。確とウィリアム様へお伝えします」
慌ててアイザックが王国式の敬礼を出して来た。
「頼んだぞ」
王国式の敬礼を返しながら返事をして直ぐに解き、アイザックへ問い掛ける。
「アイザック、俺が断ると思ったか?(笑」
「あ、いえ、その⋯ コンラッド殿から⋯」
「ククク コンラッドに何か言われたのか?(笑」
「『イチノス様は断るだろう。その時には直ぐに戻って来い』と言われまして⋯」
コンラッドめ、確かに前回は断ったが今回は行く気になってるんだ。
俺が断ることまで備えた上で、アイザックに伝令を命じたのか?
「まぁ、いいや。コンラッドに残念だったなと伝えてくれ(笑」
「えっ?」
「いや、聞かなかったことにしてくれ(笑」
「はい、私は何も聞いてません(ニッコリ」
おい、聞いてただろ(笑
「イチノス様、それで迎えの馬車を寄越しますが、宜しいですか?」
「それはありがたいな。何時頃だ?」
「はい、2時で予定しておりますが、宜しいでしょうか?」
「そうだね。それでお願いするよ」
「では、明日の2時に迎えに来ます」
「おう、頼むな」
再び互いに王国式の敬礼を交わして直ぐに解くと、アイザックが踵を使った綺麗なターンを見せて出入口の扉を開けた。
カランコロン
さて、これで明日の予定が決まったな。
昼前は魔石の入札で商工会ギルドへ行き、昼からは領主別邸での就任式だな。
領主別邸にはウィリアム叔父さんとジェイク叔父さんが二人揃っているだろうから、二人揃って何かを言ってきそうだが⋯ まあ、適当に躱そう。
そんな事を思いながら店の窓越しに外を見れば、店先に停めた黒塗りの馬車へとアイザックが歩み寄る。
アイザックが馬車の個室(キャビン)へ寄り何かを話している感じが見えた。
話が終わったらしいアイザックは、御者台へ歩み寄り御者とも何かを話している感じだ。
どうやら、俺が断りではなく受ける返事をしたので、領主別邸へ戻る予定が狂ってしまったのだろう(笑
その馬車の従者台へアイザックが立つのを見ていると、動き出そうとした馬車の個室(キャビン)の窓に掛かったブラインドが開いた。
ん?
誰かが手を振っているけど⋯
あれって⋯
シーラか?!
カランコロン
俺は思わず店先へと出たのだが、既に馬車は東西に走る大通りの方へと向かって進んでおり、そんな馬車の後ろ姿を見送ることになってしまった。
店へ戻りながらシーラの事を考えて行く。
あの馬車にシーラが乗っていたとしたら、ローズマリー先生のところへの治療を受けに行くところなのか?
アイザックは領主別邸から来たんだろうし、途中でシーラを拾って俺の店へ来たと言うことか?
そもそも、シーラはリアルデイルの何処に宿を取ってるんだ?
領主別邸はリアルデイルの街の北部にある貴族街だから⋯
まさかとは思うが、ヘルヤさんと同じ宿=アルフレッドの営む宿屋じゃぁ無いよな?
待てよ?!
まさかとは思うが⋯
領主別邸で寝泊まりしてたりしないよな?
「イチノスさん」
「おはようございます」
ん?
後ろから、二人の女性に声を掛けられた。
振り返れば、店の向かい側の角に立つ女性街兵士の二人だった。
「おはようございます。昨日はありがとうございました」
「いえいえ、職務ですから(笑」
「気にしないでください(笑」
二人の女性街兵士へ朝の挨拶をしつつ、昨日の店先での商人への対応の礼を述べておく。
女性街兵士の二人が、畏まった王国式の敬礼を出して来るかと思ったが、実に軽い感じの礼をして来るだけだった。
うん、このぐらいの挨拶が良いな。
どうも王国式の敬礼で挨拶を交わすのは、堅苦しい感じがして俺は苦手だぞ(笑
「イチノスさん」
「ちょっと聞いて良いですか?」
女性街兵士の二人が、絶妙な連携で問い掛けてきた。
「はい、何でしょう?」
「さっき馬車で来た騎士って」
「アイザックですか?」
「そうですけど?」
思わず素直に応えてしまった。
「やっぱり、アイザックだったんだぁ~」
「ねぇ、アイザックだったでしょ?」
あれ? 何で二人がアイザックを⋯
「あの⋯ アイザックをご存じなんですか?」
「えぇ、騎士学校の2年後輩なんです」
あぁ、そう言うことか!
この女性街兵士の二人は騎士学校の卒業生で、アイザックも騎士学校の卒業生だ。
二人の女性街兵士とアイザックは、いわば先輩後輩と言うわけだ。
ククク
これは、この二人からアイザックの騎士学校時代の話が、色々と聞けそうな気がしてきたぞ(笑
「イチノスさん、やっぱりアイザックは領主別邸勤務なんですか?」
二人の女性街兵士の片方がアイザックについて微妙な質問をしてくる。
「えぇ、この春から領主別邸で騎士として護衛に就いているみたいですよ」
「別邸で護衛騎士ならフェリス様付きですよね?」
「イチノスさんのお母様って、フェリス様ですよね?」
おいおい、随分と踏み込んで聞いてくるな(笑
「えぇ、そうですよ」
「よし、アイザックに喋らせよう」
「そうだね、喋らせよう」
えっ?
アイザックに喋らせる?
何か⋯ 物騒な言い方だぞ?
「イチノスさん、すいません」
「変なことを尋ねてしまって」
「いえいえ、大丈夫ですよ。それじゃあ、今日もよろしくお願いします」
「「はい、お任せください!」」
そう応えた二人が王国式の敬礼を出して来た。
俺もそれに軽く応えて店へと戻って行った。
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