18-3 混乱するサノスとロザンナ
シチュー皿を片手に、台所へお湯を捨てに行ったサノスが作業場へ戻ってきた。
作業机の椅子へ座り直すと、シチュー皿を自分の描いた魔法円の上に置き直し、魔法円ごとロザンナの前へとずらした。
「ロザンナ、お願いします」
「えぇ⋯」
サノスの願いに答えるロザンナの返事には、やはり緊張が含まれている感じだ。
俺はそんなロザンナに声を掛けて行く。
「ロザンナ、その魔法円を試す上で、お願いがあるんだ」
「はい? お願いですか? イチノスさんが?」
俺は椅子に座り直し、ロザンナへ告げて行く。
「その魔法円を使う人は、ロザンナのように魔素が扱える人じゃないんだ」
「はぁ?」
「ロザンナは魔素を使えるだろ?」
「えぇ、それなりに使えると思ってます」
「けれども、この魔法円を使う人は魔素が流せるとは限らないんだ」
「はぁ⋯」
「そこでロザンナには、意識して魔素を流すよりは『お湯の温度』を意識して欲しいんだ」
「お湯の温度⋯ ですか?」
そう答えたロザンナの目が泳いだ感じがする。
これは、もう少し具体的に指示を出した方が良さそうだな。
「そうだな⋯ さっき淹れてくれた御茶の温度は覚えてるかな?」
「えぇ、なんとなくですが⋯」
「そのぐらいのお湯が欲しいと思い浮かべて欲しいんだけど⋯ 出来るかな?」
「⋯ 出来ると思います」
よし。ロザンナが理解の兆しを見せてきたぞ。
「いわば、この魔法円を使う人の立場になって試して欲しいんだよ」
「イチノスさん、なんとなくですが何をすれば良いのかは理解できます。家にある水出しと同じだと思えば良いんですね?」
「そうだね。『水出しの魔法円』なら意識して魔素は流さないだろ?」
「えぇ、水が欲しいぐらいしか考えないですね」
「その水が欲しいを『お湯が欲しい』に置き換えて試して欲しいんだ」
「わかりました。やってみます」
やはりロザンナは、理解力があるタイプだと判断できる。
加えて、自身が置かれている状況を前向きに理解しようとする気概を感じる。
教会の初等教室の先輩であるサノスの成功を考えつつ、自分が感じた違和感が何なのかを、少しでも解き明かしたい思いが、ロザンナにはあるのかも知れない。
すると、ロザンナがオークの魔石へ左手を添えた。
そして右手の指が魔素注入口へ置かれたところで、ロザンナが声を出した。
「少し温めのお湯が欲しい」
すると、シチュー皿にじわりとお湯が湧き出した。
サノスが嬉しそうな顔で俺を見てくる。
それに合わせて俺は軽く頷く。
「ふぅ~」
ロザンナもシチュー皿にお湯が出たのがわかったのか、軽く息を吐き魔石と魔素注入口から手を離して俺を見てきた。
その顔からは、少しだが緊張が取れたような気がした。
「どうだ? ロザンナ?」
「イチノスさん、何も感じなかったです」
「そうか、そうか」
「ロザンナ、良かったね」
割り込んできたサノスの言葉に応じるように、ロザンナが前向きな言葉を口にした。
「もう一度、試しても良いですか?」
そう告げるやいなや、ロザンナが直ぐに魔石に手を添え、魔素注入口へ指を添えた。
もしかして、今度は意識して魔素を流すのか?
そう思った途端に魔法円の『神への感謝』が反応するのが見えた。
「うっ!」
軽くロザンナが声を発すると共に、魔素注入口と魔石から手を離した。
「う~ん⋯」
ロザンナが軽く唸り、それまで魔素注入口へ添えた指先を見ながら、何かを呟き始めた。
ブツブツ
ブツブツと呟くロザンナが気になったのか、サノスが声を掛ける。
「ロザンナ、大丈夫?」
ブツブツ
ロザンナは返事をせず、再び魔石に手を添えて魔素注入口へ指を添えた。
再び魔法円の『神への感謝』が反応してシチュー皿にお湯が湧いて行く。
「はい、そこまで」
俺の声で、ロザンナが魔石と魔素注入口から慌てて手を離し、俺を見てきた。
ロザンナの顔は困惑に取り憑かれたようだが、自分の感じたこと、疑問に感じたこと、そうした幾多の事を整理して、俺へ伝えようとしているようにも思えた。
「ロザンナ、お湯が溢れそうなんだけど?(笑」
「あっ! す、すいません」
慌ててロザンナが立ち上がり、シチュー皿からお湯が溢れないように台所へと捨てに行った。
◆
それから俺は、二人へサノスの描いた魔法円と俺の描く魔法円の違いを説明して行った。
その最大の違いが『神への感謝』であることも聞かせて行った。
俺の描いた携帯用の魔法円は、意図して魔素を流せる者しか使えないこと。
サノスが描いた『湯出しの魔法円』では、魔素を扱えない者でも使えるのは『神への感謝』が描かれている事などを話した。
両者の最大の違いが『神への感謝』にあることは、特に丁寧に話していった。
そこまでの話しをロザンナが静かに聞き終えたところで、俺とサノスの口にした『引っ張られる』感覚についても説明をした。
一通りの説明を終えたところでロザンナへ問い掛ける。
「さて、これでロザンナの感じた物の正体が何かわかるかな?」
「なんとなくわかってきました。私が感じたのは、自分が流そうとした魔素の量と、この魔法円の『神への感謝』が求める魔素の量に差があった。魔法円の『神への感謝』が魔素を求めて、私の手から魔素を『引き出そうとした』からなんですね?」
「うんうん」
ロザンナの言葉にサノスが頷き、二人で顔を見合わせている。
やはりロザンナは理解力が高いな。
これで何とか、ロザンナは自分の感じた違和感の正体が何であったかを理解したと考えて良いだろう。
「何れにせよ、魔法円に魔素を流して違和感を覚えたら、魔素を流すのを止める」
「はい、そうします⋯ けど⋯」
ん?
俺の締めの言葉に応じたロザンナだが、少しばかり疑問が残っているようだ。
そんなロザンナに気が付いたのか、サノスが問い掛ける。
「ロザンナ、何か気になるの?」
「えぇ⋯ 気になることがあって⋯」
「何が気になるの?」
「この『神への感謝』が描かれてる魔法円は、魔素を扱えない人でも魔石があれば使えるんですよね?」
「うん、そうだね。そうした人達でも使えるように『神への感謝』が描かれてるんですよね。そうですよね、師匠?」
おいおい、サノス。
そこまで答えて、俺へ振るのか?(笑
そんなサノスの振りに気付かず、ロザンナが言葉を続けた。
「じゃあ、逆はどうなんですか?」
「逆?」
「はい、魔石を持っていないけど魔素が扱える人は『神への感謝』から魔素が求められた時って⋯」
「??」
ロザンナの投げ掛けにサノスが首を捻りながら俺を見てきた。
「ククク ロザンナは面白いことに気が付くけど、その時にロザンナは『神への感謝』からの要求に、どうやって気付くのかな?(笑」
「どうやって気付くかですか?」
「そう、『神への感謝』が魔素を求めてるのにどうやって気付くのかな?」
「それは、魔素を吸われそうになって⋯」
「その時って、ロザンナは水とかお湯が欲しいのかな?」
「んんん?」
「??」
今度は別の事でロザンナが困惑の言葉を口にした。
それまで話しに参加していたサノスは頭の上に疑問符を浮かべている(笑
「水やお湯が欲しいから『神への感謝』の要求を感じてから魔素を注ぐのかな? それとも水やお湯が欲しいから魔素を注ぐのかな?」
「あれ?」
「う~ん⋯ 師匠! 無理です! 私には理解できません!」
遂にサノスが考えることを放棄する言葉を口にした。
どうやらサノスは、混乱が頂点に達したようだ。
それでもロザンナは理解を深めようと呟くように口を開く。
「う~ん⋯ 魔素が扱えない人はどうなんだろう?」
「どうなんだろう?」
それに応えるサノスは、ロザンナの言葉が理解できない段階まで来ている感じがするぞ(笑
「魔素が扱えない人が、魔石を持たずに魔法円に魔素を注ぐ?」
「いや、ロザンナ、ちょっと待って。魔素が扱えない人が魔素を注ぐの?」
「あれ?」
「魔素を扱えないから魔素を注げないよね?」
「いや、ちょっと待って⋯」
どうやらロザンナも、サノスと同じ様に混乱し始めているようだ(笑
これは『神への感謝』を理解する上で、誰もが頭の中で整理仕切れない一つの壁と言えるだろう。
実際に魔法学校時代の授業でも、毎年、大量の補習受講者を出した授業だ。
何か懐かしいな(笑
何れにせよ、サノスとロザンナには自分達で考えて理解して行くのが最良だろう。
カランコロン
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