14-12 大工と左官


「ワイアットはどう思う?」


 ブライアンとアルフレッドの視線がワイアットへ集まった。

 その視線に釣られるように俺もワイアットへ目をやる。


「二人とも、イチノスの考えに賛成なんだな?」

「俺は賛成だ」

「俺もだ」


 ワイアットがその視線に答えると二人が即答してきた。

 それを聞いたワイアットが俺と目を合わせる。


「イチノス、1つ教えてくれ」

「ん? 何だ?」


「その方法を取ったとしてだ、俺達だけでも開け閉めは出来るのか?」


 なるほどワイアットが気にするのも頷ける。

 魔導師である俺がいなくても、ワイアット達のような冒険者だけで開閉できるのかどうかだな。


「心配しないでくれ。俺がいなくても開け閉めできるように使い方は教えるよ」

「うんうん」

「それは確かに大切だな」


 俺の答えにアルフレッドとブライアンが頷いてくる。


 ここにいる皆が魔素を扱えるし、俺の描いた魔法円を購入している。

 俺の描く魔法円には『神への感謝』が無いため、意図的に魔素を流せる者でないと使えない。

 ここまでの道程で、全員が魔法円に魔素を流しているのを俺は見ている。

 あの石板に刻むように描かれた魔法円を描き換えても、この三人ならば開けれるだろうし閉めれるだろう。


「ワイアット、そうしないと皆が探索する度に俺が駆り出されることになる。すまんが俺はあの森の中を毎回歩くのはお断りだぞ(笑」


「「ハハハ」」「カカカ」

「ククク」


 俺も含めた全員が笑い声を聞かせあった。


「わかった、イチノスの案で行こう。イチノス、俺達に手伝えることはあるか?」

「そうだな⋯ 上の方を作業するのに台が欲しいな」


「それなら俺に任せろ、そこら辺の木で俺が台を作ってやる」


 ブライアンが即答してきた。


「そうだな台作りはブライアンに頼むぞ。立番は俺が引き受ける」


 ワイアットが同意するとアルフレッドが問い掛けた。


「俺は夕食の準備で良いか?」

「おう、「頼むぞ」」


 こうして俺の案に皆が賛同してくれた。



 アルフレッドの淹れてくれた紅茶を皆で飲み干し、各自の担当へと着いて行く。

 アルフレッドが淹れてくれた紅茶は、香りが立っていて中々の味わいだった。


 俺はこれからの作業を考えながら、自分のリュックから持ってきた品々を取り出した。


 ・ホウロウの鍋

 ・天幕代わりに持ってきた2枚のシーツ

 ・カバン屋で手に入れた結び紐

 ・タオル

 ・『水出しの魔法円』

 ・『砂化の魔法円』

 ・『石化の魔法円』


 それらを両手に抱えて石扉の前へと向かう。


 石扉の前で『水出しの魔法円』を手に持ち、魔素を流して得られた水をホウロウの鍋へ入れて行く。


 鍋が水で満たされたら、その水を中央の石板に描かれた魔法円に掛けて埃を流して行く。


 魔素の流れを確実に見るのと、今の状態を確認するため、幾年の埃や雨風で汚れた魔法円を洗って行くのだ。


 一通り洗い終えたところでタオルを使って魔法円の表面を擦れば、綺麗な姿を見せてきた。


 全体を洗い終えたところで、4つある魔素注入口の1つへ指を添えて、魔素を細く流し魔素の流れを確認して行く。


 4つの魔素注入口から魔素を流し終え、この魔法円が4つの魔素注入口から同時に魔素を注ぐと発動する作りであることが判明した。

 また、嬉しいことに現在でもこの魔法円が使えることがわかった。


 やはり石板に刻むように描かれた魔法円だけあって、今でも使えるようだ。

 この古代遺跡が何百年前、いや何千年前の物かはわからない。

 それでもしっかりと石板に刻まれるように描かれた魔法円であることから、今でも機能するのだろう。


 そんなことを思いながらも、魔法鍵に描き換えた際の使い方へ思いをやる。


 魔素注入口が4つだから、閉じる際には両手で魔素を流すとして二人が必要なのか⋯

 砂化を描き加えた際には、石化と砂化を切り換える為にもう1つ魔素注入口が必要だな。

 そうなると魔素注入口が5つになるから、最低でも3人が必要になるな。


  ・開ける砂化には三人

  ・閉じる石化には二人


 これなら一応、鍵らしくなるな。


 次は石扉を開けた際に、石板が外れないようにする固定作業だな。


 石扉の影響が少なそうな部分に『砂化の魔法円』を充て、魔素を流して石扉の一部を砂化をして行く。


 石扉を砂化して得られた砂をホウロウの鍋に一杯になるまで貯めたら、再び『水出しの魔法円』で水を出して鍋に得られた砂と混ぜて行く。


 砂に水を混ぜたものをかき混ぜながら手で触ってみると、思ったとおりに石扉は石灰質な古代コンクリートで作られているらしく鍋にセメントが得られて行く。


 そうして作ったセメントを、石板が石扉から外れないように、石板を石扉へ繋げるように、まんべんなく塗り付けて行く。


 石板の半分を右側の石扉へ固定するように塗り終えた所で、鍋に残ったセメントで石扉の両脇に紐が掛けれそうなフックを作って行く。


 このフックは天幕代わりに持ってきたシーツを掛けるためだ。


 俺は誰かの視線がある場所では魔法円を描かない。

 このフックにシーツを掛けてそのシーツで隠れながら魔法円を描き換えるのだ。


 フックもそれなりの形になったので、再び水を出して手と鍋を洗って行く。

 まさかこのホウロウの鍋がこんな使い方になるとは思ってもいなかったな。


 さて、次は持ってきた『石化の魔法円』の出番だ。


 先程、石板と石扉へ塗ったセメントを『石化の魔法円』でどんどん固めて行く。

 もちろん、特性のフックも忘れずに固めた。

 これで準備としては十分だろう。

 後は魔法円の描き換えだ。


 シーツで隠れて作業するため、シーツの角に結び紐を着けていると、ブライアンとワイアットが声を掛けてきた。


「イチノス、台はこれで良いか?」


 ブライアンが誇らしげに見せてきたのは、丸太を5本ぐらいロープで縛った台だった。

 そんな手製の台をワイアットも手にしている。

 遠目に見ても、程よい高さだし足場も広く使えそうだ。

 二人が手にする台は両端が綺麗に揃えられており、ここで拾った倒木で作った物とは思えない出来映えだ。


「おう、仕事が早いな。助かるよ」

「イチノスの方はどうだ?」


 そう言いながら、二人は俺が作業した中央の石板へと近寄る。


「これは⋯」

「う~ん⋯」


 二人が俺がセメントで固めた石板を眺めつつ指で触って何かを言いたげな様子だ。

 何か気になるのだろうか?


「右側の石扉に石板を固定してみたんだ」


「いや、これはなぁ⋯」

「あぁ、これは⋯」


 何だろう?

 二人は何が言いたいのだ?


「イチノス⋯」「下手だな」


 はい?


「俺とブライアンがいるのに、この仕上がりじゃあ⋯」

「あぁ、他の奴らに見られたら何か言われるな⋯」

「まてまて、そんなに出来が悪いのか?」


「あぁ、ここなんて確実に剥がれるぞ」

「ブライアンの言うとおりだな。これじゃあ、少し力を掛けたら剥がれるな」


 いや、剥がれないようにしたつもりなんだが⋯


「ブライアン、直せるか?」

「隙間を埋め直して、上から塗り固めれば何とかなるだろう」


 何だよ、やり直しの要求か?

 そんなに俺の仕事は出来が悪いのか?


「イチノス、セメントはまだあるのか?」

「つ、作ればあるぞ」


「すまんが俺とブライアンでやり直すから、立番してくれるか?」


 はい?

 ここで俺が立番ですか?



 現在、魔導師のイチノスは、アルフレッドと肩を並べてブライアンとワイアットの作業を眺めております。


 眺めていると言うよりは、二人の指示に従ってホウロウの鍋に水を出したり、セメントを作って渡したり、明らかに二人の助手的な状態です。


 結果的に、俺の隣に立つアルフレッドが、時折、周囲を見渡して立番です。


「アルフレッド、二人はこうした作業も器用にこなすんだな」

「そうだな。ブライアンやワイアットは、護衛の仕事が無い時には壁の修理や大工仕事もしてるからな」


 なるほど、そうした仕事も冒険者はこなすんだな。


「ブライアンなんかは左官達から誘われるぐらいだ」

「それは知らなかったよ(笑」


「実はなイチノス、さっきの話を聞いた後で、二人が気にしてたんだ」

「??」


「イチノスはこうした大工とか左官的な仕事は経験が無いだろ?」

「あるわけがない。俺は魔導師で左官仕事なんてしたこともない」


「そうだよな(ククク」


 アルフレッドの含み笑いが気にはなるが、こうしてブライアンがやってくれるのは大助かりだ。


「ワイアットも大工仕事とかは手伝うが、何よりもあの剣が人気だな」


 アルフレッドが言うのはワイアットの魔剣の事だろう。


「ワイアットの剣は切れ味が良いから、木材でも石材でも自在に切るらしいんだ」

「おいおい、あの剣で木や石を切るのか?」


「ワイアットの太刀筋が良いからだろうな」


「イチノス、もう一杯、セメントを頼む。今度は固めでいいぞ」


 ブライアンの声でアルフレッドとの会話が遮られた。


 はいはい。さっきのは緩いと言ってましたね。

 俺は『砂化の魔法円』とブライアンの渡すホウロウの鍋を手に、石扉の一部を砂化をして行った。

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