14-13 いよいよ魔素を流します
はぁ~ 涼しい。
俺は石扉と目隠しで張ったシーツの間から抜け出し、森から吹いてくる風に身を委ねる。
この心地よい風は、ここへ来る際に藪漕ぎをしてきた魔の森の中を流れて来たものだろう。
思い返せば森の中の空気は澄んでいて新鮮さがあった。
あの木々の葉をそよがせていた風が、ここまで届いているのだ。
ブライアンとワイアットが張ってくれたシーツは絶妙の張り具合で、皆に見られない状態で作業するには問題ないが、風が通らず熱がこもっていた。
この暑さは、シーツに隠れて魔法円を描き換える事を選んだ俺が招いたものだ。
古代遺跡の石扉を開けるために、魔法円を魔法鍵へと描き換えるのも、その描き換えをシーツで目隠しするのも俺が選んだことなのだ。
このぐらいの暑さは我慢するべきだな。
俺は全ての魔法円を描き換え、目隠しのシーツの外に出て一休みする事にした。
それにしても空気が美味しい。
この美味しさは森の中のを抜けてきた風の恩恵だけではなく、一気に3枚の魔法円を描き換えた達成感だろう。
あの後、ワイアットとブライアン、それにアルフレッドは3つの魔法円の全てを綺麗に洗い、全ての石板をキッチリと石扉へ固定してくれた。
その最中に、ブライアンが『石化の魔法円』を興味深そうに使っていた。
「なるほど、こうした使い方があるんだな」
そんな言葉を口にしながら、確かめるように塗り付けたセメントを石化していたな。
俺の案に皆が協力して石板を洗い、石扉への固定に協力してくれたのだ。
俺もそれに応えるべきだろう。
そうした一方的な思いから、気合いを入れて連続で3枚の魔法円の全てを描き換えた。
それにしても3枚連続で魔法円を描くのは久しぶりだ。
念のために自分自身に回復魔法を掛けながら周囲を見渡せば、既に陽は西に傾き魔の森に掛かっていた。
目隠しのシーツから出て一息入れた俺は、御茶を一杯飲もうと天幕の方へと向かう。
すると、立番をしていたブライアンが真っ先に俺に気が付いて声を掛けてくる。
「イチノス、どうだ?」
「3枚とも終わったよ」
「3枚?! 全部終わったのか?!」
「あぁ、御茶を一杯飲んだら試したいんだ。手伝ってくれるか?」
「やるやる」
ブライアンが嬉しそうな声を出す。
その声に気が付いたのか、アルフレッドとワイアットも寄ってきた。
「イチノス、終わったのか?」
「イチノス、おつかれさん」
ブライアンだけではなく、どうせなら全員でやってもらうか?
けれどもその前に御茶を一杯⋯
えっ?
あっという間にアルフレッドとブライアンが俺の両脇へ腕を入れてきた。
そのまま俺を連行するように、今来た石扉の方へ連れて行こうとする。
いや、俺は御茶を一杯飲みたいんだが⋯
ワイアットを見ればニヤニヤとした顔で俺達を楽しそうに見ていた。
◆
アルフレッドとブライアンに石扉の前に連行されてしまった。
二人の行動に御茶を諦めた俺は、石板に掛かっていた目隠しのシーツを取り外す。
取り払われたシーツの下からは、傾き行く夕日の中、埃を綺麗に洗い流された魔法円が姿を表した。
こうして眺めると、まるでお披露目の除幕式のようだ。
そんな誇らしい俺の気持ちに気付くこともなく、直ぐにアルフレッドが一番上の石板に描かれた魔法円を覗き込んでいる。
ブライアンは中段の魔法円を見ているが、その様子は魔法円が描かれている石板が石扉に固定されているかを見ているようだ。
ワイアットは俺と並び立ち、そんな二人の様子を微笑ましく眺めている。
「変わったのはこの部分か?」
上段の魔法円を指差しながらアルフレッドが聞いてきた。
「ほとんど同じだな⋯」
一方のブライアンは、俺が描き換えた部分に気が付いてはいるようだが、若干、辛辣な感じの言葉を口にする。
俺は彼らの言葉に応えず、描き換えた魔法円の使い方を説明する事にした。
「じゃあ、開け方から話すぞ」
「「おう」」「たのむ」
「この魔法円には魔素注入口が5つあるのがわかるか?」
「この周囲の4ヶ所と、中央のそこだな」
ワイアットが魔素注入口を指差しながら応えてきた。
「ワイアットの言うとおりだ。周囲の4ヶ所は前からあったんだ」
「「「うんうん」」」
「それに俺は新たに1つを追加したんだ」
そう告げて俺は魔法円の中央付近に新たに描いた魔素注入口を指差す。
「「「⋯⋯」」」
「この5ヶ所に魔素を流すと、石扉の石化されている部分が砂化される仕組みになってるんだ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
ブライアンが手を上げて聞いてきた。
「うん? 何だ?」
「5ヶ所に同時に流すのか?」
「そうだが?」
3人がお互いの顔を見合うと、アルフレッドとブライアンが二人でポリポリと頭をかき出し、想定外の質問をして来た。
「イチノス、そうなると何人必要なんだ?」
えっ? 何人必要?
俺の考えでは最低で3人だが⋯
「イチノスだから話すが、俺は左手でしか魔素を流せないんだ」
アルフレッドが左掌(ひだりてのひら)を俺に見せながら、自分の能力を話し始めた。
「イチノス、俺は右手だけなんだ」
そう告げるブライアンは右掌(みぎてのひら)を俺に見せてくる。
ワイアットに目をやれば、微妙な表情で両掌(りょうてのひら)を俺に見せている。
その様子を見て、俺は大きな失敗をしたと理解した。
俺は右手でも左手でも魔素は流せる。
両掌を見せているワイアットは、その様子から両手で流せるとわかる。
けれどもアルフレッドとブライアンは片手でしか流せないのだ。
俺としては、今回の調査隊の皆が両手で魔素を流せるのが当たり前だと思い込んでいた。
魔導師である俺は当然のように両手で魔素を流せるし、弟子のサノスも不器用だが両手で流せる。
けれども世間一般的に、片手でしか魔素を流せないのは至極当然にあり得ることなのだ。
今回はワイアットが両手で流せるから⋯
・ワイアットが2ヶ所
・アルフレッドが1ヶ所
・ブライアンが1ヶ所
3人で4ヶ所に加えて、もう1つを俺が担当すれば、何とか5つの魔素注入口へ魔素を流せる。
けれども、片手でしか流せない冒険者達で今回のように調査隊を組むとなると、この魔法円=魔法鍵を開けるには最大で5人必要になるのだ。
俺は今回の描き換えで、3人いれば大丈夫だろうと軽く考えていた。
けれども3人で魔法鍵を開けるには、両手で魔素を流せる者が最低でも二人は必要なのだ。
今後、今回と同じ3人(ワイアット、アルフレッド、ブライアン)でこの古代遺跡へ再調査に来たとしても、開けることが出来ないのだ。
「すまん、俺の配慮が足りなかった」
俺は素直に全員へ頭を下げた。
「いや、イチノスは悪くないだろう」
「まぁ、そうだな⋯」
「最初に話さなかった俺達もなぁ⋯」
3人から俺を擁護する言葉が出る。
続けてブライアンとアルフレッドがこの先の事を優先する言葉を続けた。
「とにかくだ⋯ ここにいる面子なら開けれるんだな?」
「そうだな、それが大切なことだ」
「とにかく、今は開けて中を確認しようぜ。その先の事はその後に考えようぜ」
アルフレッドの言葉で収まってくれた気がする。
「本当にすまん。もっと皆へ配慮するべきだった」
「イチノス、わかった。もう頭を上げてくれ」
「そうだ、イチノス。先へ進もう」
「イチノス、話の途中だぞ。説明を続けてくれ」
「ありがとう」
俺は3人の暖かい言葉に、ありきたりな礼しか返せなかった。
魔導師としての勝手な思い込みを、彼等は快く許してくれたのだ。
まぁ、古代遺跡のお宝を得たいという思いもあるだろうが、この場にいる面子ならば問題が無いと言う判断もあるのだろう。
「じゃあ続けるぞ。まずは最初に、この中央付近にある魔素注入口へ魔素を流すんだ」
「「「うんうん」」」
「続けて他の4ヶ所へ同時に魔素を流すと、石扉を閉じている箇所へ砂化が作動するんだ」
「まずは、そこへ流すんだな?」
「次にこの4つか」
「よし、やってみようぜ!」
一番乗り気なブライアンの言葉で、3人が中段の魔法円へ向かうと、あらかじめ決められたかのように3人それぞれが魔素注入口へ手を添えた。
ワイアットが左側2つの魔素注入口に手を添え、アルフレッドとブライアンが右側2つの魔素注入口を担当して俺を見てくる。
これは、新たに描き加えた5つ目の魔素注入口を俺に担当しろと言うことだな。
「よし、わかった。俺が合図したら全員が魔素を流してくれるか?」
「おう!」
「何時でもいいぞ!」
「イチノス頼むぞ!」
皆の返事を聞いた俺は、魔素注入口へ手を添えて魔素を流し始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます