23-21 店へ戻って明日の準備
ゴブリンと聞いて、セルジオが微妙な顔を見せてきたぞ。
俺は可能な限り優しさを込めて、セルジオへ問い掛ける。
「セルジオ、変なことを聞くが、魔石が何かはわかっているよな?」
「マセキは、魔物から獲れる物だというのは一応聞いてますし知ってます。けど、ゴブリンは⋯」
あぁ、これはセルジオはゴブリンに何らかの忌避感がありそうだな。
ここには、セルジオと面識のある、サノスとロザンナがいる。
そんな場所で、セルジオのゴブリンに関わる忌避感を掘り下げるのは正解ではないな。
それに、セルジオは割り切るべきだろう。
彼は製氷業者のベネディクトさんやラインハルトさん、そして女将さんからのお使いで魔石を買いに来ているのだ。
セルジオ本人の忌避感は優先されないことを理解してもらおう。
それには、セルジオと顔見知りのサノスとロザンナが接客するのが妥当な気がしてきた。
面識のあるサノスとロザンナなら、セルジオが抱く忌避感の背景を考慮した接客が出来る気がする。
「サノスにロザンナ、彼は氷屋に勤めているんだ。氷屋で製氷の魔道具を動かすために魔石が必要なんだ」
「なるほど」
「それで魔石なんですね」
「セルジオ、間違ってないよな?」
「はい」
「セルジオ、君は仕事で魔石を買いに来たんだ。魔物を買いに来たわけじゃないよな?」
「そ、そうです」
「そうしたことを意識して、勤め先の魔道具を動かすためだと割り切って、女将さんからのお使いを成し遂げてくれ」
「はい、割り切るんですね」
「そうだ。サノスにロザンナ、俺は2階にいるから後は任せたぞ」
「「はい!」」
サノスとロザンナに製氷業者の若い従業員=セルジオの接客を任せ、俺は2階の書斎へ向かった。
魔法鍵の施錠を外して書斎へ入り、アイザックから渡された小箱を書斎机の上に置く。
小箱の蓋に描かれた『魔法円』に『魔素』を流すと、中央に『フェリスからイチノスへ』の文字が浮かび上がってきた。
カチン
小箱の蓋に掛けられた『魔法鍵』の解ける音が書斎に響く。
静かに小箱の蓋を開けると、白い封筒が2通と、ムヒロエが持ってきた布製の巾着袋が入っていた。
2通の封筒を箱から出し、続けて布製の巾着袋を取り出す。
巾着袋を開けると、件の薄緑色の石が2つ入っており、それを取り出して状態を確かめる。
片方の石は先へ行くほど細くなっているが、先端は見事な曲線の丸みを帯びている。
もう片方の石は全体が柔らかな丸みの曲線に包まれている。
本当に不思議な形だ。
二つの石の平な面も見てみるが特に欠けている様子も見受けられない。
よし、ムヒロエが置いて行った時と格別に変化は見当たらない。
これなら明日、ムヒロエが店を訪れた時に返却しても問題なさそうだ。
あれ? 待てよ?
ムヒロエは、明日の何時に店へ来るんだ?
数日前にムヒロエが店に来た時に、明日の来店の時刻を決めた記憶が無いぞ?
慌てて、ここ数日の予定を記したメモ書きを見るが、時刻までは書いていない。
おいおい、俺は何をしていたんだ?
ムヒロエが初めて店へ来たのは、就任式の日で、迎えの馬車が来る直前だった。
そのまま、俺は領主別邸での就任式へ出席して、シーラから相談を受けて、それも解決して⋯
その翌日からは、ポーション作りの二日間。
それが終わったら、商工会ギルドで相談役の待遇と業務内容の打ち合わせ、続けて製氷業者との打ち合わせ。
更に、サカキシルでの氷室建設の話しが飛び込んで来て、食堂に突然ジェイク叔父さんが現れて⋯
そして、今日のシーラとの氷室への視察。
時間的に余裕が無かった⋯ いや、言い訳だな。
ムヒロエの明日の来店時刻を、俺が確認しなかった言い訳を並べてるだけだな。
あれ? 俺は何かを忘れていないか?
そういえば、明日は他に何か予定があったよな?
そうだ、思い出した。
俺は、カバンから商工会ギルドと結んだ指名依頼の契約書を取り出す。
〉■依頼結果報告期限
〉・王国歴622年6月5日(日)2時
明日の2時までに商工会ギルドへ行く必要があるのか。
昼前に商工会ギルド、昼過ぎにムヒロエ。
こうした予定ならば、明日は慌てずに過ごせるだろう。
とにかく、今から明日のムヒロエの来店時刻を決め行くのは困難だ。
自分勝手な思いだが、ムヒロエは昼過ぎに来ると思い込もう。
他に明日の予定は無いよな?
改めてここ数日の予定を記したメモ書きを見直しながら思い出し、明日の日曜に済ませる用事が無いことを再確認した。
商工会ギルドへの報告書を書くかとも思うが、小箱の脇に置いた2通の封筒へ目が行く。
その1通を手に取り封を開けると、コンラッドからの手紙だった。
─
イチノス様
連絡をいただきました魔法学校時代の教本は、王都の別邸より移送の手配中です。
今しばらくお待ちいただけるよう願います。
コンラッド
─
王都の別邸から移送中か⋯
改めて読み返してみるが、『勇者の魔石』については何も記されていない。
これは時間を作って、一度、コンラッドに会いに行くのが正解な気がしてきた。
俺はそんなことを思いながら、もう一通の手紙の封を開く。
やはり、母(フェリス)からの手紙なのだが⋯
─
愛するイチノスへ
来週、顔を出しなさい。
来ないと私から店へ行きます。
伝えることがあります。
フェリス
─
おいおい、これじゃあ何が何だかわからんだろ。
俺はムヒロエの置いて行ったこの薄緑色の石の正体が知りたいだけだぞ。
これでは、明日、ムヒロエが魔石の鑑定で店を訪れても、何の話し合いも出来ない気がする。
この薄緑色の石が『魔石』や『魔鉱石(まこうせき)』でないなら、ムヒロエと話し合っても何も前へ進まない。
(カランコロン)
店の出入り口に着けた鐘が聞こえた。
セルジオが無事に魔石を手に入れて店を出たのだろう。
サノスとロザンナの二人に接客を任せて正解だな。
明日のムヒロエの魔石の鑑定依頼は、出たとこ勝負で対応しよう。
今から何かが出来るわけではない。
そもそも来店時刻すら決めていない魔石の鑑定依頼だ。
俺はそう割り切って机の引出しから便箋を取り出し、今日の氷室の視察の結果報告を書くことに切り替えた。
日付と場所、時間、参加者までを書いて結論の文章を考える。
■結論
製氷の魔道具に問題はなく、魔石壺の魔素が切れていた。
魔石壺に入れる魔石を交換すれば、製氷は問題なく行えることを確認した。
う~ん、もう少し上手い表現が求められる気がするな。
これでは製氷業者のラインハルトさんやベネディクトさん、それに女将さんが間抜けな感じに思えてしまう。
「ししょぉ~ 伝令で~す」
そこまで考えた時に、サノスが階下から俺を呼ぶ声が聞こえた。
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