23-22 明日の朝の水やり
階下へ降りて作業場へ行くと、サノスもロザンナもおらず、作業机の上は描きかけの魔法円が置かれているだけだ。
店舗にいるのだろうと覗くと、サノスとロザンナにセルジオ、そしていつも伝令を持ってくるエドではなく、マルコが立っていた。
「こんにちは、イチノスさん」
「おう、こんにちは」
「ブライアンさんから伝令です」
「ブライアンから?」
なぜブライアンから?
そんな疑問を抱きながら伝令を受け取り、差し出された受け取り証へサインをする。
「ありがとうございました~」
マルコが軽く会釈すると、サノスとロザンナ、それにセルジオへ目配せして店から出ていった。
カランコロン
それを見送って俺はセルジオへ目をやり、続けてサノスとロザンナを見れば、3人が何かに気が付いた顔をした。
「じゃあ、セルジオ、頑張ってね」
「はい」
カランコロン
ロザンナの言葉に幾分慌てた感じで、紙袋を手にしたセルジオが店を出て行った。
店舗に残ったサノスとロザンナに、軽くセルジオの接客を問い掛ける。
「サノス、それにロザンナ。魔石の知識が少ない人に魔石を売るのはどうだった?」
「セルジオには説明して、それなりに魔石については理解してくれたので助かりました」
「うんうん」
サノスが答え、ロザンナがそれに頷く。
その様子を確認して俺は再び二人へ問い掛ける。
「今後も、セルジオのように魔石の知識が少ない人が来ても大丈夫か?」
「大丈夫です」
「任せてください」
サノスもロザンナも、今回のセルジオの接客で少し自信を着けた顔を見せてきた。
俺は二人の返事を聞いて、一つの忠告をするために二人を作業場へ戻るように勧めた。
「じゃあ、ちょっと二人に話があるから作業場で話せるか」
そう告げて、俺は作業場へ足を向けた。
俺に続いて作業場へ戻ってきたサノスが、魔石の売上をカゴへ入れると自分の席へ着く。
その直ぐ後に、ロザンナが売上帳簿を片手に同じ様に自分の席へ着いた。
3人で作業机のいつもの席へ座ったところで、俺は少し掘り下げて問い掛けた。
「サノスとロザンナは、セルジオのことは知ってるんだよな?」
「はい、初等教室の後輩ですから」
後輩? サノスの返事に思わず、ロザンナヘ問い掛ける。
「じゃあ、ロザンナと同い年なのか?」
「はい、私と同学年ですね」
俺はヴァスコやアベルと同じだと勝手に思っていたので、少し驚きを感じた。
「じゃあ、雑貨屋のロナルドやカバン屋のジョセフと同じか?」
「そうですね、同じですね」
「薬草採取も一緒に行ったりしたのか?」
「いえ、セルジオは初等教室の頃から氷屋で働いてますから、薬草採取には来てないですね」
「師匠、多分ですが、セルジオは見習い冒険者の登録はしてないと思いますよ」
ロザンナと言葉を重ねていると、サノスが割り込んできた。
そうした経験の差があるんだな。
初等教室へ通う頃から氷屋=製氷業者で働いていたら、見習い冒険者として冒険者ギルドに登録してないだろう。
見習い冒険者として登録していれば、先輩冒険者から魔物についての話を聞く機会もあるだろうが、セルジオにはそれが無いのだろう。
「師匠、話ってセルジオの事ですか?」
セルジオの話を続けてしまったからか、突っ込むようにサノスが口を挟んできた。
「あぁ、それだが、セルジオは魔石については詳しくなかっただろ?」
「はい、そうでしたね」
「そうしたことを、セルジオの魔石の知識を、他の誰かに口外しないようにして欲しいんだ」
「あぁ⋯」
「そういうことですか⋯」
二人が察した返事を返してきた。
それなりに、サノスもロザンナも気が付いたようだ。
「今後は、魔石や魔法円に詳しくないお客さんが来る可能性があることは、伝えたよな?」
「「はい、聞いてます」」
「そうしたお客さんを、差別しないように接客するのも伝えたよな?」
「「はい、聞きました」」
「次はお客さんの情報や知識だな。これを店の外で誰かに話すのも、無しにして欲しいんだ」
「言われてみれば、そうですね。お客さんの魔石の知識や魔法円の知識⋯」
「それに、魔素を流せるか否かとか、そうした事を他の誰かに話すのはよくないですね」
ロザンナを追いかけるサノスの言葉で、二人とも俺の言わんとしていることが理解できているのを感じた。
(カラーン コローン)
これなら大丈夫だろうと思った時に、遠くで鐘の鳴る音が聞こえてきた。
サノスとロザンナも鐘の音が聞こえたのか、思わず三人で壁の時計へ目が行く。
「さあ、教会の鐘も鳴った。今日は終わりにしよう」
「「はい、直ぐに片付けます」」
途端にサノスが作業机の上の片付けを始めた。
一方のロザンナは、売上帳簿を開いて俺へ見せてきた。
「イチノスさん、今日のセルジオはどう書けば良いですか?」
「あぁ、彼はお使いだから、ベネディクトとラインハルト、これは製氷業者の名前だな。そして前と同じで、格好で括ってセルジオの名前を書いておいてくれるか?」
「はい、わかりました」
ロザンナが記録を終えた売上帳簿を店舗へ戻し、作業机の上の片付けが終わったところで問い掛ける。
「ロザンナ。すまんが、ここ数日の予定を記したメモ書きを見せてくれるか?」
「はい、これですね」
店の売り上げを入れるカゴの脇から、ロザンナがメモ書きを渡してきた。
渡されたメモ書きを眺めて行くが、やはり明日のムヒロエの来店時刻は記されていない。
「ありがとう」
そう告げて、メモ書きをロザンナに戻すと、その後ろでサノスが店の売上を入れたカゴへ目をやりながら、少しそわそわとしているのに気が付いた。
「サノス、日当を払うからカゴを取ってくれるか?」
「はい」
俺はサノスの渡してくれた売上を入れたカゴから、二人へそれぞれの日当を手渡した。
「「ありがとうございます」」
二人が礼を告げると共に頭を下げてくる。
むしろ俺としては、二人が店を守ってくれることに礼を告げたい気分だ。
「イチノスさん、明日はお休みで良いんですよね?」
二人が頭を上げたところで、明日の休みを確認してきたのはロザンナだ。
「そうだな、明日は5日で店の定休日だな」
「師匠、朝だけ店へ来るのは無しですか?」
今度はサノスが聞いてくる。
「う~ん、昼から魔石鑑定の依頼でお客さんが来るんだ。込み入った話しになりそうだから、二人には聞かせたくないんだよ。だから、店に姿を見せないで欲しいんだ」
「イチノスさん、そのお客さんは昼からですよね?」
「あぁ、そうだが?」
「センパイ、薬草の水やりはどうします?」
ロザンナの言葉にサノスが反応して、俺を見てきた。
これは俺に水やりを頼みたい顔に見える。
おっと、ロザンナも同じ顔で俺を見てるじゃないか。
「すまんが、俺は薬草菜園に手を出すのは⋯」
「師匠、お客さんは昼からですよね?」
俺の言葉に被せて、サノスが聞いてきた。
「そうだな、昼過ぎだな」
「ロザンナ、教会は何時からだっけ?」
「ミサの開始は9時からです」
ロザンナの返しに、サノスが再び俺を見て口を開いた。
「師匠、昼前、朝なら店に来ても良いですよね?」
これは、俺にはダメだと言う理由が無いな。
「そ、そうだな。朝なら大丈夫だ」
「じゃあ、私が朝に店に来て水やりしてから教会へ行くよ」
サノスが応えるなり、ロザンナが口を開く。
「センパイ、良いんですか?」
「うん、任せて!」
何とかサノスとロザンナの二人で、店が休みの時の朝の水やりは決めてくれたようだ。
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