9-9 彼の壮大な計画


 夕食を準備するために婆さんが長机を離れて厨房へ向かった所で、アンドレアさんが囁いてきた。


「イチノスさん、あのお姉さんは大丈夫でしょうか?」


 アンドレアさんの中では、給仕頭の婆さんは『お姉さん』なんだなと思いつつも、投げられた問いに応えた。


「う~ん どうだろう? 例えばだけど『古代遺跡』が本当にあるとします」

「うんうん」


「それが公(おおやけ)になったら覚悟した方が良いかもですね(笑」

「ん? どういうことです?」


 俺の答えにアンドレアさんが首を捻る。

 そこで俺は婆さんの真似をして答えてみた。


『古代遺跡の件だろ? アタしゃ知ってたよ』


 俺は精一杯、婆さんの物真似をしてみた。

 だが、アンドレアさんは目をパチクリさせて見てくる。

 しまった! 似てなかったか?


「まぁ、そんな感じで『古代遺跡』について聞いてくる客に、嬉しそうに話すでしょうね(笑」

「ククク⋯ クハクハ⋯ ハハハ あり得そうですね(笑」


 良かった。

 アンドレアさんが笑ってくれた。

 少しは似ていたのだろう。


「いやいや、アンドレアさん。笑い事じゃないですよ、それだけで済むと思わない方が良いですよ」

「ん? どういうことです?」


「例えば、婆さんが『誰から聞いたんだ?』って問われたら、何て答えると思います?」

「⋯⋯」


「多分と言うか、絶対にと言うか⋯ アンドレアさんの名を出すと思いませんか?(笑」

「うっ! そこまでは考えてなかった!」


「これも例えばですけど、アンドレアさんみたいな商人が、婆さんに『古代遺跡』の事を聞き続けたら、その内に丸投げするでしょう」

「丸投げ?」


『そんなに古代遺跡の事が聞きたいなら、アタシじゃなくて商人のアンドレアに聞きな!』


「ハハハ あり得そうだ! ククク」


 よし! 俺の物真似はアンドレアさんに通用するようだ。


「イチノスさん、それも公表されたらの話ですよね?」

「まぁ、公表されたらの例え話ですね(笑」


「公表される前はどうですか?」

「公表される前ですか? 婆さんは自分からは口にしないでしょうね。夢物語(ゆめものがたり)に聞こえますから(笑」


「夢物語(ゆめものがたり)か⋯ 確かにそう聞こえるかもですね。ところでイチノスさん、公表は冒険者ギルドからだと思いますか?」


 おっと、笑い話の中でもアンドレアさんは核心を突いてくるな。

 俺は『例え話』でしているのに、アンドレアさんは『古代遺跡』が存在する前提で話している。


「いや、逆に私が聞きたいですね。アンドレアさんは、どう思ってるんですか?」

「私は冒険者ギルドからだと考えてますね」


「ほぉ~ それは、どうしてですか?」


 アンドレアさんは俺の言葉に前のめりになった。


「今、西方の魔の森は魔物討伐の対象地域ですよね」

「確かに、冒険者ギルドが出している魔物討伐依頼には、西方の魔の森も対象に入ってるでしょうね」


「ワイアットさんやエンリットさんが魔物討伐に出向いてるなら、冒険者ギルドからの依頼です」

「なるほど。それなら、依頼元の冒険者ギルドへ報告してるだろうと考えてるんですね」


「そうです。冒険者ギルドはワイアットさんやエンリットさんから『古代遺跡』の報告を受けていると思いませんか?」

「まあ、一つの可能性ですよね」


「イチノスさんは、冒険者ギルドで討伐状況の公表を止めたのをご存じですか?」

「えぇ、そんな話は聞きましたね」


「あれは『古代遺跡』の発見が絡んでるんですよ」


 アンドレアさん。

 俺もそう思いますよ⋯


 とは、口が裂けても言わない。


 ここで何かを言うと、面倒ごとに巻き込まれそうだから。


「実はそれを確かめるために、ギルドマスターのベンジャミン様へ面会を願ったのですが、多忙を理由に断られてるんです」

「ほぉ~」


「それで商工会ギルドでも名を聞くキャンディスさんでしたか? 彼女へ面会を願ったのですが、同じ様に多忙を理由に断られてるんです」


 そこまで聞いて、俺はアンドレアさんが迷走している感じがしてきた。


「ちょっとアンドレアさんに確認したいのですが良いですか?」

「えぇ、何でも聞いてください」


「アンドレアさんは、ギルマスやキャンディスから聞き出してどうするんですか?」

「えっ? それは聞き出して確実だとわかったら⋯」


 そこまで話してアンドレアさんは言葉を止めた。


「例え夢物語(ゆめものがたり)でも、例え公表された本当でも、商売に繋げるか否かを判断するのはアンドレアさんですよね?」

「まぁ、そうですね⋯」


「どんな商売に繋げるつもりなんですか? ギルドから公表されて確実なら大きな商売になるんですか? 公表されなければ公表されるまで待つんですか?」

「⋯⋯」


「すいません、出過ぎた言葉でした。さっきから話していて、アンドレアさんが何に迷ってるかが、私は判らなくなってしまいました(笑」


 ふぅ~


 再びアンドレアさんの溜め息が聞こえた気がする。


 いや、これは溜め息じゃなくて、アンドレアさんの軽い深呼吸だ。


「そうですよね⋯ 私は何をしていたんでしょう⋯」


 ありゃ?

 アンドレアさんが別の悩みを口にしている気がする。


「よくよく考えてみれば、イチノスさんの仰るとおりですね。私は何をしていたんでしょう?」


 いや、アンドレアさん。

 あなたは三日前からワイアットやエンリット、その仲間を捕まえる為に張り込んでましたよ。

 さらには、ギルマスやキャンディスへ面会を申し込んでましたよ。


ドンッ


「イチノス、アンドレレ。夕飯だよ」


 婆さんがアンドレアさんとの会話を遮るように夕食を持ってきた。

 婆さんが持ってきた夕食は、どこかで見たメニューだった。


「これは美味しそうだ」

「グリーンピースとバジルのコンソメ仕立てのスープ。それにバケットだね」


「イチノスさん、これは見事な季節物ですな。この時期のグリーンピースは香りもさることながら、甘さがあるんですよ」

「そ、そうですか⋯」


「二人とも、食べ終わったら自分達で下げてくれるかい」


 婆さんは俺達に夕食を出すと、先ほどまでアンドレアさんが座っていた長机へと向かい片付けを始めた。


「イチノスさん、食べましょう」

「そうですね」


 さすがに昼も同じメニューでしたとは言い出し辛い。

 俺は大人しく、婆さんが運んでき夕食をアンドレアさんと食べ始めた。


「イチノスさん、私は決めましたよ」


 夕食を食べ始めて直ぐに、アンドレアさんが何やら決意表明をしてきた。


「アンドレアさん、急にどうしたんです?」

「実はですね、私はとある提案をジェイク様へしているんです」


 アンドレアさんからジェイク叔父さんの名が出てきたぞ。

 さすがはジェイク辺境伯御用達の商人だ。


「イチノスさんは軌条(きじょう)をご存じですか?」

「『キジョウ』?」


「馬車軌道(ばしゃきどう)を知りませんか?」

「バシャキドウ⋯ もしかして、2本の木を平行に置いて、その上を荷物を乗せた⋯ トラムだかトロッコだかを馬に引かせて走らせるやつですよね?」


「おおよそ正解ですね(笑」


 おおよそですか⋯


「それをジェイク領の石炭街と、リアルデイルで繋げるように走らせたらどうなると思います?」

「?!」


 アンドレアさんが驚愕とも壮大とも言える話をしだした。


 リアルデイルの西方に位置するジェイク領とは、魔の森を通る西街道で結ばれている。


 リアルデイルから見て西方には魔の森があり、この魔の森の中には西街道の中間地点で『サカキシル』という宿泊村がある。

 『サカキシル』の更に西方にも魔の森は続いており、それをようやく抜けたところにはジェイク領の石炭街がある。


 この魔の森を通る西街道は、それでこそワイアットやエンリット達のような冒険者達が命懸けで切り開いた街道だ。

 今の西街道が開通したのは10年ほど前だと聞いている。

 この西街道が開通したことで、それまで魔の森を避けて1週間かかっていた石炭街とリアルデイルの道程が、2日で行き来できるようになった。


 それでも2日を要するために、中間地点で夜営をする必要がある。

 その夜営地を確保するために、5年ほど前に魔の森で大討伐が行われた。

 それをきっかけに西街道がようやく本格的に開通したといえる。


 この魔の森の中の夜営地が発展したのが『サカキシル』と呼ばれる宿泊村だ。

 今の西街道はリアルデイルから『サカキシル』へ荷馬車で1日。

 『サカキシル』からジェイク領の石炭街まで同じ様に1日を要している。


 今回のように西街道で魔物が増えれば、西街道を使った行商は危険なものになってしまう。


 そんな西街道にアンドレアさんは軌条だか馬車軌道を敷設してしまおうというものだ。


 俺の知る限りは、街や村を繋ぐ軌条や馬車軌道なんて聞いたことがない。

 軌条や馬車軌道は石炭の採掘現場の一部とか、材木加工場の一部で、重いものを運ぶために使われるものだ。


 それを村や街を繋ぐ街道に敷設するなんて、とんでもなく壮大な計画だ。

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