9-10 だから馬車軌道なのです
「実は、この提案でジェイク様から面白い奴だと言われまして、商品を納めることを認められたのです」
グリーンピースとバジルのコンソメ仕立てのスープを食べながら、アンドレアさんが話を続ける。
確かにジェイク叔父さんなら、そうした話に興味を持つだろうと頷ける。
ジェイク叔父さんやウィリアム叔父さんは、自分の領地を発展させることが王国の発展につながるという確固たる信念を持っている。
その信念を擽(くすぐ)るような話には興味を示し、その話を持ち込んだ人物の人格を、見事なまでに見抜いて行く。
そうした鑑識力というか、目利きと呼ぶのが適切なのか⋯
いわゆる『洞察力』に優れているのが、ケユール家に産まれた男が持つ能力なのやも知れない。
そうしたケユール家の男が持つ『洞察』を乗り越えたのが、目の前で語り続けるアンドレアさんなのだろう。
「それは凄い計画ですね。ジェイク様からは、何らかの了承を得られたのですか?」
俺はアンドレアさんへ、ジェイク叔父さんが下した決断を問いかけてみた。
ここで曖昧な返事や、あり得ない言葉が出てくるなら、アンドレアさんの語る軌条や馬車軌道の話は『夢物語』もしくは詐欺に類する話だろう。
「残念ながらジェイク様から快諾は得られませんでした」
「でしょうね⋯」
申し訳ないがアンドレアさんの話は壮大すぎる。
「ですが、ウィリアム様と相談が終わるまでは待って欲しいとの返事を貰えました」
「それは⋯ そうでしょうね⋯」
これは俺としては想定外の返事だ。
だが、もっともな話でもある。
ジェイク領とウィリアム領を繋ぐ計画なのだから、両方の領主が合意しないと実現できないだろう。
そうした視点から考えると、アンドレアさんの言葉には、現段階では嘘が含まれていると考えては失礼だろう。
「私は慌てませんよ。ジェイク様もウィリアム様も、そしてマイク様も腰を据えてじっくりと判断して貰えば良いのです」
「??」
今、アンドレアさんが異母弟のマイクの名を口にしたよな?
「イチノスさん。この馬車軌道が実現すれば、素晴らしいことになると思いませんか?」
「えぇ、素晴らしい事だとは思いますが⋯ ジェイク様とウィリアム様だけではないのですか? 先ほどマイク様の名も出てきましたが⋯」
「何を言ってるんですか! ジェイク領からウィリアム領、そして近い将来にランドル領を引き継ぐマイク様から了承を得て、王都まで馬車軌道を走らせるのです!」
ちょっと待ってくれよアンドレアさん。
「それって、王都から西の果てのジェイク領まで、その全てを繋ぐ計画ですか? そんな壮大な話をしてるんですか?!」
「ククク それだけで済むと思いますか?」
どう言うことだ?
アンドレアさんは何を考えているんだ?
「イチノスさんも見方が狭いですよ。南方のストークス領も繋ぐに決まってます!」
「!!」
俺はアンドレアさんという人物がわからなくなってきた。
もしかして、大法螺吹(おおほらふ)きじゃないのか?
いやいや、名うての=名高い詐欺師かもしれないぞ。
いや、待てよ。
アンドレアさんが語った各領主の地を繋ぐような話をギルマスがしていた。
国王の勅令で街道整備の話をギルマスがしていたぞ。
「イチノスさんは、このところ石炭の値段が上がっているのをご存じですよね?」
「それなりに知っていますよ」
急にアンドレアさんが『石炭』の話をしてきた。
この人は話の切り替えが早過ぎる。
ついさっきまで、馬車軌道の話をしていたのに今度は『石炭』の話だ。
「値上がりの理由を、イチノスさんは考えたことがありますか?」
「いや、特には考えたことはないが⋯」
そこでアンドレアさんが声をひそめ、囁くように呟いた。
(サルタン公爵です)
アンドレアさんは何を言いたいんだ?
ジェイク辺境伯、ウィリアム伯爵、まもなく侯爵を叙爵する異母弟のマイクに続いて、今度は公爵の名が出てきたぞ。
「私も詳しいことは知りませんが、王都の東にあるサルタン公爵領の商人たちが、石炭を大量に買い付けているのです」
「買い占めによる値上がりなんですか?」
「買い占め⋯ 確かに買い占めですね」
サルタン公爵は何を考えてるんだ?
それに、そうした買い占めを防がないウィリアム叔父さんもどうかしてるぞ。
自分の領土の民が、石炭の値上がりの影響を受け始めているのに、気が付いていないのだろうか。
「アンドレアさん。今は夏前ですので、それほど庶民は騒ぎませんが、夏以降も価格が変わらなければ、人々の暮らしに直接的な打撃を与えることになりますよ」
「その付近は、ウィリアム様も対策を取られたと聞きました」
「それは良かった。このまま値上がりが続いたら庶民の生活を直撃ですからね」
「ウィリアム様は、北方での増産を指示したそうです」
「ならば、冬には落ち着きそうですね」
「いえいえそれでも不足するでしょう。だからこそジェイク様の所から採れる石炭が必要なのです」
あぁ⋯ 理解できてきた。
だからこそ、ジェイク叔父さんの所で採れた石炭を運ぶための馬車軌道なんだな。
リアルデイルの北方には石炭が採れる『ノースフォール』の街がある。
そこで採れた石炭は、河川や運河などの水路を使って運ぶことが出来る。
けれども、ジェイク叔父さんの所とはこうした水路が繋がっておらず、陸路で運ぶしかない。
しかもその陸路は魔の森を通るのだ。
運河の建設には多数の人手と時間を要する。
そこで馬車軌道を走らせて、少しでも早く、石炭の輸送量を増やす設備を整えようと言うわけだな。
アンドレアさんも、もう少し順序立てて話せば理解しやすいのに⋯
ジェイク領の石炭街から、魔の森を通る馬車軌道でリアルデイルの街まで石炭を運ぶ。
リアルデイルからは、王都まで続く運河を使って運べるし、ストークス領までは河川を使えば運ぶ事が可能だ。
石炭などの鮮度を考えなくてよい品ならば、こうした河川や運河での水運の利用が妥当だろう。
「そうなると、まずは魔の森の中に馬車軌道を通すのが第一歩なのですね」
「さすがはイチノスさんです。まずはそこからです」
そうなると⋯ 魔の森で『古代遺跡』が見つかった件はどう関係するんだ?
「アンドレアさん、その馬車軌道と魔の森で見つかったかも知れない『古代遺跡』はどう関係するんですか?」
「そこですよ! 私はそこに囚われ過ぎたんですよ!」
アンドレア、ちょっと声が煩いぞ。
「『古代遺跡』があろうが無かろうが、ウィリアム様やジェイク様の判断がブレる筈が無いのです!」
「⋯⋯」
「ウィリアム様もジェイク様も、馬車軌道が実現できるか否かを考えるだけです」
「た、確かにそうでしょうね⋯」
「考えてみてください。魔の森に運河を通すなんて無理ですよね」
「確かにあそこに運河を通すのは無理でしょう」
「そうなれば、今の私のように荷馬車で運ぶくらいです。ウィリアム様が北方での増産を指示しても足りずに石炭は値上がりしているのです」
「だからこそ、アンドレアさんの商売が成り立つのですよね?」
「それは事実です。ですが、馬車軌道が通れば運河と同じ、いや、それ以上に石炭の運送で利益が得られるのです」
「だから馬車軌道なのですか?」
「そうです。馬車軌道が通ったならばジェイク様も私も利益が得られ、ウィリアム様は石炭の値上がりを抑えれるのです」
このアンドレアさんは、商人として⋯ いや、人として実に真面な考えを持っていると感じる。
皆が納得するであろう考え、皆に利得がある理念で、商いを行おうとしている。
この事はとても大切なことだ。
自分一人が得をする考えではなく、関わる人々、全ての得を考えている。
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