9-11 半月の夜道は物騒かもしれない


「じゃあ、アンドレアさんの壮大な計画の第一歩が、魔の森を通る馬車軌道なのですね」

「そうです、ジェイク様とウィリアム様から承認が得られ⋯「いらっしゃ~い」」


 アンドレアさんの言葉が婆さんの声で遮られた。


 婆さんの声の先、大衆食堂の入り口に目をやれば、そこには冒険者ギルドの若い男性職員が立っていた。


 俺と目が合った若い男性職員が、真っ直ぐにアンドレアさんと俺の座る長机へと向かって来る。

 俺に用事があるのかと食事を中断して身構える。


「イチノスさん、それにアンドレアさん。こんばんは」

「「こんばんは」」


「アンドレアさん、今から大丈夫ですか? ギルマスが会うそうです」

「もちろん、大丈夫です」


 そう告げたアンドレアさんは、残っていたスープとパンを一気に食べ切った。

 なぜだろう⋯ 俺は冒険者ギルドの若い男性職員が、俺への用でないことに少し安堵してしまった。


「イチノスさん。もしかして、アンドレアさんとお話し中でしたか?」

「いや、まあ⋯」


 若い男性職員の問い掛けに曖昧な返事しか返せない。


「ザックリとですが、イチノスさんに話してたところですよ。ベンジャミン様は、イチノスさんも呼ばれてるのですか?」


 おい、アンドレア。

 余計なことを言い出すんじゃない。


「いえ、ギルマスはアンドレアさんの名は口にしましたが⋯ チラリ」


 おい、そこで俺を見るんじゃない。


「わかりました、私だけですね。イチノスさん、今日は良いアドバイスをいただき、ありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそ。ご馳走さまでした」


 若い男性職員の様子を察したアンドレアさんが、下げ物の食器を手に立ち上がろうとする。

 それを婆さんが軽く制して、下げ物を取り上げて声を掛けた。


「あぁ、いいよ。ギルマスが呼んでるんだろ? アタシが下げとくから行っといで」

「お姉さん、すいません」


「気にするな。それより頑張ってきな、アンドレレ」

「はい、ありがとうございます」


 結局、婆さんに下げ物を任せて、アンドレアさんは若い男性職員と一緒に出口へと連れ立って行く。


「イチノスは行かなくていいのかい?」

「いや、俺の出番はもう少し先だと思う⋯」


「もう少し先?」


 婆さんの問い掛けに、何の気なしに答えると軽く突っ込まれた。


「いや、気にしないで(笑」


 なんで俺は、こんな返事をしたんだろう。

 そう思いながら、笑って誤魔化してしまった。



 夕食を済ませた俺は大衆食堂を後にして家路についた。


 西町の名物であろう冒険者ギルド前の通りで歩道に張り出されるテント。

 その全てが役目を終えて、明日の出番を待つように片付けられている。


 そのまま夜空に目をやれば、月は弓が張られたような半月だ。

 満月ほどの明るさはないものの、ガス灯が点り、それが夜道を照らしてくれる。


 その月も、時折、薄い雲に隠れる。

 その様子から、明日の天気がやや心配になって行く。


 明日の昼前はサノスが店に来るだろう。

 昼過ぎにはロザンナの祖父母が店に来てくれることになっている。

 ロザンナの祖父母だから年配だろう。

 雨などで足元が悪くならなければよいのだが⋯


 そんなことを考えていると、雑貨屋の臨時休業の張り紙が目についた。

 改めて眺めれば、臨時休業は5月22日(日)までだ。

 月曜には急須を買いに来れるだろう。


 ん? 何か叫ぶような声がする。


「立番、ご苦労様でした! 交代させていただきます!」


 声のする方を見れば、明るさの増したガス灯の元、魔道具屋の前で街兵士が四人立っていた。


 街兵士四人で王国式の敬礼を交わし、何かを伝えている。

 どうやら、魔道具屋前での立番をする街兵士の交代のようだ。


 敬礼を解いた一人が、俺に気づいたのか、こちらを見ている。

 残された三人の街兵士からも視線が集まる。


「イチノス殿!」


 おい、俺の名を大声で叫ぶな。


「イチノス?」

「あのイチノス殿か?」

「『魔法円』のイチノス?」


 お前ら! 夜道で騒ぐな。


 気が付かれたなら致し方無い。

 一応、警護されている身分として、挨拶だけでもしておこうと気持ちを切り替え、道を渡り四人の元へ行く。


 王国式の敬礼をすれば四人が綺麗な敬礼を返してくる。


「皆さん、いつもご苦労様です」

「はい!」

「「「ありがとうございます!」」」


 街兵士四人の顔ぶれを見れば、全員が若い感じだ。


 四人の街兵士の中に見覚えのある顔を見つけた。

 今渡ってきた道の向こう側、シスターが休んでいた喫茶店で、女性連れで俺に声を掛けてきた若い街兵士だ。


 敬礼を解き、女性連れでお茶を飲んでいた若い街兵士に声を掛ける。


「まだ、ここでの立番が続くのかい?」

「はい。もうしばらく続きます」


「じゃあ、頑張って」

「イチノス殿、お一人ですか? 護衛は⋯」


「いや、大丈夫だよ。みんなが頑張ってるから、変な奴らも近付かないよ(笑」

「いえ、副長から申し使っております。同行させていただきます」


「そ、そうですか⋯」


 女性連れでお茶を飲んでいた若い街兵士が前を歩き、俺の後ろにはもう一人の若い街兵士が続く。

 まさかこんな形で護衛を伴って家路につくとは思いもよらなかった。


 歩きながら考える。

 イルデパンの話からするに、街兵士の彼らは俺の護衛任務を命じられているのだろう。

 そうした状況からの行為を、無下に断るのは良策ではないだろう。


 明後日の月曜には、ウィリアム叔父さんとの会合が待っている。

 それまでに俺の身に何かあれば、万が一にも襲撃を受けたりすれば、前と後ろを歩く彼ら街兵士は、責を問われるやも知れん。


「イチノス殿、店は臨時休業でしたよね?」

「えぇ、久しぶりに休みを貰っています」


 そういえば、この若い街兵士は『魔法円』を欲しがっていたな。

 いや、一緒にお茶をしていた、お付き合いをしているであろう女性の方が『魔法円』を欲しがっていたのか?

 俺としてはどちらでも良いがな(笑


「火曜日には店を開きますから、その時にでも来てください」

「はい、ありがとうございます。私事ですが、次の非番が水曜なのです。水曜にお邪魔させていただきます」


 水曜か⋯

 その頃なら、いろいろと落ち着いてるだろう。


「水曜ですね。お待ちしております」


 そんな会話をしていると店が見えてきた。


 ん? 店の前に誰かがいるような⋯

 しかも二人組だ。

 月が雲に隠れたのか、ガス灯の明かりだけでは薄暗くてよく見えない。


「イチノス殿、お待ちください」


 前を歩く若い街兵士も気が付き、三人での歩みを制してくる。

 その言葉で俺達三人は、一気に緊張に包まれた。


 若い街兵士が後ろを歩く街兵士に合図をすると、二人で周囲を見渡し、後ろにいた街兵士が店の前に立つ二人の人影に歩み寄る。

 途端に店の前の二人が、王国式の敬礼をして来た。


 同じ街兵士なのか?


「どうやら巡回班みたいですね」


 若い街兵士の声は緊張が解けた感じだ。


 こうして巡回班まで出しているとは、イルデパンが指示した警護策は、かなり徹底しているぞ。


「イチノス殿、行きましょう」

「えぇ⋯」


 若い街兵士に促され店の前へ行くと、ガス灯の薄明かりに見えた二人の人物は、街兵士の制服を着ていた。

 街兵士四人が顔を合わせ俺の前に四人が立つと、王国式の敬礼を繰り出してくる。

 俺もそれに王国式の敬礼で応える。


「イチノス殿の護衛を巡回班へ引き継ぎます」

「巡回班、護衛を引き継ぎます」


 こうした時は、俺から労いの言葉を掛けるべきだろう。


「ありがとう。みんなが頑張ってるから安心して眠れるよ」

「「はっ」「安心してお休みください」」


 王国式の敬礼を解き、街兵士四人を労うと全員が笑顔を見せてくれた。


 街兵士四人に見送られ、店の出入口の魔法鍵を解いて店内に入り内鍵を掛ける。

 店舗を抜け作業場で上着を脱ぎ、いつもの席に座り一息入れる。


 巡回班まで手配されているとは思いもよらなかった。

 そこまで警護をしているとは思いもよらなかった。


 今夜は夕食を求めて外出したが、夜は外を出歩かない方が良いのだろうか。

 あまり街兵士の方々に負担を掛けたくないな。

 気軽に大衆食堂や風呂屋へ行かない方が良いのだろうか。


 そもそも、いつまで警護は続くのだろう。

 どこかでイルデパンに確認しよう。

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