9-8 一緒に食べましょう


「「古代遺跡?」」


 アンドレアさんの言葉に、俺と婆さんで顔を見合わせてしまった。


 婆さんの顔を見た途端、俺はギルドが討伐状況の公表を止めた理由がこれだと感じた。


 俺の考えが読めたかのように、婆さんがアンドレアさんへ問い掛ける。


「アンタダレさん、何でその話をアタシやイチノスにしたんだい?」

「プッ」


 婆さん、その間違いは失礼だが笑えるぞ(笑


「あの、アンタダレじゃなくてアンドレアです(笑」

「ゴメンごめん、それでその話をアタシやイチノスにした理由はなんだい?」


「先ほど、お二人がワイアットさんやエンリットさんの名前を出していたからです」


 微妙な言い方だな。


〉エンリットがオークに襲われた

〉ワイアットの仲間のエンリットだろ

〉ワイアット達に西の関へ運び込まれた


 確かに俺と婆さんは、ワイアットとエンリットの名を口に出した。


「実はワイアットさんとエンリットさんを探しているのですが捕まらなくて困っていたんです」

「「??」」


 アンドレアさんの言葉に、俺と婆さんは再び顔を見合わせて首を傾げてしまった。


「先ほど使いを西の関へ行かせましたが、お二人の話からすると、既に時遅(ときおそ)しでしょう」

「婆さん、エンリットは歩いて帰ったんだろ?」

「オリビアはそんなことを言ってたね。ワイアットも西の関には居ないだろうね」


 先ほどまでアンドレアさんと一緒に居た商人は、アンドレアさんの部下なのだろう。

 それより、アンドレアさんがどうして俺と婆さんに『古代遺跡』の話をしてきたんだ?


「アンドレアさん、さっき婆さんも聞いたが、どうして『古代遺跡』の話を私達にしてきたんですか?」

「そうだよ、どうしてそんな話をするんだい?」


「お二人が聞いているかもと思ったんです」


 アンドレアさんの言葉に再び婆さんと顔を見合わせる。

 すると婆さんは軽く首を振った。


「聞いてないね」


 俺も同じように『古代遺跡』が見つかったなんて話は初耳だ。


「初耳ですね」


 俺も婆さんに応えるように首を振った。


「どうやら、お二人共に聞いていないようですね」

「アンタダレさんは、二人から聞いたようなことを言ってたよね?」


 婆さん、また間違えてるぞ(笑


「アンドレアです。そろそろ覚えてください(笑」

「ゴメンごめん。アンドレアさんは二人と話したんじゃないのかい?」


「正確には、ワイアットさんとエンリットさんの会話が聞こえてきただけなんです。私に聞かれたと思ったのか、二人共、その話題には二度と触れませんでした」


 アンドレアさんは、ワイアットやエンリットの話声が聞こえて気になったんだな。

 それでも、アンドレアさんが『古代遺跡』の件を、俺や婆さんに話した理由が釈然としない。


「アンドレアさん、落ち着いて聞いて欲しい」


 そこまで言うとアンドレアさんが俺に向き直り、じっと見つめてきた。


「ワイアットとエンリットを探しているのはわかった。それでも『古代遺跡』の話を、俺や婆さんにして来た考えや理由が理解できないんです」

「そうですか⋯ 順を追って話します」


 アンドレアさんがそう言って、手にしたジョッキからエールを半分程飲み干す。

 俺も婆さんも釣られた様に、アンドレアさんを見習った。


「話が聞こえた夜営の翌朝に、ワイアットさんが一人で居たので尋ねたのです。『古代遺跡と聞こえましたが?』と⋯」

「「うんうん」」


「『何の話だ?』と言われて終わりです」


 ワイアット、雇い主にはもっと優しくしても良いと思うぞ。


「エンリットさんにも、夜営地を出る際に護衛のお礼を述べつつ聞いたのです。『昨日、何か見つけたのですか?』と⋯」

「「うんうん」」


「『何の話だ?』とワイアットさんと同じ言葉を返されてしまいました」


 それって、一緒に夜営したワイアットやエンリットの仲間の全員が同じ返事をしそうだ。


「二人の様子から、私の聞き間違いかもと思いました。その後、無事に西の関に入って皆さんと別れたのですが、考えれば考えるほど、どうしてもあの夜の二人の言葉が聞き間違いとは思えなくなったのです」

「「う~ん⋯」」


「その後、思い切ってワイアットさんとエンリットさんへ伝令を出しました。今回の護衛の御礼と次回の護衛の相談と題して、お二人を食事にお誘いする伝令を出したのです」

「「うんうん」」


「ですが⋯ お二人からも、あの夜営でご一緒した誰からも、返事が帰って来ないのです」


 なるほどね。

 これは明らかに全員で口裏を合わせている感じがする。


「そこで、思い切って三日前から、あの時の方々がいないだろうかと、ここに張り込むことにしたのです」

「そういえば、アンドレアさんが店に来はじめたのは三日前だね」


 婆さんがアンドレアさんの言葉に応える。

 それにしても三日も張り込むなんて、アンドレアさんも凄いな。

 商人は皆がこうなのか?


「三日目にして、ようやくワイアットさんとエンリットさんの名を耳にしたのが先ほどなんです」


 アンドレアさんの言葉に婆さんを見れば、少しバツが悪そうな顔をしたのが笑えた。


「アンドレアさん、そこまでの話は理解できました」


 声を掛けた俺を、アンドレアさんは続きがあると言わんばかりに軽く手で制してくる。


「イチノスさん、お二人の名に加えて『古代遺跡』の言葉も、全く聞こえて来なかったのです」

「「⋯⋯」」


「そこで思ったのです。ワイアットさんとエンリットさんの名を口にしたお二人なら『古代遺跡』の件を聞いているのではと?」

「「⋯⋯」」


 俺と婆さんは首を傾げてしまった。

 そんな婆さんの俺を見る目は何かを言いたげな感じだ。


「アンドレアさんの話は理解できました。ですが、残念ながら私も婆さんも『古代遺跡』の話なんて一切聞いたことがありません」

「そうだね。アタシも毎日連中の会話を聞くけど『古代遺跡』なんて話は聞いたことないね」


「はぁ~ そうですか⋯」


 アンドレアさんの溜め息が食堂の隅々まで行き渡るようだ。


 アンドレアさんが食堂に張り込んで三日目か⋯ 魔物討伐も今日で三日目だ。

 婆さんの話だと、この討伐が始まってから、主だった冒険者は大衆食堂へ来ていない。

 アンドレアさんは運が悪いとしか言いようがないな。

 きっと婆さんも同じことを思っているんじゃないかな。


「アンドレアさん、私の知る限りですが『古代遺跡』の件は冒険者連中の間で、噂にすらなってないですね」

「そうだね。アタシもそんな話は聞いたこともないね」

「⋯⋯」


「もっとも、冒険者連中の口の固さはアンドレアさんも知ってのとおりです」

「そうだね。アタシもワイアットやエンリットが、アンドレレさんの護衛をしていたなんて、初めて聞いたぐらいだよ」


 婆さんの言葉に、俯いて黙していたアンドレアさんが顔を上げた。

 それにしても婆さんは、アンドレアさんの名前を覚えられないのか?

 もしかして、既に酔ってるのか?


「そこまで彼らは話さないのですか? 護衛中のちょっとした話とか、私のような雇主の事を口にしないのですか?」

「ハハハ 連中は護衛中の話とか、誰に雇われたとか、そうした話は一切口にしないんだよ」


「それなら、今回の話が広まる可能性は無いんでしょうか?」


 なるほど。

 アンドレアさんは、そうした心配もしているんだな。

 アンドレアさんのような商人にしてみれば、自分だけが知っている情報は大切なのだろう。

 今はそれが不確かな感じだが、それでも他の商人などに知られるのは避けたいのだろう。


「ククク 心配無用ですね。特にワイアットやエンリットの仲間は徹底してますから安心してください」

「そうですよね⋯」


 若干、アンドレアさんは心配なんだな。


「例えばですけど、アンドレアさんの積み荷とか、行き先が他人に知られた事がありますか? 無いでしょ?」

「それは⋯ いや⋯ 待てよ⋯ 言われて見ればワイアットさんやエンリットさんに護衛して貰った積み荷では、そうした感じは無いですね」

「うんうん」


「皆無とは言いません。冒険者の中には、そうした事を口にする連中が居るかも知れません。けれどもワイアットやエンリットなら心配無用ですよ。彼らと飲んだ時に、護衛でどうだったとか、私は一切聞いたことが無いですね」

「そうなんですか⋯」

「うんうん」


「むしろこうしてアンドレアさんが噂を広げているのが、私や婆さんは不思議ですよ(笑」

「おっと! そこは盲点でした ハハハ」

「カカカ 確かにそうだね(笑」


 そこまで話して互いに笑いが出たところで、婆さんがジョッキを突き出して来た。

 婆さんの突き出すジョッキには、エールが一口分ぐらい残っている。

 俺もアンドレアさんも、婆さんの突き出すジョッキに合わせ軽く乾杯し、3人で残りのエールを一緒に飲み干した。


「さて、エールも終わった。これでアンドレアさんの話も終わりだね。イチノス、夕飯を食べるんだろ?」

「おぉ、頼む」


「アンドレレさんはどうする? もう一人前ならあるよ」

「じゃあ、私も貰います。イチノスさん、一緒に食べて良いですか?」


「えぇ、ご一緒しましょう」

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