9-7 魔の森で何かが見つかったらしい
風呂屋で出来上がった体は、当然のようにエールを求めて大衆食堂へ向かった。
ぷはー 旨い!
やはり、湯上りエールを辞められない。
辞める気はあるのかって?
安心してください。
湯上りエールを辞める気なんて、一切ありません(キッパリ
「そろそろ串肉も焼けるから、お代わりは一緒で良いかい?」
「あぁ、それで頼む。そうだ今日は夕食はあるのかな?」
「あるよ。イチノスが食べると思って準備してあるよ(笑」
「そうかい、ありがとう」
机の脇で待ってくれている給仕頭の婆さんに、エールのお代わりと夕食を頼む。
ジョッキを片手に厨房へ向かう婆さんの後ろ姿から店内へ目を移せば、今日も冒険者連中は一人もいない。
色鮮やかなベストを着た2人の商人が、一つの長机に座っているだけだ。
昨日も同じような景色を見た気がする。
厨房付近へ目をやれば、婆さんが串肉とエールを持ってくる。
昨日よりも、若干、肉が焼けるのが早いな(笑
婆さんがエールと湯気の立つ串肉を机へ置くと、俺の反対側へ座ってきた。
やはり今日も暇なようだ。
「婆さん、今日も連中は来ないのか?」
「無理だね。今回の討伐依頼はギルドも本気だね。イチノスは、しばらく店を休むんだって?」
「あぁ、月曜まで臨時休業にしたんだ。火曜からは店を開くつもりだよ」
既に婆さんが臨時休業を知ってるのは、サノスかオリビアさんから聞いたのだろう。
「臨時休業ってことは、イチノスのところも客が来ないのかい?」
「前の討伐の時も、討伐直前は来たらしいんだ、討伐期間中は誰も来ないみたいだね」
そんな会話をしながら串肉を頬張り、エールで流し込む。
やはり2杯目のエールは串肉が合うな。
「そうだ、さっきオリビアが言ってたけど、エンリットがオークに襲われたらしいね」
エンリット?
ワイアットの仲間だよな。
ワイアットがヴァスコとアベルを巻くために俺の店へよこした時、ワイアットと一緒に南町の風呂屋へ行った連中の中にいたな。
「ワイアットの仲間のエンリットだろ? 大丈夫だったのか?」
「ワイアット達に西の関へ運び込まれたそうだよ。命に別状はなかったし、歩いて帰れる程度らしいよ」
「それは良かった。じゃあエンリットは、しばらくは薬草採取の護衛かな?(笑」
「そうそう、薬草採取の護衛と言えばヴァスコとアベルの二人が護衛リーダーらしいね」
「あの二人が?! ずいぶん出世したな(笑」
「それより、ギルドで昼前に何かあったのかい?」
ん? 昼前のギルド?
「いや、俺は知らないけど。何かあったのか?」
「朝一番でギルドからランチの注文が20人前だよ」
「へぇ~」
20人前のランチの注文とは多いな。
ギルマス、キャンディス、若い女性職員、若い男性職員、他は⋯
俺の知っているギルドのメンバーを数えても20人には届かない。
明らかに、ギルドの来客へ向けた、ギルドとしての持て成しのランチの注文だろう。
「お陰で売上にはなったけど、誰か来てるのかね? イチノスは知らないのかい?」
「いや、俺は今日はギルドに寄ってないし⋯ キャンディスは何か言ってなかったのか?」
「無理無理、キャンディスは口が固いからギルドの事は一言も喋らないよ」
婆さんの様子からすると、キャンディスがサブマスに昇進する件も、知らないんだろうな。
婆さんと話していると、鮮やかな衣装が視界に入ってきた。
この色合いは、別の長机に座っていた商人のベストだ。
「お話し中、すいません」
「ん? なんだい、注文かい?」
婆さんが訝しげに問い掛けるのはどこの商人だろうかと顔を見れば、昨日、東町魔道具屋の件を聞いて急いで食堂を出ていったアンドレアさんだ。
「いえ、先ほどエンリットさんがケガをして西の関に運ばれたとか? そんなお話が聞こえてきまして」
「なんだい、知りたいのかい?」
「ええ、詳しく教えていただけないかと」
そう言いながら、アンドレアさんは当然のように婆さんの隣に座ると、財布から銅貨を差し出した。
「まずは一杯奢らさせてください。もちろん、お姉さんもどうですか?」
「なかなか、気が利く商人じゃないか(笑」
婆さん。
アンドレアさんの『お姉さん』呼びには触れないのか?
「私、商人のアンドレアと申します。主に西方のジェイク領と行き来している者です。昨日はイチノスさんに良い話を聞かせていただきながら、お礼も出来ませんでした」
「なんだい、イチノスの知り合いか。二人ともエールで良いね?」
「イチノスさん、エールで良いですか?」
「あぁ、それでお願いします」
「じゃあ、エール3つだね」
そう言って婆さんは席を立ち上がり、長机には俺とアンドレアさんだけになった。
さっきまでアンドレアさんと一緒にいたもう一人の商人は、婆さんに声をかけて店から出て行った。
「イチノスさん、昨日は助かりました」
「東町の魔道具屋には行かれたのですか?」
「はい、イチノスさんがおっしゃったとおりに、東町の魔道具屋は御用達になられたようですね」
「御主人か女将さんから聞かれましたか?」
「朝一番で伺ったんですが、店の手前で街兵士に止められました。何事かと思ったら、東町街兵士副長のパトリシアさんが店から出てきたんです」
そういえば魔道具屋の御主人が、今日の朝、パトリシアさんに木板の件を報告すると言ってたな。
「パトリシアさんが帰られて店に入れたんですが、女将さんに尋ねたら御用達になれた話をしてくれました。お陰で私の修理依頼は先に延びましたが、それでも代わりを持たせてくれて本当に大助かりです」
「代わりの『魔法円』をですか? それは奥様も喜ばれたでしょう」
東町魔道具屋の御主人も女将さんも商売上手だ。
『魔法円』の修理が終わるまで代わりの品を渡すとは良い方法だ。
俺の店でも考えた方が良いかもしれない。
「そりゃもう! 家内も大喜びです」
「それは良かったですね」
そこまで言ったアンドレアさんが少し間を置きながら厨房に目をやり、少し声を押さえ気味に話を続けた。
「エンリットさんがケガをして、西の関に運ばれたと聞いたんですが?」
「らしいですね。私は詳しくは知らないのですが」
「実はエンリットさんには、何度か護衛でお世話になってるんです」
「なるほど、西街道が安全になればアンドレアさんは再びエンリットさんを護衛にと言うわけですね」
「ええ、前回はワイアットさんが護衛でしたが、魔の森を抜ける付近でエンリットさん達が合流して来たんです」
「ほぉ~」
ドンッ
「お待たせ~」
婆さんが長机にエールを3杯置くと、再び俺の向かい側に座った。
「じゃあ、遠慮無く貰うよ(笑」
「どうぞどうぞ、イチノスさんも遠慮無く」
「じゃあ、私も遠慮無く(笑」
「エンリットさんの回復を祈って」
「「回復を祈って」」
急ぎ自分のエールを飲み干し、アンドレアさんが出してくれた分を手に3人で軽く乾杯する。
「アンドレアさんはエンリットを知ってるのかい?」
「はい、何度か護衛でお世話になっています」
婆さんがアンドレアさんに礼を述べるかのように話題を振って行く。
「さっき、西方と行き来してるって言ってたよね?」
「はい、南方から来た品を西方に届ける商いをさせて貰っております」
「西の関も南の関も討伐で騒がしいから、今は大変だろう」
「まぁ、そうですが。今回の討伐で魔物が減れば、より安全に行き来できますから」
このアンドレアさん、なかなか前向きな意見を口にするな。
「そうは言っても、いつ頃終わるかは気になるんだろ?」
「気にならないと言えば嘘になりますね。それよりもっと気になることがあるんですよ」
「ほぉ~ 何が気になるんだい?」
「先ほどイチノスさんにも話したんですが、前回、ワイアットさんの護衛で西方から戻ってくる際に、魔の森を抜ける付近でエンリットさん達と合流したんです」
「それって先週の話しかい?」
「えーと⋯ そうです、先週の話です」
「ほら、イチノス。あいつらが揃って南町の風呂屋に行った日だよ。覚えてるだろ?」
「あぁ、覚えてるよ」
「その時にワイアットさん達とエンリットさん達が合流したんで、魔の森を抜けた所で休憩にしたんです」
「同じ街道だったらあることなんだね」
「そうしたら、二人から西の関に入るのを明日に遅らせても良いかと問われたんです」
「ワイアットから遅れてもって言われたのかい? 珍しいね」
ん? 確かワイアットが遅れたことを嘆いていたとかオリビアさんが言ってた記憶があるぞ。
ワイアットが自分から言い出して遅れたのか?
「期限には余裕があったのと、夜営するならエンリットさんも護衛をするって条件で受け入れたんです」
「カカカ あん時はワイアット達が3人だろ? エンリットもいたなら5~6人? ずいぶんと豪勢な護衛だね」
いつもワイアットが組んでるのは⋯ ワイアットを入れて3人だったと思う。
エンリットも同じ様に3人ぐらいで組んでたはずだな。
「馬も疲れてたんで、早目に夜営の準備をしていると、ワイアットさんとエンリットさん達が3人ぐらいで森に入って行ったんです」
「「??」」
アンドレアさんの言ってる事がわからず、思わず婆さんと顔を見合わせてしまった。
「森に入って行った方達は陽が暮れる頃に戻って来たんですが、夕食時に面白いことを話してたんです」
「面白いこと? なんの話をしたんだい?」
婆さんがアンドレアさんに聞くと、アンドレアさんがエールを一口飲んだ。
思わず俺も婆さんもエールを口に運ぶ。
3人共にエールを飲み込んだ所で、アンドレアさんが周囲を見渡して小声で囁いた。
「古代遺跡です」
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