18-17 駄洒落じゃないからな(謎


 腹の出た男と細身の男を無視し、二人組の大工達に続いて、俺も蒸し風呂から出ることにした。


ククク


 『蒸し』と『無視』の駄洒落(ダジャレ)ではないからな(謎


「おい、そこのエルフさん」


 蒸し風呂を出ようとする俺の背に向かって、腹の出た男から声が掛かった気がするが、ここは無視だな。


 これも駄洒落(ダジャレ)ではないからな(謎


〉どうせ全員締め上げて

〉俺たちが上に立つ


 そんな物騒な言葉を周囲に聞こえるように口にする連中に、俺は関わりたくないだけだ。


 蒸し風呂から出て、水風呂の脇に置かれた手桶で水を汲んで汗を流す。


 そのまま水風呂に入るか迷ったが、俺より先に出た大工達が水風呂に浸かっている。

 それに俺はいつもより早目に蒸し風呂から出てきたために、それほど蒸し上がった感じはしなかった。


 そこで手桶で水を浴びるに止めておいた。

 この後に広い湯船で足を伸ばして湯に浸かれれば良いのだ。


 そう思っていると、水風呂の中から大工達が声をかけてきた。


「イチノスさん、出てきて正解だ(笑」

「あぁ、正解だ(笑」


 どうやら大工達も同じ考えのようだ。

 そんな大工達へ俺は笑顔で会釈をしておいた。


 広い湯船に体を浸して足を伸ばしていると、蒸し風呂から3人組が現れた。


 細身の男が、水風呂に浸かっている大工達へ手で退くような仕草をしている。

 腹の出た男は、その後ろで偉そうに立っている。


 最後に蒸し風呂から出てきた若い男は、誰かを探すように周囲を見渡している。


 すると、仕方なさそうな顔をした大工達が水風呂から出た途端に⋯


ザバーン!


 腹の出た男と細身の男は俺のように汗を流すこともなく、揃って水風呂へ飛び込んだ。


「何やってんだ!」

「こいつらは、そこまで世間知らずか!」


 水風呂へ飛び込んだ二人の男が頭の先まで潜る様子を、大工達が仁王立ちで見ながら口に出して注意し始めた。


 一方、最後に蒸し風呂から出てきた若い男は、水風呂から離れ俺の浸かっている広い湯船へ来て、手桶で湯を汲んで汗を流し始めた。


「随分と周りを気にかけない奴らだ!」

「まったく世間知らずな奴らだ!」


 潜っていた水風呂から顔を出した二人へ、とうとう大工達が説教を始めてしまった。


 これは争い事になりそうな感じだぞ(笑


「なにぃっ!」


 細身の男が水風呂の中で立ち上がり、大工達に向かって大声で言い返す。


 ほらほら、始まりそうだ。


 すると腹の出た男が細身の男を手で制して落ち着かせようとした。


「まぁまぁ、細かいことで目くじら立てるな。兄さん達も細かいことを言うんじゃないよ」


「しかしこいつら、兄貴に失礼なことを!」


 おいおい、自分達の行動や言動を注意されたのを無視するのか?


 それに注意されてるのは、腹の出た男だけじゃないぞ。

 お前の行動も一緒に注意されているんだぞ。


 こいつらは、そんなこともわからないお馬鹿さんなのか?

 そんな奴らが、リアルデイルの冒険者全員を締め上げれると本当に思ってるのか?


 それに、腹の出た男は偉そうな事を口にしているが、どこか大工達を煽っている感じだぞ。


 後先を問う気はないが、周囲へ失礼なことを聞かせたり、失礼な行動を実際にしているのはお前らだぞ。


 そう思っていると、若い男が俺と同じ湯船に入り近寄ってきた。


「お騒がせしてすいません。」


おっ?


 この若い男はそれなりに礼儀がありそうだな(笑


「なんだ! 俺達に因縁つけるのか!」


 細身の男の声が煩い。


 因縁?

 その前に礼儀と行儀じゃないのか?


 周囲を見れば他に客は見当たらない。

 まあ、それが救いだな。


 リアルデイルの大工達と他の街の冒険者のいざこざか⋯


 同じ街に住むよしみで、俺は大工達を応援した方が良いのか?


「イチノスさん⋯」


ん?


 若い男が俺の名を呼んできた。


 俺はこの若い男に名乗っただろうか?


 そうか、大工達が俺の名を呼んでいたな。

 それをこの若い男は聞いていたのだろう。


「魔導師のイチノスさんですよね?」


おや?


 この若い男は俺の名と共に、俺が魔導師だと知っているようだ。


「すいませんが、私はあなたに名乗りましたでしょうか?」


「Atvainojiet par to. Es esmu...」


ん?


 若い男が面白い言葉を口にした。

 それに俺は思わず首を傾げた。


 若い男が口にしたのは、母(フェリス)が口にすることのある、エルフの言葉=エルフ語だ。

 エルフ語の響きが俺の耳に触れた瞬間、若い男の存在が俺の心を引き寄せた。


 なんと言ったかはわかるが、俺がこの場で彼の言葉に応じるのは、得策ではないだろう。


 彼の容姿を改めて見ると、肌はやや淡く、金髪よりな褐色の髪が調和している。

 そして、彼の瞳は俺と同じような青みを帯びた緑色だ。


 その鼻筋は整然としており、目の輪郭は鋭い。

 さらに、彼は俺よりも背が高いようにも映った。


 この容姿で俺のように特徴ある耳なら、エルフの血が入っていると錯覚する者が現れても、それはまったく不思議ではないだろう。


「失礼しました。私は⋯」


 直ぐに若い男が王国語で語り直した。

 しかし、俺は若い男が名乗ろうとするのを、手を出して止めた。


「すいませんが、あちらで揉めている方々のお仲間さんですよね?」


「?!」


「実は⋯ あの方々に、私は良い印象を持っていないのです」


「⋯⋯」


「そうした方々の仲間に名乗られても、私は応じることは無いですよ。(ニッコリ」


「⋯⋯」


 若い男の顔が驚きで染まった。

 すると若い男が呟いた。


「やはり、あの二人は『問題あり』ですね」


「ククク やはりと口にする時点で、あなたもそう感じているんですね?」


「まぁ、今回のリアルデイル行きで感じましたね」


「ククク」「フフフ」


「イチノスさんは、この後はエールですか?」


 若い男が、湯上がりのエールを望む俺の心を見透かしたような言葉を口にする。


「そうですね」


「いい店をご存じなんですか?」


 思わず同意してしまうと、この若い男が踏み込んだ問い掛けをしてくる。

 この若い男は俺の行動が気になるのだろうか?


「この後は冒険者ギルドの向かいの大衆食堂でエールですね」


 それとなく社交辞令も混ぜて答えておく。

 とはいえ、これは社交辞令だけではなく、俺はそれなりに事実も混ぜておいた。


「わかりました」


 そう言うと、若い男が湯船から立ち上がり、水風呂の方へと向かった。


 水風呂では、大工達と他の街から来た冒険者の二人が顔を付き合わせ不穏な雰囲気だ。


 そんな一触即発の場へ、若い男がスタスタと歩いて行くと、4人へ向かって告げた。


「ここまでです。終わりにしましょう。他のお客さんに迷惑ですよ」


「「うっ!!」」

「「えっ?!」」


 若い男の言葉に4人が動きを止めた。


 それを放置し、若い男が振り返ると、俺に向かって告げてきた。


「イチノスさん! エールへ行きましょう!」


まてまて


 そこで再び俺の名前を出すな。

 お前が一緒にいた二人が俺を凝視しているぞ。


大工達は⋯


 おい、どうして俺を見て笑うんだ?


いや?


 お前らの少しひきつった笑顔は事なきを得て良かったと言う顔だ。


「さぁ、イチノスさん。エールへ行きましょう」


 おい、また俺の名を呼ぶんじゃない!

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