18-16 他の街から来た冒険者
裏庭での薬草栽培に使う桶を求めて、サノスとロザンナの二人と一緒に雑貨屋へ来た。
だが、二人の買い物が長そうな気配がして来た。
俺はこれから風呂屋に行き、その後に大衆食堂へ向かう予定であり、特に急ぐ必要はない。
だが、俺が二人の買い物に付き合う必要も無いように感じてきた。
「女将さん、ロザンナの桶ですが、配達の際の後払いでも大丈夫ですか?」
「もちろん、問題ありませんよ。あの二人は特に時間が掛かることが多いからね(笑」
どうやら女将さんは、俺の気持ちを察すると共に、サノスとロザンナの買い物に時間が掛かることを理解しているようだ。
「では、お願いします」
「分かりました。ロナルドに領収書付きで配達させますね(笑」
「すいませんが、私はここで失礼させていただきます。後はよろしくお願いします」
「もちろんです。いってらっしゃい」
女将さんの見送る声を耳にしながら、俺はサノスとロザンナには声をかけずに、雑貨屋を後にすることにした。
雑貨屋を出る際に二人へ目をやれば、サノスは先ほどとは違う布袋を手にし、ロザンナも別の桶を持ち上げ、底を覗くように見ているのが目に入った。
◆
元魔道具屋で、今は交番所の前で街兵士へ軽く敬礼をして、早足気味に通り過ぎる。
冒険者ギルドと大衆食堂の前も素通りして、いつも街兵士が二人で立つガス灯で右へ曲がった。
ここまで気にも留めなかった夕陽が、街の建物に優しい光を投げかけ、風呂屋への道のりを包み込んでいる。
俺の影も風呂屋へ誘うように伸びているのが、どこか楽しく思える。
風呂屋の入り口に立てば、温かな湯の香りが漂っていた。
待望の風呂屋へ足を踏み入れ、来月からの値上げの案内を横目に、受付のオバさんから代金と引き換えに脱衣棚の鍵と新しいタオルを受け取る。
脱衣所へ入れば、顔見知りの冒険者がチラホラ。
彼らの会釈に応えながら、服を脱いで新しいタオルを片手に、蒸し風呂の戸を開けた。
◆
蒸し風呂の中には先客がいた。
街中のどこかで見たことのある二人組が並んで座り、見覚えのない顔の三人組が並んで座っていた。
それとなく、三人組の顔を確かめたが、やはり初めて見る顔だ。
三人組の中心と思われる人物は、全体的に大柄な体格で俺よりも背が高く、横幅も大きい。
だが、少々、腹も出ている感じで、体に締まりの良さは感じない。
残る二人の一方は細く引き締まった体つきだが、それほど筋肉を蓄えているようには見えない。
最後の一人は若い感じで、昼前に店に来たアイザックと同い年ぐらいに見えた。
この顔に覚えのない三人組は、他の街からの冒険者なのだろうか?
何となくだが、冒険者の中に知らない顔が増えてきたような気がする。
ガハハハ!
三人組の腹が少し出た男の笑い声が、蒸し風呂の中に響き渡る。
まあ、リアルデイルの街は王国西方の流通拠点となっている街だから、俺の知らない冒険者が居ても不思議ではない。
南方のストークス領から来た冒険者もいるだろうし、北方のイスチノ爺さんの住む街から来た冒険者もいるだろう。
東方でいえば、俺の生まれたランドル領=マイク領から来た連中もいるだろう。
そして、西方のジェイク叔父さんが治めるジェイク辺境領から来た冒険者がいてもおかしくは無い。
そう言えば、来月からこの風呂屋は値上がりするんだよな?
風呂屋へ来る回数を減らすか?
無理だな(笑
これからますます暑い日が増えるのだ。
むしろ、一日の終りに風呂屋で汗を洗い流す日が増えるだろう。
風呂屋へ来る回数を減らすよりは、むしろ毎日風呂屋へ来ることを考えたいぐらいだ。
ガハハハ!
再び、先客の冒険者らしき三人組の腹が少し出た男の笑い声が、蒸し風呂の中に響き渡った。
どうやら見覚えのない冒険者らしき三人組は、周囲の迷惑を考えれない、少々素行に問題がある連中のようだ。
冒険者といえば、ギルドのタチアナが何かを言っていた記憶があるな。
何だったかな?
そうだ、思い出したぞ。
〉リアルデイルの冒険者ギルドへ
〉移籍を希望する
とか言ってたよな?
あの時のタチアナの話からすると、ジェイク領の冒険者達がリアルデイルへ移籍を希望しているように聞こえたな。
そんなことを思い出していると、変な会話が件(くだん)の三人組から聞こえてきた。
「リアルデイルで一番の冒険者は誰なんだ?」
「聞いてないな。おい、誰か一番なんだ?」
「そんな話は知りませんね」
腹の出た男が細身の男に問いかけるが、細身の男は若い男に丸投げするだけだ。
当然ながら、そんな投げかけに若い男は答えられない。
「なんだよ、聞いとけって言っただろ!」
「⋯⋯」
細身の男が叱りつけるように注意するが、そんなことで注意するのは理不尽な感じがする。
〉一番の冒険者は誰なんだ?
〉聞いとけって言っただろ?
彼らの言葉からすれば『一番の冒険者を聞いておけ』という指示しか出していないのだろう。
そんな指示を出されても、若い男は行動できるわけがない。
そもそも『一番の冒険者』という定義が曖昧すぎるのだ。
一番 背が高い 冒険者か?
俺の知っている限りでは、アルフレッドかブライアン⋯
そう言えば、エンリットも背が高かったな。
一番 若い 冒険者か?
それなら、ヴァスコとアベルだろう(笑
一番 年寄りの 冒険者か?
う~ん⋯ これは誰だ?
まさかワイアットじゃあないよな?(笑
いずれにせよ、若い男への指示が抽象的すぎるな。
「まあ、どうせ全員締め上げて、俺たちが上に立つから関係ないがな! ガハハハ」
「兄貴の言うとおりですよ。この程度の街なら直ぐに俺達の天下ですぜ」
腹の出た男の物騒な言葉に細身の男が同意している。
こんな会話を周囲に聞こえるようにするとは、やはりこいつらは他の街の冒険者なのだろう。
このリアルデイルの街の冒険者達を締め上げるとか、周囲に聞こえるように口にするとは、何とも物騒な話をする奴らだ。
まあ、仲間内で話すだけなら好きにすればいい。
愚かな大人が、下らない話で盛り上がっているだけだ。
周りに迷惑をかけないなら、目くじらを立てる必要もない。
自分が強いとか偉いとか、他者と自身を比較するのは、誰にも許された権利だからな。
だが、そんな自意識に動かされて、自分が一番だと知らせるために、他者を『締め上げる』行為に及ぶのは、決して褒められるものではない。
そんな行動に及ぶのは『人間』ではなく、理性を持たない獣(けもの)がやることだ。
こいつらは、そうしたことに気が付いていないだけのことだ。
すると、先客の二人組の方が立ち上がって蒸し風呂から出て行こうとした。
その顔を見て、この二人組が大衆食堂へ来ていた大工達だと気が付いた。
二人が俺を見て声を掛けてくる。
「イチノスさんか?」
俺はすぐに、風呂屋へ来る際に元魔道具屋の前に荷車がなかったことを思い出した。
荷車もなかったし、交番所の中に街兵士が一人いた気もする。
多分だが、魔道具屋の内装工事が終わり、完全に交番所となったのだろう。
「こんにちは。もしかして、あそこの工事が終ったんですか?」
「おう、気が付いたか? 今日の昼に終ったんだよ。明日からイチノスさんの向かいだ。一日か二日はうるさいが我慢してくれよ(笑」
「いえいえ、皆さんのお仕事ですから気にしませんよ(笑」
「そう言ってもらえると助かるよ。じゃあ、お先に」
そう言って、チラリと三人組へ目をやり、蒸し風呂から出て行った。
これはあの三人組に気を付けろと言うことだろう⋯
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