1-2 侯爵の父と側室の母


 新品のテーブルクロスに置かれたお茶の準備を眺めて少しばかり思案する。


「これで良いな⋯そいえば、このお茶を淹れるセットは、俺が研究所に入る時に就職祝で父から贈られた物だったな。母は気にするだろうか?」


 この就職祝を贈ってくれた父は人間の貴族で侯爵だった。

 『だった』と言うのは既に亡くなったからだ。

 父は王国と魔王国の戦に駆り出され、見事に戦死したのだ。


 そんな戦死した父に母が嫁いだのは、政略結婚だったらしい。


 この街もこの領も含めた王国が、周辺国家との関わりの中でエルフの民の力を得ることになった。

 その際に、エルフの長の娘である母が王国貴族で侯爵の父に嫁入りしたのだ。

 当初は侯爵である父の弟、俺から見れば叔父さんに、正妻で嫁ぐ話もあったそうだ。

 だが、人間の貴族で侯爵の父に側室で嫁ぐことになった。


 そんな関係の父と母の間に生まれたのが俺だ。

 俺が生まれたことで、人間の貴族の中では不穏な空気が流れたそうだ。

 それと言うのも、父と正妻の間には男の子が生まれていなかった。

 女の子が二人生まれたところで父は爵位継承者となる男の子に恵まれるのを半(なか)ば諦めたらしい。

 諦めたなら、側室の母親に俺を生ませるなよと言いたいが、一応、父と母に俺は感謝している。


 男の子である俺が生まれたことで巻き起こった不穏な空気と言うのは、人間の貴族『侯爵』としての継承権である。

 人間の貴族では、その『家系』や『爵位』を継承するのは、家に生まれた男子という定めがある。

 俺は妾腹(めかけばら)ではあるが、侯爵である父の長男であることから、侯爵の継承権を持ってしまう。

 だが俺はハーフエルフだ。

 ハーフエルフに王国の侯爵を継ぐことは問題があると意を唱えた貴族が多数いたのだ。

 そうした人種差別的な考えで、俺を受け入れられない連中が騒ぎ立てたそうだ。


 そんな不穏な空気や騒ぎの中で、再度の頑張りを見せたのが父の正妻だった。

 俺の初等教育が始まる前に、父と正妻の間に無事に男の子が生まれた。

 俺にとっては異母弟だ。

 この異母弟が生まれて直ぐに、エルフの母は俺の爵位継承権を放棄する意思を示した。

 その後、人間の貴族としてのゴタゴタを重ね、異母弟の初等教育が始まる際に俺の爵位継承権の放棄が国王から認められた。


 俺の爵位継承権の放棄が決まると共に、俺は全寮制度の『王立魔法学校』に放り込まれ寄宿舎生活が始まった。

 エルフである母の血筋と教えで、俺には魔法の才覚があったことから、魔法学校に放り込まれたのだ。


 『魔法学校』時代はエルフの母親から学んでいた『魔法』と、人間が使う『魔法』の違いや差に悩んだ時期はあったが、無事に学校を卒業できた。

 卒業論文では俺を悩ませた『エルフ魔法と人間魔法の違い』を題材にしてみた。

 この論文が効を為したのか、それとも父が『侯爵』という権力を乱用したのか、卒業式では国王から表彰されたのも懐かしい思い出だ。


 魔法学校卒業後は『王国魔法研究所』に入所することとなった。

 これも父の権力乱用が見え隠れするものだった。

 研究所でヒソヒソと囁かれる父の権力乱用な噂を気にせず、俺は卒論の題材である『エルフ魔法と人間魔法の違い』を追いかけた。

 研究所時代は働かずとも給金が得られ、自分の好きな研究に没頭できたのは幸せな時間だった。


 その後、王国魔法研究所も退職し、この店の開店準備のために、母の元に身を寄せた。


 その頃の母は、父の弟である伯爵の領土であるこの街の領主別邸に移り住んでいた。


 まあ正妻に跡継ぎが生まれ長兄の俺が爵位継承権を放棄したのだから、総じて『お役御免』な含みもあるのだろう。

 実際に母が父の侯爵領を離れ、この俺も『王国魔法研究所』のある王都を離れたのだから、親子共々の『お役御免』だ。


 そんなことを考えていると店先に馬車が止まる音が聞こえた。


コンコン


 そして、店のドアをノックする音が聞こえる。


カランカラン

「イチノス殿、フェリス様の到着である」

コロンコロン


 あらあら騎士さん、ドアの鐘の音と到着の報せが被ってますよ。


 店の入口の方からの青年騎士の声に促され、俺が店のカウンターに出ると、先程の青年騎士と執事服を纏った中年の男性が立っていた。

 俺はこの執事服の中年の男性を知っている。

 母の執事兼護衛のコンラッドだ。

 そのコンラッド=執事が店内を見回し、青年騎士に声をかける。


「アイザックはフェリス様の案内の後、店の入口で警戒を継続」

「はっ!」


 アイザックと呼ばれた青年騎士は踵を返して店の外に出て行く。

 残された執事兼護衛のコンラッドに声を掛ける。


「コンラッドさん、お久しぶりです」

「イチノス様、約束をお忘れですか? 私はランドル様の元騎士であり、今はフェリス様の執事です。ランドル様とフェリス様のご子息であるイチノス様に『さん』付けで呼ばれるのは許されません」


 コンラッドは相変わらずだ。


「わかった。コンラッド、久しぶりだな(笑」

「イチノス様、お久しぶりです。前にお会いしたのはフェリス様のお手紙を届けた三日前ですね(笑」


 そう、三日前に母からの手紙を届けてくれたのはコンラッドなのだ。

 彼は俺が爵位継承権の放棄が認められた際に、父(ランドル)の騎士から母(フェリス)の執事兼護衛として異動を命じられたのだ。

 そして、母(フェリス)がこの伯爵領に移り住む際には、父(ランドル)の遺言に応じて母(フェリス)に仕え続けているのだ。

 侯爵貴族である父からの命令と遺言とは言え、騎士から執事への職務変更、加えて侯爵領から伯爵領への異動は思うところがあったかと言えばそうでもないらしい。

 この店を開く際には随分とコンラッドの世話になった。

 その際に、コンラッドがやけにこの街に詳しいことから、その理由を尋ねてみれば、この街で生まれ育ったと言う。

 言わばコンラッドの異動は、故郷に帰る異動だったのだ。


 それとなく話のネタとして、先程の青年騎士=アイザックの話をしてみる。


「あの騎士=アイザックは新卒?」

「はい、騎士学校を卒業して今週から着任しました」


「もしかして、コンラッドが教育中なのかな?」

「はい、先触れから始めております。至って真面目な事が取り柄な青年ですね」


 なるほど。

 元騎士のコンラッドの下で、騎士としての修行を始めたばかりな感じか。


「イチノス様、お茶の準備は?」

「ああ、奥の作業机にしてみた。確認してくれるか?」


 青年騎士(アイザック)の話題から逸らすように、コンラッドがお茶の支度を気にする言葉を口にした。

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