7-15 金貨100枚です
「そうだ!」
俺はある人物を思い浮かべ、思わず大きな声を出してしまった。
「ん? イチノス殿、何か良い案が浮かんだのか?」
「いや、特に『これが良い』というのは浮かびませんが⋯ 母(フェリス)の喜ぶものを知っていそうな人を思い出したのです」
「それは名案だ! その方に知恵を借りようと言う訳だな?」
「そうです。その人に相談してみるのが良いと思うんです」
「何方(どなた)なのだ? そのフェリス様が喜んでもらえそうな物、これがお勧めだと知っているのは、何方(どなた)なのだ?」
「ギルマスの妹さんです」
そうです。
俺が思い浮かんだのは、母(フェリス)に傾倒している、東町街兵士副長でギルマスの妹さんのパトリシアさんだ。
「ギルマスの妹さん? 冒険者ギルドのベンジャミン殿の妹さんか?」
「えぇ、彼女なら母(フェリス)の喜ぶ物を知ってそうな気がするんです」
「その、ベンジャミン殿の妹さんは、この街に住んでるのか?!」
「東町の街兵士幹部駐兵署にいらっしゃると思います」
「そうか、そのベンジャミン殿の妹さんをイチノス殿はご存じなのだな? 是非とも紹介して欲しいぞ!」
身を乗り出すように聞いてくるヘルヤさんを軽く制して話を続ける。
「いやいや、私の紹介よりもギルマス=ベンジャミン殿に仲介を願ってはどうですか?」
「うんうん、そうだな。ベンジャミン殿の妹さんなら、それが一番良いだろう。いやぁ~ イチノス殿、助かったぞ。ありがとう」
「いえいえ、私の思い付きです。必ず結果が出るわけではありませんよ(笑」
「ま、まぁ、そうだな。まずはベンジャミン殿に相談だな」
結果が見えないことに念を押したが、それでもヘルヤさんの顔には明るさが戻った。
きっと、母(フェリス)への報告に際しての手土産で、ヘルヤさんはかなり悩んでいたのだろう。
「それにしても、身内への贈り物と言うか、手土産に何が良いかと問われても、答えに困ってしまいますね(笑」
「ハハハ イチノス殿はそうなのか?」
「ヘルヤさんは答えれます? 両親や親戚への贈り物で何が良いかを問われて、直ぐに思いつきます?」
「酒だな(笑」
「酒ですか?」
「ドワーフなら贈り物とか相談事での手土産は、酒と決まっとる(笑」
「ククク ドワーフらしいですね(笑」
「むしろ、相談事で酒以外の手土産など考えられんぞ。酒以外を持って行くと、時には断わられるぐらいだ(笑」
「ククク」「ハハハ」
これも環境や文化の違いの一つだろう。
ドワーフなら贈り物や手土産は『酒』に決まっていると言うことだな。
これは環境や文化と言うよりも、種族的な決まり事のような気もする。
エルフなら何なのだろうか?
エルフという種族なら、贈り物や手土産に決まりがあるのだろうか?
そうしたことを、俺は母(フェリス)から学んでいない気がする。
「実は、最初は酒にしようと思っていたんだ」
ヘルヤさんがドワーフらしい言葉を発してきた。
確かにそれでも良いと思う。
ハーフだがドワーフであるヘルヤさんの手土産だ、ドワーフの習慣で『酒』を手土産にしても問題ないと思うぞ。
「だが、ドワーフの『酒』は強いから、フェリス様には合わないと思ってな」
「確かに強そうですね」
「それにフェリス様が酒を嗜(たしな)むかもわからんだろ?」
「言われてみれば⋯ 母(フェリス)が酒を飲んでる姿は、葡萄酒ぐらいしか見たことが無いですね」
「そうなんだよ。エルフであるフェリス様が、ドワーフの酒を飲むところが想像できなくてな。そこから悩んでしまったんだよ」
「ククク 確かに私も想像出来ません(笑」
「ハハハ」「ククク」
ヘルヤさんの言葉や顔に覇気が戻って来た気がする。
先程から笑い声も増えてきた。
「さて、それでは今日の本題に移りましょう」
「おお、そうだな。その手元のがそうなのか?」
再びヘルヤさんの目線が机の上に置かれた小箱に向かった。
「はい。これが依頼の品です。中身を確認してください」
「では、失礼して⋯」
ヘルヤさんが小箱を手にし、何の躊躇(ちゅうちょ)も無く蓋に手を掛ける。
少しだけ蓋が開かれたからだろう、ヘルヤさんの手にする小箱から『魔石光(ませきこう)』が周囲に溢れてくる。
「こ、これは⋯」
蓋を机に置き、小箱の中を覗き込むヘルヤさんが、感嘆の言葉を口にした。
「素晴らしい! イチノス殿、本当にありがとう!」
溢れんばかりの笑顔。
そして俺を真っ直ぐに見つめる嬉しさに満ちた眼差し。
これこそがヘルヤさん本来のお顔なのだろう。
「ヘルヤさんに喜んで貰えて何よりです」
「まさに、兄が身に付けていた時の輝きそのままだ」
さっそくヘルヤさんは小箱から兄の形見のペンダントを取り出す。
赤髪を束ねながら、黒い紐を器用に首にくぐらせて行く。
胸元中央に魔素が充填された兄の形見の『エルフの魔石』を置き、それを両手で包む仕草をして目を瞑(つむ)った。
その姿は赤髪の乙女が祈りを捧げるようだ。
『魔石光(ませきこう)』のもたらす輝きと合間って、どこか神々しくすら思える姿だ。
暫くして、乙女の祈りを解いたヘルヤさんが、現実に戻る言葉を口にする。
「それで代金の方なのだが⋯」
「金貨100枚です(ニッコリ」
俺は準備していた言葉を口にする。
「き、金貨100枚?!」
「金貨100枚ですから、大金貨で10枚、白金貨なら1枚ですね(ニッコリ」
「⋯⋯」
ヘルヤさんが固まったところで、これまた、俺は準備していた台詞を続ける。
「と、言いたいところですが、今回はヘルヤさんの祖父様への御礼とさせてください」
「祖父への御礼?」
「はい。私の父(ランドル)の魔王討伐戦出兵に際し、ヘルヤさんの祖父様から強化鎧が贈られたと聞いております」
「あぁ、確かに祖父が贈っている」
「私の父(ランドル)は魔王討伐戦で命を落としました。ですが、出兵する父(ランドル)を思い、ヘルヤさんの祖父様は強化鎧を贈ってくれました」
「⋯⋯」
「私はその心遣に、何の御礼も返せておりません」
「⋯⋯」
「今回のヘルヤさんの兄の形見への魔素充填は、父(ランドル)の息子である私からの御礼であると考えて受け取ってください」
「い、イチノス殿⋯」
「どうか、ご理解をお願いします」
準備していた台詞を言い切ると、ヘルヤさんが身を乗り出し俺に迫ってくる。
「ありがとう! イチノス殿! 本当にありがとう!」
ガシッ!
俺は再びヘルヤさんに手を掴まれた。
しかも両手で俺の手を包みこんで握っている。
俺はヘルヤさんの手の温もりを感じながら、真っ直ぐに俺を見つめるヘルヤさんと目を合わせた。
ヘルヤさんの瞳は、嬉しさからか感動からか、目が潤んでいるのがわかる。
そんなヘルヤさんと目を合わせたまま、俺は呟く。
「こうしてヘルヤさんに手を掴まれているところを⋯」
「ん?」
「誰かに見られたら⋯」
「??」
「どんな勘違いをされるんでしょうね?(ニッコリ」
「あ! いやいや! すまん!」
ヘルヤさんの顔が一気に紅く染まり、俺の手を離してくれた。
それまで潤んでいたヘルヤさんの瞳も、今では恥ずかしさに染まっているようだ。
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