7-16 勇者なのか英雄なのか


「イチノス殿は祖父の強化鎧の礼と言われるが、私としては、いささか大きい気がする」


 そう言いながら、少し落ち着いたヘルヤさんは、俺を掴んでいた手を隠すように腕を組んだ。


「私からの祖父への御礼が大き過ぎますか?(笑」

「あぁ、かなり大きい。返しきれんぐらいだ」


「ククク ヘルヤさんとしては、恩が返しきれないと言うことですか?」

「そうだ。兄の形見を甦らせてくれたのだ。それに、イチノス殿が祖父の名を出している以上は、我がホルデヘルク工房への恩になる」


「そ、それは、ちょっと大袈裟では?」

「いやいや、そのぐらいだとイチノス殿には理解して欲しい。う~ん⋯ どうすれば返せるだろうか⋯」


 ヘルヤさんに恩に感じられるのは正直に言って重い。

 ここは少しでも和らげるべきだろう。


 こうした時には、こちらが知りたいことにヘルヤさんに答えて貰い、ヘルヤさんとしてお返しをした気分になって貰うのが良いだろう。


 俺の知らないこと、もしくは俺が知りたいことをヘルヤさんに教えて貰うのだ。


 恩が大きいと思った時には、互いに利のあることを成した思いが抱ければ、気分的にだが互いに楽になれる。


「それでは、その恩に着せて私から質問させてください」

「ん? 私への質問か?」


「私もちょっとした悩みを抱えているんです」

「イチノス殿の悩み?」


「えぇ、実はわからないことがあるんです」

「イチノス殿がわからないこと? わかった。私で答えれることであれば答えよう」


「今の勇者は誰ですか?」

「?」


 ヘルヤさんの頭上に『?』マークが浮かんだ気がした。


「実は、とある依頼で勇者を探しているのです」

「勇者を? 探している? イチノス殿が?」


 疑問符を頭上に浮かべたヘルヤさん。

 そんなヘルヤさんが、俺の言葉を区切りながら疑問符を着けて頭上に積み上げて行く。


「えぇ、今の勇者が誰かを知りませんか?」

「いやいや。イチノス殿、冗談は止して欲しいぞ。勇者と言えばランドル様だろう。ランドル様と言えば⋯」


「やはり⋯ そうした認識ですか⋯」


 ヘルヤさんが勇者=父(ランドル)の名を口にした。

 そして父(ランドル)と俺の関係を示す言葉を続けようとする。


 その付近は教会長の言葉と同じだ。

 市井では、魔王討伐戦での活躍から、父(ランドル)=勇者の認識がまかり通っている。


「魔王討伐戦で魔王軍を後退させたのはランドル様だ。イチノス殿はランドル様の⋯」

「はい。ランドルは父です」


「惜しい方を亡くした⋯」


 ヘルヤさんの語尾が小さくなる。

 俺の父(ランドル)の戦死を思ってのことだろう。

 だが、戦死したのは父(ランドル)だけではない。

 目の前のヘルヤさんも、同じ様に魔王討伐戦で兄を亡くしているのだ。


「ヘルヤさん。ヘルヤさんの兄上も魔王討伐戦へ参加されていますよね?」

「あぁ、参加したぞ。ドワーフ軍の精鋭として参加した」


「ドワーフの中では、ヘルヤさんの兄上は勇者と呼ばれないのですか?」

「兄が勇者? ハハハ イチノス殿、冗談がきついぞ」


「いえいえ、冗談ではありません。ヘルヤさんの兄上は、父(ランドル)と共に戦い魔王軍を追いやったのです。成したことは父(ランドル)と大差ありません」

「いやいや、魔王討伐戦での総指揮はランドル様と聞いている。兄はドワーフ軍の指揮に関わったやも知れんが⋯」


「それでもドワーフの視点からすれば、ヘルヤさんの兄上は勇者なのでは?」

「う~ん ドワーフの視点か⋯ 確かにイチノス殿が言わんとすることは一理あるな」


「私の父(ランドル)を勇者と言うのであれば、ヘルヤさんの兄上も勇者です」

「いや、勇者とは呼ばれん。むしろ『英雄(えいゆう)』とは呼ばれていた」


「『英雄(えいゆう)』?」


 ヘルヤさんから思わぬ言葉が飛び出した。


「兄が戦死した知らせは、ドワーフ中央府の役人が持ってきたのだが、その際に役人が口にしたのだ」

「⋯⋯」


「役人が黒い縁取りの封筒を両親に差し出して言ったんだ。『あなた方のご子息は英雄(えいゆう)です』と⋯」


 父(ランドル)が亡くなった時と同じだ。

 どこぞの役人が研究所に来て、口頭で父(ランドル)の戦死を告げてきた。

 その時に役人は『英雄(えいゆう)』の言葉を使っていた。


「ヘルヤさん。ヘルヤさんが兄上を勇者ではなく『英雄(えいゆう)』と言われるのであれば、私の父(ランドル)も勇者ではなく『英雄(えいゆう)』でしょう」

「そうとも言えるな」


 ヘルヤさんと俺は、互いに魔王討伐戦で身内を亡くした者同士だ。

 その身内が『英雄(えいゆう)』と呼ばれたり『勇者』と呼ばれることに躊躇いを抱きつつも、俺は『勇者』を掘り下げて行く。


「ヘルヤさん。ドワーフでは、勇者はどういった扱いになっていますか?」

「勇者の扱い?」


「人間の考えでは『勇者』は別世界から来た者とされています」

「おぉ、その話しは聞いたことがあるぞ。別世界から転移してきた者が、教会から勇者として認められる話だろ?」


 ん?


  別世界から

  転移してきた者を

  教会が勇者と認める?


 魔王を討伐した者が勇者じゃないのか?


「人間の世界で勇者とは別世界から来た者であること、そして魔王を討伐した者と言われています」

「そうだ。その話しは聞いたことがあるぞ。確か初等教育を受けた頃だ」


 勇者は別世界から転移してきた者であること、そして魔王を討伐した者が勇者であることはヘルヤさんと認識が合ってるぞ⋯


「ヘルヤさんの兄さんは別世界からきた⋯」

「ハハハ ありえん。イチノス殿こそ、ランドル様が実は別世界からきた者とか?(笑」


「無いです(笑」


 そこまでヘルヤさんと会話を重ねて、ヘルヤさんのティーカップが空な事に気がついた。


「おっと、すいません。御茶(やぶきた)のお代わりはいかがですか?」

「そうだ、私に淹れさせてくれんか?」


「えっ?」

「いや、前回も思ったが、その『魔法円』が気になるのだ」


 ヘルヤさんが『湯出しの魔法円』に手を伸ばした。


「これは、水出しでもなく湯沸かしでもない。以前にサノスさんが使い、今日はイチノス殿があっさりと湯を出した。それが興味深いのだ」


 ヘルヤさんは自身の前に『湯出しの魔法円』を置き、続けてティーポットに手を伸ばす。


「良いですよ。では、ヘルヤさんに湯を出して貰いましょう。茶葉を入れ換えますね」

「いや、気遣い不要だ」


 ヘルヤさんが両手をワシワシさせ、片手の指を魔素注入口に置き、もう一方の手を胸元の『魔石』に添えた。


「ヘルヤさん、欲しい湯の温度を強く意識してください」

「おぉ、おう」


 急に声をかけられヘルヤさんが一旦魔素注入口から指を離す。


「イチノス殿。もしかして、この『魔法円』は湯温が自在なのか?」

「ヘルヤさんの思いのままです(笑」


「わかった。自在なのだな?(笑」


 そう告げて再びヘルヤさんが魔素を注ぐ姿勢をして小さく呟いた。


「ぬるめの湯が欲しい」


 『湯出しの魔法円』に魔素が流れるとティーポットからわずかに湯気が昇る。


「このぐらいだな」


 ティーポットを覗き込んだヘルヤさんが、魔素注入口から指を離す。


 俺とヘルヤさんのティーカップを並べ、先ほどの俺を真似て、濃さが同じになるようにヘルヤさんが御茶(やぶきた)を淹れて行く。

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