7-17 正しい問い掛け


 ヘルヤさんは、お代わりの御茶(やぶきた)を飲みながら『湯出しの魔法円』の購入を問い掛けてきた。


 しかし、今現在は『湯出しの魔法円』の現物が切れている事を伝え、予約としてもらう。

 サノスに伝えて頑張って描いてもらおう。


 お代わりの御茶(やぶきた)を飲み終えたヘルヤさんは、トイレを済ませ、冒険者ギルドへ向かう意思を示してきた。


 ヘルヤさんを見送るため二人で店先へと出る。


「それでは、ここで失礼する」

「この後はギルドですね?」


「そうだな。ベンジャミン殿に頼んでくるぞ。イチノス殿、充填の件は本当に助かった」

「いえいえ。こちらこそ、ヘルヤさんから勇者の話が聞けて良かったです。それではお気をつけて」


 店先で見送ったヘルヤさんは、若干の急ぎ足で冒険者ギルドへ向かって行った。


 ヘルヤさんの見送りを終えた俺は店舗へ入り、店の出入口の扉に内鍵を掛ける。

 『閉店』の看板を出したままで出入口の窓のブラインドを落とした。

 ついでに店舗の窓のブラインドも落とし、店の外からの明かりを遮った。


 続けて作業場に戻り、ヘルヤさんのもてなしに使ったティーポットやカップを台所へと運ぶ。

 それらの洗い物をしながら思考を巡らして行く。


 ヘルヤさんと交わした『勇者』に関する話は、少し考えさせられる。


 ドワーフ族の中では、ヘルヤさんの兄は今でも『英雄(えいゆう)』と呼ばれているらしき話を聞き出せた。

 それに対して父(ランドル)は、俺の知る限り、市井では『勇者』と呼ばれている。


 最初は父(ランドル)もヘルヤさんの兄も『英雄』と呼ばれていた。

 国の役人が戦死を伝えに来た際に、はっきりと『英雄』と口にしていた。


 それが今では父(ランドル)だけが『勇者』と呼ばれていることに、強く違和感を覚える。


 これは人間種とドワーフ種という、種族的な違いなのだろうか?


 父(ランドル)が人間種であることから『勇者』と呼ばれているのだろうか。

 ヘルヤさんの兄はドワーフ種族であることから『勇者』とは呼ばれず『英雄』と呼ばれているのだろうか。


 だが、ヘルヤさんは父(ランドル)を『勇者』と表現していた。

 人種的な違いが関係するのだろうか?


 洗い物を終えて2階の書斎へ向かう。

 書斎扉の魔法鍵を解除して中に入り、書斎机の椅子に座り『魔石指南書』を手にして『勇者の魔石』のページを開く。


──

◆勇者の魔石


概要

 一般的に、人間種族における勇者の血筋を有する者の『魔素』を含んだ『魔石』を『勇者の魔石』と呼ぶ。


 人間種族以外でも、その種族において勇者と呼ばれる者はおり、その者の血筋を有する者の『魔素』を含んだ『魔石』は、該当種族において『勇者の魔石』と呼ばれることがある。

──


 『魔石指南書』の記載が正しいとすれば、人種的に『勇者』の呼称を得るのに人間種もドワーフ種も差がないように感じる。


 誰が父を『勇者』と称したのかを考える。


 ヘルヤさんは言っていた。


〉別世界から転移してきた者が

〉『勇者』として教会から認められる


 『勇者』と認定するのは教会なのか?


 別世界から転移して来た者を教会が『勇者』と認定する。

 『勇者』と認定された者が魔王討伐に向かう⋯


 いやいや。

 何か流れに凄く無理を感じる。


 父(ランドル)は別世界から来た者ではない。

 そんな話を誰からも聞いたことがない。


 父(ランドル)は教会から『勇者』とは認定されていない。

 父(ランドル)が教会から『勇者』と認定されたなんて話を、俺は誰からも聞いたことは無い。


 そんな父(ランドル)が魔王討伐戦へ行き魔王軍を退けた。

 それを国は『英雄』と呼んだ。


 ここまではヘルヤさんの兄と同じだ。


 国は『英雄』と呼んだが、どこかでそれが『勇者』に呼び変えられている。


 誰が呼び変えたのだ? 


 父(ランドル)は魔王軍を退かせはしたが、実際に魔王を討伐したわけではない。


 それなのに、市井では父(ランドル)は『勇者』と呼ばれている。


 ヘルヤさんの兄も同じなのに『英雄』とは呼ばれるが『勇者』と呼ばれないのは何故(なぜ)だ?


 『勇者』を認定するのは教会だよな?

 『勇者』を認定する教会は、市井で父(ランドル)が『勇者』と呼ばれることを気にしないのか?

 教会が『勇者』として認めていない者が『勇者』と呼ばれているのを気にしないのか?


 ダメだ!

 思考が巡るだけで何も見えてこない。


 それに俺が求めているのは、今現在、生きている『勇者』だ。

 父(ランドル)もヘルヤさんの兄も既に亡くなっているのだ。


 目を瞑り、今の状況を整理する。


 今現在、勇者と呼ばれる人物には行き着いた。

 だが、現在は亡くなっている。

 その人物とは父(ランドル)だ。


 今現在、教会から認められた、生きている勇者は誰か?


 そう考えることで、俺が求める物と言うか問うべき言葉が、ハッキリとして来た。


 さて、この問い掛けに答えれそうな人物は誰か。

 この問いの答を知っていて、明確に答えられるのは誰か?


 やはり、西町教会長のベルザッコ・ルチャーニだろう。

 教会長は、俺との更なる対話が必要であれば、日を改めて時間を作ることも可能だと告げていた。


 やはり、俺の求める答えを得る相手は、西町教会長のベルザッコ・ルチャーニだろう。


 そこまで考えが纏まったところで、急に眠気に襲われた。


 俺は椅子を倒して、軽く仮眠を取ることにした。



 あぁ~

 やはり広い湯船は良いぞ。


 蒸し風呂を楽しみ、水風呂で体を冷まし、今は改めて大きな湯船に浸かっております。


 あの後、空腹で仮眠から目が覚めた俺は、そのまま寝室で寝直すことも考えた。

 だが、空腹に負けてしまい、どうせならとタオルを片手に風呂屋へ向かうことにした。


 今日も風呂屋で仕上げて、大衆食堂でエールを味わう、お決まりのコースだ。


 俺はこの後の楽しみを思いながら湯船に浸かり、仮眠前の続きを考えて行く。


〉今現在、教会から認められた、

〉生きている勇者は誰か?


 教会長へ問い掛ける言葉は決まった。

 後は教会長に時間を確保してもらい、対話の中で答を聞き出すだけだ。


 そうだ。

 どうせ、大衆食堂に行くなら、冒険者ギルドで西町教会長宛に先触れとして伝令を出すか?

 教会長に俺と対話するための時間を確保してもらう伝令を出すか?


 いや、明日の昼過ぎに、教会長は俺に代わってポーションの仕上げのために冒険者ギルドに来るはずだ。


 その時を狙って、教会長に対話する時間が欲しいことを伝えれば良いだろう。


 風呂屋を後にした俺は、出来上がった体にエールを補給するために大衆食堂へと足を向ける。

 大衆食堂へ入ると、給仕頭の婆さんが出迎えてくれた。


「いらっしゃ~い イチノスさんをごあんな~い」


 店の奥へ声を掛ける婆さん越しに店内を見れば、客が一人もおらず、昨晩と同様の景色だ。


「エールと⋯」

「串肉だね?」


 婆さんが先回りで注文を決めてくれる。


 婆さんが運んできてくれたエールと交換で銅貨を渡したら、風呂屋で出来上がった体に一気にエールを流し込む。


 う~ん。

 風呂上がりのエールが旨い!


「お代わりは?」

「串肉と一緒にお願いできるか? 出来れば夕食も取りたいんだ。何かあるかな?」


「無いね」


 婆さんが断言してきた。


「明日の討伐も決まったから、今日は早じまいしようと思って夕食のメニューが無いんだよ」


 そう言いながら婆さんが厨房へ向かう。


 そんな婆さんの背中を見ながら、俺はジョッキに少しだけ残ったエールを飲み干した。

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