王国歴622年5月20日(金)
8-1 サノスがポーション作りを教えるそうです
階下のガタガタする音で目が覚めた。
「師匠! 起きてますかぁ~」
サノスの声が聞こえる。
ベッド脇の置時計を見れば、昨日と同じ8時前だった。
カーテン越しの外光は既に明るく、しっかりと日が昇っている感じがする。
どうやら天気は悪くない感じだ。
再び階下からサノスの声がする。
「師匠! 起きてます~?」
「起きてるぞ~」
着替えを済ませ階下へ降りて行く。
たまった尿意を済ませ作業場へ行くと、御茶(やぶきた)を淹れようとするサノスの姿が見えた。
「サノス、おはよう」
「師匠、おはようございます」
朝の挨拶を終えて顔を上げたサノスには、ヤル気に満ちた雰囲気が伺える。
作業場のいつもの席へ座ると、俺のマグカップに御茶(やぶきた)を淹れて出してくれる。
サノスもいつもの席に座り、自分で淹れた御茶(やぶきた)に口を着けて一息入れた。
そんなサノスが真っ直ぐな眼差しで俺を見てきた。
「師匠、相談があります」
「ん? 朝から何だ?」
「暫くの間、店番ができない可能性があります」
「? 何だ? 何かあったのか?」
「こうして朝は来れますが、昼からは冒険者ギルドへ出向こうと思うので、店番ができないんです」
なるほど。
朝は店へ来て店番はできるが、昼からはポーションの原液作りで、冒険者ギルドへ出向くのが続くということか。
「昼からは、煮出しや漬け込みを冒険者ギルドでやるから、店番が出来ないということだな?」
「それだけじゃないんです⋯」
「それだけじゃない?」
「昼から冒険者ギルドで後輩にポーション作りを教えたいんです」
「後輩にポーション作りを教える?」
「えぇ、初等教室の後輩、見習い冒険者達にポーションの原液作りを教えたいんです」
「サノス、ちょっと待て。もしかして、また、ギルドから指名依頼を受けたのか?」
サノスの話を聞いて、俺は妙な心配をしてしまった。
初等教室の後輩に教えるとはいえ、冒険者ギルドでやるとなると、再び未成年のサノスに指名依頼が出されたのか?
「指名依頼は私じゃなくて教会長です」
「教会長?」
「はい、教会長がギルドから指名依頼を受けたんです」
まあ、それはあり得る話だな。
ポーション作りは教会関係者なら可能な話だ。
教会長が見習い冒険者にポーションの原液作りを教えるのは、妥当な話だといえる。
けれども、教会長がギルドから指名依頼を受けて、どうしてサノスが教えるんだ?
「それで、教会長から助手を頼まれて⋯」
「⋯⋯!」
これは教会長から俺へのお返しだ。
サノスが作ったポーションの原液に、俺が回復魔法を施してポーションに仕上げた。
その回復魔法分のギルドからの支払いは、教会への寄付とするようにお願いした。
その寄付へのお返しだ。
教会としてポーション作りの全てを指名依頼で受けることも可能だ。
だが、ポーションの原液作りと最終工程の回復魔法、これを教会長が切り分けることに同意したのだ。
しかも、冒険者ギルドの新たな常設依頼である、見習い冒険者によるポーションの原液作りに共感してくれたのだろう。
そのポーションの原液作りでサノスを助手に起用することで、俺からの寄付の礼を返す考えだ。
教会長=ベルザッコ・ルチャーニ。
中々、粋な計らいだぞ(笑
「俺は構わないぞ」
「えっ! 良いんですか?!」
「俺としては、昼からのサノスの店番を当てに出来ないだけだろ?」
「いえ、そうじゃなくて⋯ 私がポーション作りを教えても良いんですか?」
サノスは何の心配をしているんだ?
「父と母に相談したんです」
「相談した? ワイアットやオリビアさんから、何か言われたのか?」
「『お前は魔導師イチノスに弟子入りしたんだ。ポーション作りは魔導師の仕事だ。それをサノスが他の誰かに教えるなら、イチノスの許可が必要だ』」
はいはい。ワイアットの真似ですね。
「『そうね。まずはイチノスさんの同意が必要ね』」
はいはい。今度はオリビアさんの真似ですね(笑
「師匠、どうしたら良いですか?」
「ククク サノス、心配するな」
「心配するな?」
「サノスはどうしたいんだ?」
「私ですか? 私は⋯ 皆に教えたいです⋯」
少し尻すぼみに答えるサノス。
自信が無いのか?
それとも俺から止められると思ってるのか?
いや、もしかしたら、ロザンナのことを考えているのか?
「サノス、落ち着いて聞けよ」
「⋯⋯」
「サノスが教えるのは、あの教科書に基づいた『サノスのポーション』の作り方だ。この事は前にも話したよな?」
「⋯⋯」
「見習いだが魔導師のサノスが教えるのは『イチノスのポーション』の作り方じゃないだろ?」
「⋯⋯?」
サノスは黙ったままで、若干、首を傾げ始めている。
俺の説明が難しすぎたか?
「俺のポーションの作り方を、サノスが後輩に教えるというなら、俺はサノスを止めるだろう。だが、サノスが教えるのは『サノスのポーション』の作り方だろ?」
「えぇ⋯ そうです⋯」
「それに、サノスなりに後輩やロザンナにポーションの作り方を覚えて欲しいんだろ?」
「はい、覚えて欲しいです。ロザンナみたいに冒険者に向かない後輩も⋯」
やはりサノスはロザンナのことも考えているな⋯
「サノスが教えることで、冒険者以外の道を考える後輩もいるというわけだ」
「えぇ、少しでも切っ掛けになればと思ってます」
正直に言ってサノスの言葉に温かいものを感じる。
そこまでサノスが後輩のことを考えているとは、俺の想定を上回っている。
「教科書どおりの作り方を『サノスのポーション』として教えるのは、何の問題も無いぞ」
「けど⋯ 店は大丈夫なんですか?」
サノスが妙なことを聞いてきた。
「サノスは何が心配なんだ?」
「もしも、もしもですよ⋯ ゴニョゴニョ」
サノス、もっとハッキリと言え。
何を言ってるかわからないぞ。
「師匠の作るポーションが⋯ 店のポーションが売れなくなったら⋯」
「はい?」
下を向いたままサノスがゴニョゴニョと言って来た。
店のポーションが売れなくなる?
もしかして、サノスはポーションの作り方を教えることで、店のポーションが売れなくなることを心配しているのか?
「はーん。サノスはそんな心配をしているのか?」
「だって~ もしもですよ、師匠より良いポーションが出来たら、店のポーションが売れなくなるかも⋯」
「ククク サノス、本気で言ってるのか? サノスが教科書の通りに教えて、俺より良いポーションが出来ると本当に思ってるのか? ククク」
サノスの心配していることに、俺は思わず笑ってしまった。
「し、師匠、笑い過ぎです!」
「いやいや、スマン。ククク」
「⋯⋯」
サノス。
どうして目を細めた顔で俺を見るんだ?(笑
サノスは目を細めた顔で俺を見てくるが、それを無視して俺は言葉を続ける。
「その点については気にするな。俺が作るポーション、店で売っているポーションが上級なのはサノスも知ってるだろ?」
「それは知ってますけど⋯」
「なら、サノスはそんなことを気にするな。むしろ、今のサノスは『どうすれば上級ポーションを作れるか』を考えるべきじゃないのか?」
「???」
サノス。
なぜ目を細めたままで首を傾げる?
「サノスは上級ポーションの作り方を知ってるのか?」
「えっ?」
「今のサノスは、教科書どおりにポーションの原液を作れる程度だ。この先もそのままなのか?」
「えっ? えっ?」
俺の言葉で、ようやくサノスは普通の顔に戻ってくれた。
暫く考えを巡らせたサノスが食い付くように問い掛けてきた。
「師匠! 私は師匠からポーション作りを教わっていません」
「うん。そうだな。俺はサノスにポーションの作り方を教えていないな」
食い付き気味のサノスに俺は笑顔で冷静に答える。
「師匠は弟子に上級ポーションの作り方を教える気はないんですか?」
「今日は何日だっけ?」
「えっ? 今日は⋯ 20日ですけど?」
「なら、9日後の29日に作るから、その時に教えてやるよ」
「き、今日はダメですか?」
「ククク 今日は無理だな。薬草が手元にないからな(笑」
「⋯⋯」
悩んでる悩んでる。
ここでもう一歩、踏み込んでみるか。
「サノス、そんなに慌てるな。それに俺から教わると、俺から教えられた方法は、今後一切、誰にも言えなくなるぞ(笑」
「あっ!」
おっと。
サノスは何かに気付いたようだ。
「例えば後輩に教えるなんてできなくなる。俺の上級ポーションの作り方は『イチノスのポーション』の作り方だ。サノスが誰かに教えるなんて『もってのほか』だな」
「う、う~ん⋯」
やはり今のサノスは、俺から上級ポーションの作り方を教わったら、すぐに試したり後輩に喋りそうだ。
「サノスに、そうした覚悟が出来たら教えてやるよ(笑」
「そ、そうですね⋯」
よしよし。
サノスがいくらか納得したようだ。
今回のことで、サノスがポーションの作り方をどう扱うかを考える切っ掛けになれば良いな。
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