王国歴622年5月27日(金)

15-1 調査隊 二日目の朝

王国歴622年5月27日(金)

・魔物討伐9日目 ⇒ 一時延期

・薬草採取解禁(護衛付き)

・調査隊2日目


 鳥たちの鳴き声が耳に届き目を覚ます。


 朝の静けさの中で、鳥たちの囀(さえず)りが自然の目覚まし時計のように起こしてくれた。


 東方の森はうっすらと明るく、木々の間から昇ろうとする太陽からの陽が、今にも差し込みそうな感じだ。


 新しい一日が始まる。

 今日の古代遺跡探索に、若干だが心が躍る自分を感じる。


 まずは夜の立番を交代でしてくれたワイアット達へ、朝の挨拶と共に感謝を伝えよう。


 ワイアット達の行方を追おうとすれば、二人分のイビキが聞こえてくる。


 そのイビキで昨夜の事を思い出した。

 昨夜は、このイビキが気になって寝付けなかったのだ。


 森から聞こえる葉音に混ざって奏でられる、ブライアンとワイアットのイビキは合唱状態だった。


 それでもなんとか寝付けそうな頃に、アルフレッドがワイアットを起こす声で軽く目も覚めた。


 その後にブライアンがワイアットに起こされたのだろうが、その付近は俺には記憶がない。


 そういえば朝方の立番をしているブライアンは⋯

 やはりというか当然というか、古代遺跡の石扉の隙間から中を覗こうとしていた。


 イビキをかく二人を起こさないように起き上がり、足音を忍ばせながらマントを羽織ったままでブライアンの元へと向かう。


 そんな俺に気が付いたのか、ブライアンが振り返って俺を見てきた。

 その顔は少しバツが悪そうだ。


「おはよう、ブライアン」


 ここならば寝ている二人を起こさないだろうと思い、声に出してブライアンへ朝の挨拶を贈った。


「おう、イチノス、おはよう」


「どうだ? 中が見えるか?」


「いや、無理だな」


 そう告げるブライアンの向こう側には、朝陽に照らされようとする石扉と、それを閉じている石板が昨日と同じ姿を見せている。


 俺は昨日のワイアットとの話をブライアンへ問い掛けることにした。


「ちょっとブライアンに聞きたいんだが、良いかな?」


「ん? なんだ?」


「昨日の夜、ワイアットと話したんだが、この古代遺跡はダンジョンと関係があると思うか? ブライアンの正直な気持ちが知りたい」


「あぁ⋯ その話しか。朝から随分と真っ直ぐに聞いてくるな(笑」


「どうなんだ? ブライアンもダンジョンが関係していそうな気がするか?」


「俺はダンジョンが関係していると思っている。半分は願望かもしれないが、これは本音だ」


「そうか、ブライアンはそういう感じか(笑」


「イチノス、これは『冒険者稼業』の考えだと思って聞いてくれ」


 ん? 『冒険者稼業』の考え?


「古代遺跡のお宝とダンジョンのお宝、その両方が手に入れば最高だと思わないか?」


 なるほど、そうした考え方もあるよな⋯

 そう思っていると、ブライアンが俺に向かって歩み寄って聞いてきた。


「もしかしてイチノスは、ダンジョンには興味は無いのか?」


「う~ん どちらかと言うと興味は薄いな(笑」


「そうか、イチノスはダンジョンには興味無しか⋯」


「だが、皆無と言えば嘘になる。ダンジョンの魔物から獲られる魔石は店でも扱っているからな」


「魔石か⋯ やはりイチノスの店にもダンジョン産の魔石が入ってくるのか?」


「ランドル領のダンジョンで獲られた魔石なんかは店に置いてるな」


 これは事実だ。

 開店時に揃えた魔石は、ランドル領のダンジョンで獲られた魔石だ。


 今春の討伐で獲られた魔石も冒険者ギルドから仕入れたが、店の在庫の半分は開店時に仕入れたランドル領のダンジョン産だ。


 そんな話をしながら天幕付近へ目をやると、人影が動いているのが見えた。

 どうやらアルフレッドが起きたようだ。


「起きたみたいだな」


 ブライアンが呟きつつ周囲を見渡す。


「ブライアンは朝方に起きて、そのままなのか?」


「俺か? ワイアットと交代してそのままだな。まあ、いつもの事だよ(笑」


「すまんな。俺だけ寝かせてもらって」


「カカカ 気にするな。ワイアットやアルフレッドと野営するといつもの事だ」


 そんな会話をしながら天幕へと足を進める。


 改めて周囲を見渡せば、昨日と変わらず魔の森がそこに座っている。


 昨日と違うのは、その深い森の隙間から朝陽が昇ろうとしていることぐらいだ。


 ふと振り返って見れば、魔の森から抜けてくる朝陽が、古代遺跡の石扉をしっかりと照らそうとしていた。


 ブライアンと共に天幕の脇へと戻ると、既にアルフレッドが火を起こしてスープを作り始めていた。


 アルフレッドへ声を掛けようとすると軽く手で制しつつ、そのまま口の前へ一本の指を立てた。

 そのまま反対の手で天幕の奥を軽く指差してきた。


 そんなアルフレッドが指差す先には、天幕の下でワイアットが朝陽を避けるような姿勢で寝息を立てている。


 これはワイアットを起こすなと言う合図だと気付き、俺とブライアンはアルフレッドへ目で軽く頷く。


(夜の立番は中番が一番辛いんだ)


 ブライアンの呟きに俺は軽く頷く。


 仮眠して起こされて、朝方に再び仮眠するのだ。

 しっかりとした長めの睡眠を一度に取れず、辛いことは理解できる。


(おはよう、アルフレッド)


(おう、おはよう)


(俺だけ寝かしてもらってすまんな)


(気にするな⋯)


 そうしたやり取りをしつつも、アルフレッドは器用な手付きで干し肉を千切りながら鍋へと入れて行く。

 その鍋には昨夜の残りのイモが数個見えていた。

 どうやら朝食は昨夜と同じメニューのようだ。


 俺はアルフレッドが朝食用のスープ作りの手を休めた所で声を掛ける。


(アルフレッド、ちょっと話せるか?)


(ん?)


 アルフレッドが首を傾げ、促すようにブライアンが目で合図をしながら手を伸ばす。


 ブライアンの仕草に気が付いたアルフレッドは、鍋をかき混ぜていた木製のスプーンをブライアンへ手渡して立ち上がった。


 俺はアルフレッドと共に暫く歩き、焚き火と天幕から離れ、声を出しても良さそうな場所へと向かう。


「イチノス、なんだ? 何かあるのか?」


「あぁ、アルフレッドの意見を聞きたいんだ」


「ん? 朝からどうしたんだ?」


 訝しげにアルフレッドが聞いてくるが、俺は構わずに切り出した。


「昨日の夜にワイアットにも聞いたし、さっきもブライアンに聞いたんだが⋯」


「⋯⋯」


「アルフレッドは、あの古代遺跡がダンジョンに関係していると思うか?」


「!⋯」


 一瞬、驚きを顔に見せたアルフレッドだが、暫く黙った後に口を開いた。


「イチノスは、二人から聞いたんだな?」


「あぁ、ワイアットとブライアンから、それぞれ聞かせてもらったよ」


「二人は何と言ったんだ?」


 そう言いながらアルフレッドは天幕へと目をやる。

 俺は正直に答えることにした。


「ワイアットもブライアンも、この古代遺跡はダンジョンに関係していると考えているようだし、そうした期待をしているようだ」


「そうか⋯」


「アルフレッドも同じ感じか?」


「う~ん⋯ 同じで良いが⋯」


 アルフレッドが続きを告げそうな感じで言葉を止めてきた。


「二人が期待しているなら、それで良いんじゃないか?(笑」


 そこまで告げたアルフレッドが微笑んだ気がする。


 そんなアルフレッドの含み笑いを見て、俺もどうするかを少し考える必要があると感じた。


 何よりも、あの石扉の奥にダンジョンに関わる何かが見つかった時に、3人はどうする気なのか?


 その時に俺はどうするのか?


 そうした事を何も決めないままで、3人と共に古代遺跡へと入って行くのは漠然とした不安を感じてしまう。


 正直に言って、俺はダンジョン探索については、一切の興味は感じないのだ。


 既に俺は石扉に填め込まれた魔法円を描き換え、この調査隊での役目は終えているとも言える。


 冒険者である3人が抱くダンジョンへの興味に釣られ、挙げ句にダンジョの調査まで協力するのは、踏み込み過ぎている気がするのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る