2-8 ちょっとした手品
ヴァスコとアベルを店の奥の作業場に案内して座らせた。
ワイアット 俺
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┃ ┃
サノス┃ ┃
┃ ┃
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ヴァスコ アベル
俺の右側にワイアットを座らせ、机を挟んで反対側にヴァスコとアベルを座らせる。
サノスには申し訳ないが、椅子が足りないので立ったままだ。
そんな状況でワイアットと互いに目配せし、まずは俺が口を開く。
「昨日も言ったが、俺の店で大声は禁止だ。出禁になりたくなければ静かに話せ。わかったな?」
「「コクコク」」
頷いた二人の前に、メモ用紙と鉛筆を差し出す。
「これからワイアットが大切な話をする。その話を忘れたくないならメモを取れ」
二人が慌てたようにメモ用紙と鉛筆を手に取った。
その様子を見て、ワイアットが口を開いた。
「先ほども言ったが、口外禁止だ。ここに居る以外の誰にも知られるな。親にも兄弟にもだ。そうした覚悟ができたら⋯ 『静かに』返事をしろ」
「はい「誰にも喋りません」」
微妙に二人でハモる。
その返事を待ってワイアットが続ける。
「この先、俺の耳に二人が『魔素』を使えると噂が聞こえたら、俺はその場でギルドの保証人登録を降りる」
「「!!!」」
ワイアットの言葉に、ヴァスコとアベルが固まった。
立って聞いていたサノスがピクリとして姿勢を直した。
「俺がお前ら二人の保証人を降りたと周囲に知れたら、お前らはどうなると思う」
「「⋯⋯」」
ヴァスコとアベルは固まったままで身動き一つしない。
「お前らが『魔素』を使えると噂が立って、その後に俺が保証人を抜けたらどうなると思う?」
「「ゴクリ」」
ワイアットの言葉にヴァスコとアベルが息をのむ。
「お前らに近寄る奴らが出てくるだろう。そう言う奴らは、お前らを利用することしか考えてない奴らだ」
「「!!!」」
「お前らはそうしたやつらに餌食にされ、水筒代わりにこき使われ、最後は『魔力切れ』して野垂れ死にするだろう」
「「⋯⋯」」
ワイアットの言葉に二人が固まり続ける。
サノスに目をやれば、一緒に固まっていた。
ワイアットのヴァスコとアベルを諭す話が、サノスにも効果があれば良いなと思っているとワイアットが俺に振ってきた。
「イチノス、二人が『魔素』を使える話をしてくれ」
ワイアットの言葉を受けて、俺は二人に話し掛けた。
「ヴァスコにアベル、二人には『体内魔素』を使える素養がある」
「「???」」「えっ?!」
ヴァスコとアベルが首を傾げて、サノスが驚きの声を上げる。
その声に再びサノスに目線をやれば、慌てて自分の口にメモを当て、軽く頭を下げて『すいません』と小声で呟いた。
俺はヴァスコとアベルに視線を戻して話を続ける。
「二人は『魔石』と『魔法円』を知ってるよな?」
「はい、知ってます。家の台所で母が使ってます」
「俺の家も同じです」
なるほど。
ヴァスコとアベルの実家には、台所で使う家庭用の『魔法円』があり、それを使うための『魔石』が置いてあるのだな。
「二人の家にある『魔石』は何だ?」
「俺の家はオークです」
「俺の家のもオークだと思います」
「二人の家にある『魔法円』は何だ?」
「「水出しです」」
二人が揃って答えた。
俺の問い掛けはさらに続く。
「昨日、二人は『魔石』と『魔法円』を使った事があると言ってたが、家にあるのを使ったんだな?」
「「コクコク」」
「『魔石』と『魔法円』を使えば水が出せるんだな?」
「「はい、出せます」」
ここまでは一般的な人々の状態だ。
『魔素』を含んだ『魔石』と『魔法円』を使えば、『魔法円』に描かれた目的である『水を出す』事が可能なのだ。
その際に使う『魔法円』は『神への感謝』が描かれた物で、家庭用のとも一般用とも言える『魔法円』だ。
「では、聞くが『魔石』無しで二人は水を出せるか?」
「「????」」
二人が首を傾げて俺を見てきた。
「サノス、お手本に使った『水出しの魔法円』を出してくれるか? それと⋯ 片手鍋とティーカップが欲しいな」
「はい!」
俺の声に反応して、サノスが棚からお手本にした『水出しの魔法円』を作業机の上に置いてくれた。
続けて台所から母(フェリス)が来た時にも使った片手鍋と、先程、食後にハーブティーを飲む際に使った、ティーカップを持ってきてくれた。
「サノス、ありがとう」
俺が礼を言うとサノスが笑顔をみせる。
だが、ヴァスコとアベルは机の上に置かれた『水出しの魔法円』で緊張が始まり、その上に置かれたティーカップをじっと見つめるだけだ。
「ヴァスコ、この『水出しの魔法円』で水を出してくれるか?」
「あの⋯ イチノスさん⋯ 『魔石』が無いんですが?」
俺の問い掛けにヴァスコが困ったような顔を向けてくる。
「おお、そうだな。ワイアット『魔石』を持ってるか?」
「あるぞ。これでいいか?」
そう言ってワイアットが首の紐を手繰り、小さな袋を出してきた。
俺は机の上に置かれた『水出しの魔法円』とティーカップを脇によけ、目の前にわざと場所を作る。
「中を見ても良いか?」
「いや、待ってくれ。大事なものが入ってるんだ(笑」
そう言ってワイアットが小さな袋の中から、指輪を取り出した。
「結婚指輪だ。依頼中は何があるかわからんからな(笑」
ワイアット、そこまで笑うのは照れ笑いか?
ワイアットは取り出した指輪をはめ、紐を首から外して渡してきた。
俺はそれを受け取り、先程、机の上に作った場所で、ヴァスコとアベルに見えるように、小さな袋の中から『魔石』を取り出す。
取り出した『魔石』を右手の親指と人差し指で挟み、窓の方に向けて外からの陽射しにかざすように見る。
それで何かが見えるかと言えば⋯
見ようと思えば見えるが、今は見ない。
むしろここに居る全員の視線が『魔石』に集まるようにしただけだ。
俺は皆の視線が集まった隙に、ベストの左ポケットに隠していた小石を握り込む。
陽射しにかざした『魔石』を手元に戻した際に、机の下で小石と『魔石』を素早く入れ換えた。
きっと、今の入れ換えはヴァスコとアベルには見えていないだろう。
俺の隣に座るワイアットには見えているはずだ。
入れ換えた小石を小さな袋に入れ、あたかもワイアットから受け取った状態に戻したようにして机の上に置く。
ヴァスコとアベルの視線が小さな袋に向かった際に、左手でヴァスコとアベルの前に差し出して、さらに視線を集めて二人に声をかける。
「ここにワイアットから借りた『魔石』がある」
俺はそう言いながら、右手に隠し持った『魔石』を机の下でワイアットに渡す。
ワイアットが察して受け取ってくれた。
これで机の上の小さな袋には、ワイアットが店の外で拾ってきた小石しか入っていない。
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