2-9 二人で体験
「ヴァスコ、ここに『水出しの魔法円』とワイアットが貸してくれた『魔石』がある。これなら水を出せるな?」
「はい。やってみます」
そう言ってヴァスコがワイアットから借りた小さな袋を手にし、もう一方の手を『水出しの魔法円』に添えた。
「いきます」
(すぅ~はぁ~)
返事をしたヴァスコが軽く深呼吸をして集中する。
だが『水出しの魔法』に乗ったティーカップには何も起きない。
「どうしたヴァスコ? 水が出ないぞ?」
「ちょ、ちょっと待ってください⋯」
「『魔法円』に『魔素』を流すことを意識しろ」
「はい、行きます」
(すぅ~はぁ~)
再び、ヴァスコが深呼吸して意識を集中した。
(うぅ~んうぅ~)
唸るような声をヴァスコが出すと、ティーカップにうっすらと水が湧いてきた。
「はぁ~ これが限界です⋯」
ヴァスコが集中を解いて椅子にもたれ掛かるように背を預けた。
俺はティーカップの水を片手鍋に入れ、ティーカップに何も残っていないことをアベルに見せる。
「さて、次はアベルだ。アベルも『水出しの魔法円』と『魔石』は経験があるよな?」
「はい。あります」
そう言ってアベルがワイアットから借りた小さな袋を手にし、もう一方の手を『水出しの魔法円』に添えた。
「ヴァスコのように『魔法円』に『魔素』を流すことを意識しないと水が出ないぞ」
「はい、意識します」
(すぅ~はぁ~)
「うぅ~んうぅ~ん」
アベルがヴァスコより大きめで、唸るような声を出すと、ティーカップにうっすらと水が湧いてきた。
「はぁ~ 出来ましたけど⋯」
アベルが集中を解いて、ヴァスコと同じようにぐったりと椅子の背もたれに体を預けた。
「ヴァスコもアベルも頑張ったな」
「イチノスさん「ありがとうございます」イチノスさん」
俺が二人に声をかけると、二人とも椅子に座り直して微妙なハモリ方で返事を返してきた。
その返事を聞きながら、俺は二人が使った小石の入った小さな袋をワイアットの前にそっと移動した。
「ワイアット、こんな感じだ」
「こんなやり方があるとは⋯正直、驚いたよ。二人ともどうだった?」
俺がワイアットに問い掛けると、ワイアットは驚きの返事をしつつも、ヴァスコとアベルに声をかける。
「ワイアットさん、上手く出来なくてスンマセン。前にやった時は、家だともっと上手く出来たんです!」
ヴァスコが最初に水を出せなかったのを言い訳するように語ってくるが、微妙に語尾が煩い。
「僕もです。何か力んじゃいましたけど、家でやった時はもっと上手く出来たんです!」
アベルも力んだ事が恥ずかしかったのか少し言い訳口調で、やはり語尾が煩い。
「わかった。二人が水出しが使えることはわかったから、声を荒げるな」
ワイアットがそう言って俺を見てくる。
俺はアベルに問い掛ける。
「まずはアベル、今の水出しだが『魔法円』に『魔素』を注入するのを、かなり意識したか?」
「はい、しました。ヴァスコが最初に出なかったんで⋯」
「アベル、ズルいぞ」
「ヴァスコ!」
俺がアベルに問い掛けると、アベルがヴァスコの名を出した途端に、ヴァスコが割り込んできた。
それをワイアットが叱る口調で注意した。
「ヴァスコ、よく聞け。人が話している時に割り込むのは失礼なことだぞ。自分の名前が出たら尚更だ。まずは人の話を最後まで聞け。そして何を言いたいのか考えろ。割り込むのはその後だ!」
「す、すいません⋯」
ワイアットの若干煩い説教をヴァスコが素直に聞いたので、俺はアベルに問い掛けを続ける。
「アベル、どんな感じだった? 『魔法円』に『魔素』を注ぐ際に、体の中や『魔法円』に触れた指先に何かを感じたか?出来るだけ具体的に話してくれるか?」
俺は自分の胸や自分の手、そして指先をアベルが見るように視線を誘導しながら、ゆっくりと問い掛けた。
「イチノスさん、それなんですけど意識を集中したら⋯」
「どうなった?」
「最初に体の中から指先に何かが移動するのがわかったんです」
「うんうん」
アベルが俺の身振りを倣(なら)うように自身の胸を指差し、その指を肩から腕へと這わして移動して行く様子を話す。
「その何かが指先から『魔法円』に入ったのがわかった途端に、今度はこの『魔法円』から引っ張られる感じがしたんです」
「うんうん⋯それでどうなった?」
俺はアベルの話しに頷き、先を話すように促してみる。
「『魔法円』に引っ張られてるのは何だ? 体の中を移動するのは何だ? 何が引っ張られてるんだ? そう思ったら集中が途切れてしまって」
「そうか⋯ 驚いたのか?」
「ええ、お驚きました。『何だこれは?!』みたいな感じです」
「わかった。ありがとう」
俺はアベルにそう告げて、先程渡したメモ用紙と鉛筆を指差す。
「アベル。今の話を、その引っ張られた何かが、どう動いたかをメモ用紙に書いてくれるか?」
「はい、これに書けば良いんですね」
そう言ってアベルがメモ用紙に書き始めた。
アベルの隣で、ヴァスコが今度は俺の番だと言わんばかりの顔を見せてくる。
俺はその顔に笑顔で応えると、ヴァスコが話し始めた。
「今度は俺ですね。最初は⋯」
「ヴァスコ、待て」
俺の返事にヴァスコが止まる。
「ヴァスコはアベルの話を聞いたな? ヴァスコもアベルと同じ感じだったのか? その様子をまずはメモ用紙に書き出してくれ。それが出来たらヴァスコの話を聞こう」
「は、はい」
ヴァスコが慌ててメモ用紙に手を伸ばし、アベルの書いているのを覗き込みながら書き始めた。
(ククク)
二人の様子を見てワイアットが笑いを漏らす。
カリカリ う~ん カリカリ
う~ん カリカリ う~ん
ヴァスコとアベルが悩みながら思い出しながら書く様子を見て、俺は大人しく全てを見ていたサノスに声をかける。
「サノス、まだシチューは残ってるよな?」
「は、はい。残ってます」
「すまんが二人が食べれるように準備してくれるか?」
「はい! 直ぐに準備します」
そう返事をしたサノスは、慌てて台所に向かって消えて行った。
俺はワイアットに声をかける。
「ワイアット、ちょっと外で話せるか?」
「ああ、良いぞ。ヴァスコとアベルは手を止めるな。水を出した時の様子をきちんと書き出せ。後で俺が見るからな」
「「コクコク」」
ワイアットの言葉に頷いた二人が、再びメモ用紙に取り組み書き始めた。
ワイアットと二人で席を立ち、台所でシチューを温めるサノスに声をかける。
「サノス、二人が空腹を訴えたら食べさせてやってくれるか? ワイアットと外にいるから二人に何かあったら直ぐに呼んでくれ」
「はい! わかりました。パンも食べさせて良いですか?」
「おお、良いぞ。何でも好きなだけ食べさせろ」
「はい! 何でもですね(笑」
サノスは何かをわかった様子で応えてきた。
これなら俺とワイアットが席を外しても大丈夫そうだ。
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