2-10 初見の客


「イチノス、お前、上手いな(笑」


 二人で店の外に出るとワイアットが話し掛けてきた。


「ククク 二人ともワイアットの言葉で緊張してたから、上手く誘導できただけだよ。それでだ、これで二人の実力はわかったか?」

「よくわかった。イチノスの言うとおりに、二人とも『体内魔素』を使えるな。後は鍛え方次第だな」


 俺の言葉にワイアットが答える。

 その答えには、二人をどう鍛えるかを思案する先輩冒険者の思いを感じた。

 そんなワイアットに、昨日の話をする。


「昨日の話をしておこう」

「昨日? あぁ済まなかったな二人を押し付けて(笑」


「いや、それは気にするな。俺もワイアットの勧めと聞いて先走った」

「ん? どう言うことだ?」


「そもそも俺の店は『魔素』を意識して使える者しか相手にしていない」

「そうみたいだな(笑」


「昨日、あの二人が来た時に、二人が『魔素』を使えるように思えなくて試したんだ」

「ハハハハ⋯ それで?」


「俺の描いた『魔法円』と『空の魔石』で水出しをやらせた」

「いきなりか?!」


「ああ、結果的にヴァスコもアベルも水出しが出来たんだ」

「その時に二人は『魔素』を理解してる感じだったのか?」


「いや、感じなかった。水を出した後で『腹が減った』と言って、軽い『魔力切れ』を起こしたみたいだがな」

「う~ん⋯ 今日の水出しでは、イチノスは二人に『魔素』を意識させたよな?」


「昨日は俺が描いた『魔法円』で、今日は一般的な『魔法円』の違いがある」

「それって『神への感謝』とか言うやつか⋯」


 そこまで語って、ワイアットが紙巻きタバコを取り出した。


「吸うか?」

「いや、俺はやっても水タバコだな。それに、この店先はサノスが朝から掃除してくれたんだ。汚すなよ(笑」


「ハハハ。わかった汚さないようにするよ。俺は一本吸ったら戻る」


 そう言ってワイアットは紙巻きタバコを咥えると、先程、机の下で渡した『魔石』と魔道具の『火付け棒』を取り出した。

 『火付け棒』に火を点して紙巻きタバコに火を着ける。


「イチノスはこうした魔道具は作らんのか?」

「魔道具屋を敵にする気はないな」


「ハハハハ」


 笑いながらに紫煙を楽しむワイアットを残して、俺は一人で店内に戻った。


 店内に戻り、店の奥の作業場に顔を出すとヴァスコとアベルが一所懸命に食事をしていた。


 俺に気付いたのか二人が慌てて話し掛けてくる。


「イチノスさん⋯ モゴモゴ⋯ すいません」

「腹が減って⋯ モゴモゴ⋯ 腹が減って」

「二人とも! 食べながら喋らない!」


 サノスが腰に手を当てて二人を注意する。

 その様子に俺は苦笑いしか作れなかった。


「師匠、シチューもパンも、ぜ~んぶ、食べられちゃいました」

「ハハハ⋯」


「師匠の晩御飯が残ってないです⋯」

「わかった。こいつらから食事代を取っとけ」


「そうですね。銀貨1枚?」

「それで許してやれ(笑」


 俺とサノスの『銀貨1枚』の話が聞こえたのか、ヴァスコとアベルの手が止まった。


(カランコロン)

 店の出入り口に着けた鐘が鳴る。

 ワイアットが戻ってきたようだ。


「二人とも安心しろ、ワイアットに請求するから」


 俺の声を聞いて、二人が食事に戻った。

 今夜も大衆食堂で晩御飯だなと思っているとワイアットが作業場に顔を出してきた。


「どうだ、二人は腹が減って⋯」


 そこまで言ったワイアットが、ヴァスコとアベルの食事の様子を見て安心したように言う。


「サノス、すまんな」

「いえいえ、銀貨1枚です(ニッコリ」


 サノスがワイアットに今すぐ払えと手を差し出す。


「はぁ?!」

「「ワイアット先輩、ゴチになります!」」


 ワイアットが一瞬固まるが、ヴァスコとアベルが礼を言うと、慌てて俺を見てきた。


「サノス、ワイアットから回収しとけよ。それが今日の日当だ」

「はい! きっちり回収します♪」

「えっ?!」



「イチノス、世話になった」

「「イチノスさん、ありがとうございました」」


 店先でワイアット、ヴァスコ、アベルの3人が頭を下げて礼を言う。

 俺とサノスはその礼を笑顔で受け止める。


「よし行くぞ」

「「はい!」」


 ワイアットの合図で3人が店を離れていった。

 3人を見送り店内に戻り、奥の作業場に行くとヴァスコとアベルの食事の後が残っていた。


「サノス、片付けてくれるか?」

「はい、直ぐに片付けます」


 サノスが食事の後片付けを始めたので、俺は店に椅子を戻しに行った。

 ついでに、店と作業場の間の衝立も元に戻す。

 作業机とサノスと俺の椅子も元の配置に戻し、いつもの作業場の様子に戻ったなと一息つく。


「師匠、お茶を淹れますね」

「あぁ、すまんな」


 サノスが洗い物を終えて、エプロンで手を拭きながら聞いてきた。

 俺はそれに返事をして、この後の事を考える。

 壁に掛かる振子時計を見れば、既に4時になろうとしている。


(カランコロン)


 来客を知らせる鐘が鳴る。


 サノスはお茶を入れてるだろうからと、俺が店に出ると冒険者としては軽装備で革の胸当てを着けた2名の男が立っていた。

 一人は40歳ぐらいで、おでこが広く黒い髪を後ろで束ねている。

 その束ね方が、おでこを広めている原因だと思うが何も言わない。

 もう一人は成人を迎えたぐらいだろうか、坊主頭が印象的だ。


 どちらの男性も俺の記憶には無い、店に来たことも無い初見の客だ。


「はい。いらっしゃい」

「こちらはイチノス殿の店だろうか?」


「はい。そのとおり魔道師イチノスの店です」

「リアルデイルで一番の魔道師が営む店とギルドから聞いた。『水出しの魔法円』は置いているだろうか?」


 髪を束ねた方が丁寧な言葉で聞いてくる。

 どうやら『水出しの魔法円』を買いに来たお客のようだ。

 坊主頭の方は店内に並べてあるものが珍しいのかウロウロし始めた。


「ギルドの紹介ですか?」

「そうだ、魔道具の水出しが壊れてしまったのだ。三日後の早朝に出立なのだが、魔道具屋が治せん、間に合わんと申して困っておる」


「それはお困りでしょう」


 おれはそう答えて、カウンターの引き出しから家庭用の『水出しの魔法円』を取り出す。


「こちらが家庭用の『水出しの魔法円』です」


 カウンターの上に置いて俺がそう告げると、髪を束ねた男が『水出しの魔法円』を眺めて吟味し始めた。


 続けて店内をウロついていた坊主頭もカウンターに寄ってきた。

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