2-11 東の国から口説きに来ました
「『水出しの魔法円』とは、全てがこの大きさなのだろうか?」
坊主頭が微妙な口調で聞いてきた。
先ほど髪を束ねた男が『水出しの魔道具』と言っていたことから、携帯用を求めに来たのだろう。
だが、俺は敢えて家庭用を二人に見せた。
この二人が『魔素』扱えるかわからないため、敢えて家庭用を出してみたのだ。
「もしかして、携帯用をお求めですか?」
「ああ、それでお願い出来るだろうか?」
髪を束ねた男がそう答えた。
やはり携帯用を求めに来たようだ。
「お二人とも『魔素』は扱えますか?」
「それは問題ない。拙者(せっしゃ)も若(わか)も『魔素』は扱える」
「『魔素』なら問題なく使えるぞ」
『拙者(せっしゃ)』? 『若(わか)』?
聞きなれない言葉だが、どこかで耳にしたことがある言葉だ。
どこで耳にしたのだろう⋯
「わかりました。少々、お待ちください」
俺は記憶を辿りながらも、二人にそう告げた。
カウンターを離れ作業場に行くと、サノスは自分の椅子に座って作業机でハーブティーを楽しんでいた。
「サノス、すまんが携帯用のお客様だ。水出しを希望されている。ティーカップを2つと⋯ 水を捨てる器を準備してくれるか?」
「はい。直ぐに準備します」
サノスが席を立ち台所に向かう。
俺は棚にしまった箱から、一番小さいサイズの『水出しの魔法円』を取り出す。
これは、昨日、ヴァスコとアベルに使ったものと同じものだ。
続けて『空の魔石』が入った箱に手をかけて、一瞬、悩んだ。
二人とも『魔素』が扱えると言っていたので不要だと判断した。
店のカウンターに戻ろうとして、衝立越しに二人の様子を少し伺う。
二人はカウンターの上で何かをしている。
その手元を見れば、紙を折ったり開いたりして、何かを作っているようだ。
四角い何かが出来たのか、坊主頭が『水出しの魔法円』の上に四角い何かを置いた。
俺は歩みを進めて、店のカウンターに入ると、坊主頭が『水出しの魔法円』に『魔素』を流し始めた。
『水出しの魔法円』置かれていたのは、紙で折られた四角い小箱だった。
その四角い小箱に、スルスルと水が溜まって行く。
俺は思いきって声をかける。
「お待たせしてすいません」
「おお、いらしたのですね。勝手に試させていただいた。許されよ」
「いえ、構いません。どうぞお試しください」
「失礼」
そう言って坊主頭が、何の躊躇いもなく四角い小箱に溜まった水を、一気に飲み干した。
「わ、若(わか)! 毒味を!」
同じ様に四角い小箱を折り終えた髪を束ねた男が、坊主頭を叱るように忠告する。
「うまい! ほれ、お前も試してみろ」
そう言って坊主頭が一歩横にズレ、『水出しの魔法円』の前を空けた。
「然(しか)らば、某(それがし)も失礼して。店主『魔法円』をお借りする」
そう言ったかと思うと、手にした四角い小箱を『水出しの魔法円』に置いて『魔素』を流し始めた。
四角い小箱に水がジワリと溜まった。
坊主頭程ではないが、水が溜まったのを確認した髪を束ねた男が、四角い小箱に手を伸ばし、中の水を一気に飲み干した。
二人の様子から、俺は二人が『魔石』を身に着けていると思い問いかけてみた。
「もしかしてお二人とも『魔石』をお持ちですか?」
「なに? 『魔石』とな?」
「ええ、お二人が『魔石』を身に付けておられるかと?」
「店主! この店では『魔石』も売っておるのか?!」
水を飲み干した髪を束ねた方の男が、食いつくように聞いてきた。
ちょっと煩い。
「なんだ、爺(じい)の『魔石』は切れ掛けか?」
「今朝方、魔道具が働かず、確認の際に『魔素』を使いきってしまったようで」
髪を束ねた男の後ろから、坊主頭が『爺(じい)』と声を掛けた。
俺は、その言葉でようやく思い出した。
この二人が交わす言葉『拙者(せっしゃ)』や『若(わか)』それに『爺(じい)』、それに『然(しか)らば』とか『某(それがし)』。
そして二人の会話の口調。
これは東国(あずまこく)の使節団が使っていた言葉だ。
魔法研究所時代に、東国(あずまこく)から来たという使節団が見学に来たことがある。
その時に、こんな口調や言葉を使っていた。
だとすると、この二人は王都の遥か東にある東国(あずまこく)から、西の辺境の一歩手前の、このリアルデイルの街までやって来たというのか?
「師匠、ティーカップと片手鍋をお持ちしました」
その時、サノスがお盆にティーカップと片手鍋を乗せて持ってきた。
「これはこれは、なんと美しい女性だ!」
サノスを見つけた坊主頭が、スーッとサノスに近寄り、サノスの手にしたお盆に手を添える。
いや、お盆じゃなくて、お盆を持つサノスの手に自分の手を添えている。
その坊主頭の様子を、髪を束ねた男が嗜めるように制する言葉を口にした。
「若(わか)!!」
「えっ? ナニなに?」
サノスが慌ててお盆からティーカップと片手鍋を落とさないようにオロオロし始める。
「今日は恵まれた日だ、こんなに美しい女性に会えるとは!」
「若(わか)! お止めください!」
坊主頭がサノスを見つめて囁き、それを髪を束ねた男が制止しようとして声を荒げた。
そろそろ爺(じい)と呼ばれた男の声が煩く感じてきた。
「爺(じい)、この国の習わしを知らんわけではあるまい」
「知っております。知っておりますが人前で女性を口説くようなことをされるのはぁ~」
「えっ?! 私、口説かれてるの?!」
「以前に王国を訪れた際、女性に出会ったら褒めるのが習わしと教わったが、褒めるのが苦手な私は上手く褒めれなかった」
「わかっております! 若(わか)が苦手なのは爺(じい)が知っております!」
「???」
「そんな私が、本当に褒めたい女性に出会ったんだぞ。こんなに美しい女性は他におらん」
「若(わか)、お願いですからお戯れは、お止めください!」
「美しい女性だなんてぇ~」
おい、爺(じい)さん。
お前の煩い声が本当に耳障りだ。
おい、坊主頭。
お前の目は腐ってるだろ。
おい、サノス。
お前が喜ぶと話がややこしくなる。
「店主、すまんがこの美しい女性と語らいたい。しばし場と時を貸してくれんか?」
「美しい女性ってまた言われたぁ~」
「若(わか)、お願いですからぁ~」
「美しき女性よ、名はなんと言う?」
「さ、サノスです」
「なんと、その名まで美しい」
「いやぁ~ん。名前まで美しいだなんてぇ~」
「て、店主殿、どうかお女中(じょちゅう)を止めてくだされ⋯」
「⋯⋯」
爺(じい)さん。
俺を頼るな。自分で何とかしろ。
サノス。
頬を染める姿が似合わないぞ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます