2-12 自分の出生や素性、経歴を語るのは苦手です
店内が混沌(カオス)としている。
サノスが美しく見えるという、少し変わった感性を持つ坊主頭の男。
その坊主頭の男に口説かれて頬を染めるサノス。
そんな二人を止めてくれと俺に願う髪を束ねた男。
この混沌(カオス)を回収できるのは俺だけか⋯
ウホン
俺は咳払いをして、二人の男に告げた。
「御二人とも申し訳ないが今日はお帰りください。今日はこれで店仕舞いです。店は明日も朝から開けますので」
「「⋯⋯」」「!!!」
俺の言葉に二人の男は固まり、サノスは驚きの顔を見せてきた。
「サノス、お二人にはお帰りいただき店を閉めるぞ」
「は、はい」「「!!!」」
サノスが慌てて返事をし、今度は二人の男が驚きの顔を見せてきた。
コロンカラン
俺はカウンターから出て店の出入口の扉を開けたままで押さえ、二人の男が店から出るように促した。
「若(わか)、一旦、出直しましょう。これ以上イチノス殿の御機嫌を損ねるのは、些かまずうございます」
「そ、そうか⋯ しかし⋯」
髪を束ねた男が、坊主頭を諭してくれる。
しかし坊主頭の男はサノスと別れるのが嫌そうな感じだ。
「明日も店は朝から開けております。申し訳ありませんが、本日はお引き取りを願います」
俺は二人に頭を下げて、出入口の扉を開けて押さえたまま、店から出るように願った。
店側の俺が頭を下げて退店を願うのであって、二人を無理に店から追い出す訳ではない。
しかも二人には明日も店に来れる機会を残す、この様式ならばしこりは残らないだろう。
それに、明日、一晩過ぎて二人が店に来たならば、少しは落ち着いてくれるだろう。
少々、強引なやり方だが、この混沌(カオス)を治めるには、最良な策だと俺は思った。
二人の男は素直に店から出てくれた。
「イチノス殿、本日は失態を晒してしまい申し訳ない。明日、同時刻に改めてお伺いする故に『水出しの魔法円』と『魔石』の調達にお力添えを願いたい」
髪を束ねた男が店を出たところで振り返り頭を下げて、そう口にしてくれた。
その言葉に俺の取った策が間違ってはいなかったと感じた。
「ありがとうございます。明日の同時刻ですと夕刻前ですね。心より明日のご来店をお待ちしております」
俺はそう告げて、ふと、坊主頭の男に目をやれば、店に向かって手を振っていた。
慌てて振り返れば、店の中からサノスがガラス窓越しに手を振っているのが見える。
「若(わか)、行きますぞ。明日になれば、あの女中にも会えます。残り惜しい気持ちはわかりますが、明日は失態無きように」
「わかった、わかった」
そんな会話をしながら二人は冒険者ギルドの方角に足を進めた。
◆
店の掃除と作業場の掃除を終えてたところで、サノスが手に何かを持って聞いてきた。
「師匠、これ、何ですか?」
「何だそれは?」
「店のカウンターに置いてありました。誰かの忘れ物でしょうか?」
そう言われてサノスの手の上を見れば、二人が『水出しの魔法円』で使った紙を折り曲げて作った四角い小箱だった。
「さっきの客の忘れ物だな、明日、もう一度来るだろうから、その時にでもお返ししよう」
「師匠、これって紙で出来てるんですか?」
「ああ、そうみたいだな」
「紙で出来てるなんて、凄いですね」
「サノスは初めて見るのか?」
「ええ、初めてです。師匠は?」
「俺は研究所にいた時に見たよ」
「研究所?」
「あの二人は、多分だが東国(あずまこく)から来た方達だろう。研究所にいた頃、東国(あずまこく)の視察団が来たんだが⋯」
そこまで話したところで、サノスが不思議そうな顔を見せてきた。
「待ってください師匠、研究所って何ですか?」
「えっ?」
「はい??」
サノスが理解できないと言う顔で首をかしげた。
◆
よくよく考えれば、俺は自分の出生や素性、経歴をサノスには語っていない。
本格的にサノスを魔道師として教え育てるならば、師の出生や素性ぐらいは知らせるのが適切なのだろうか?
今まで意図してサノスに隠していたわけではない。
サノスから聞かれなかったから、俺は口にしていないだけだ。
それはサノスの父親のワイアットや、母親のオリビアも同じだ。
ワイアットは今日の届け物の護衛で俺の出生や素性を知り、あんな質問をしてきたのだろう⋯
そもそもリアルデイルの街で、俺の出生や素性、経歴に詳しい者は、母(フェルス)の執事であるコンラッドと、古参街兵士のイルデパンぐらいだろう。
冒険者ギルドと商工会ギルドへの登録は、コンラッドが全てを手配してくれた。
そうした事から、冒険者ギルドも商工会ギルドもギルドマスターなどの要職者は、俺の出生や素性と経歴を知っているらしい。
ワイアットなどの冒険者連中は、他人の出生や素性、経歴を知りたがらない。
『自分を詮索されたくなければ、他者を詮索しない』
そうした当たり前の考えが浸透しているのが冒険者達だ。
そして商工会ギルドに属する商人になると、こうした考えがもっと浸透している。
商人にとって情報は命であり、個人の出生や素性も情報だと深く理解しているからだ。
俺がこの街で暮らして行く上で、こうした冒険者達と商人達の考えはとても喜ばしかった。
リアルデイルの街は辺境の開拓から始まったことからか、冒険者達の家族が多い。
また、リアルデイルが街道街(かいどうまち)として発展した事から、商人達の家族も多い。
そうした事から、家族全員に『他者を詮索しない』考えが浸透しているのだ。
それでも聞いてくる者には『東の生まれ』と答えれば済む。
俺が生まれた今は亡き父の領土はウィリアム叔父さんの領土の東方に位置しているから嘘にはならない。
育ちを聞かれれば、寄宿舎生活をした魔法学校のある『王都』と答えれば済む。
魔道師としての研鑽を問われても、研究所のある『王都』と答えれば嘘にはならない。
◆
サノスが首をかしげたままで聞いてきた。
「もしかして、師匠の言う研究所って『王国魔法研究所』ですか? ガス灯を造った所ですよね?」
「ガス灯か⋯ 確かにそうだな(笑」
「あそこって、魔法が使える人が『王立魔法学校』に入って、学校を成績優秀で卒業した人や貴族になる前の人達が勤める所ですよ」
「まあ、サノスの認識で合ってるな」
「師匠が、その『王国魔法研究所』にいたんですか?」
「いたよ。サノスの言うガス灯を造った『王国魔法研究所』に俺は勤めてたんだよ」
そこまで話してサノスの顔を見れば、案の定、目を細めた顔で俺を見ていた。
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