2-7 親馬鹿なワイアット


「ワイアットは今回の護衛で、俺の素性を理解したのか?」

「ある程度理解した。『魔法円の改革者』『魔石造りの名手』と呼ばれているとは聞いていたが⋯ まさか本当に貴族とは⋯」


 ワイアット、その名は恥ずかしいから止めて欲しい。


「呼び名はともかく、ワイアットが理解したとおりに俺は貴族の生まれだ。だが爵位継承権は持っていない」

「そのようだな。ウィリアム様の兄、ランドル様の息子とは⋯」


「だからどうした? 俺は既に庶民だぞ。ワイアットは俺が貴族の出と知って付き合いを変える気か?」

「いや無理だ」


「じゃあ、何だ?」

「⋯⋯ 貴族の息子はよくない噂を聞くんだ。お前の素性を知ってサノスが本格的に弟子入りすると聞いて⋯」


 なるほど。

 ワイアットは貴族の子弟が、度々やらかす悪行を心配しているんだな。

 俺の魔法学校時代や研究所時代に、その手の噂は、度々、聞こえてきた。

 貴族の子弟の中には、『魔素』が少しだけ扱えるだけで魔道師を名乗る者がいる。

 そうした奴らが魔道師を名乗った挙げ句に、『弟子』と称して招いた若い女性に人として許されない行為を強要することがあるそうだ。

 女性は貴族の子弟だからと、背景の無い安心をするのかもしれないが、悲しい結末が待っている。


 だがこれは貴族に限った話ではない。

 一般庶民の商家でも起きていることだ。

 大きな商家の子弟が、雇ってやると若い女性を食い物することが多々あるのだ。


「俺が貴族の出だから心配か?」

「普段のイチノスの様子や、オリビアやサノスの話を聞く限り、その手の類いじゃないとわかっている」


「じゃあ、何が心配なんだ?」

「いや、忘れてくれ。俺が戸惑っただけだ⋯ ただ⋯」


「ただ?」

「⋯⋯ 内弟子じゃないよな?」


 ワイアットが言う『内弟子』とは、寝起きを共にする弟子の事だ。

 なるほど、ワイアットは一人娘が本格的に弟子入りすると聞いて、そうした方面を気にしているのだな。


「俺が断る。内弟子は俺には耐えられん」

「⋯⋯ そ、そうか。安心したぞ(笑」


 全く、要らぬ心配だ。

 悪いが俺はどちらかと言えば、独り暮らしが好きなのだ。

 自分のペースで暮らして行きたいのだ。


「じゃあ、ワイアットの持つ俺への疑念は捨ててくれ」

「わかった。もう疑念は無いぞ」


「それと俺も冒険者だ。依頼で知った情報は一切口外しない。これはワイアットも冒険者だから理解してくれるな?」


 俺は敢えてワイアット自身が口にした、冒険者としての慣わしを口にする。

 ワイアットならば大丈夫だろうと思うが、俺の素性をベラベラと喋られるのは堪えられない。


「それも安心してくれ。俺も冒険者だ!」


 ワイアットの目は、冒険者としての力が宿った感じに切り替わった。

 これなら大丈夫だろう。


 さて次は、今日の本題のヴァスコとアベルの件だ。


「じゃあ、ヴァスコとアベルの話でよいか?」

「ああ、今日の本題はそれだったな(笑」


「あの二人には『魔素』を扱える素養がある」


 俺がそう告げるとワイアットがピクリとし、腕組みをして目を瞑った。

 何かを考えているのだろう。

 俺はワイアットの気持ちを察して、何も言わずに返事を待つ。


「あの二人が⋯ う~ん⋯」


 ワイアットが独り言のように呟く。

 それでも俺は何も言わない。

 暫くしてワイアットが口を開いた。


「イチノス、二人ともか?」

「二人ともだ」


「どのくらい『魔素』を使えるんだ? 俺ぐらいに自分の『魔素』が使えるのか?」

「多分だが練習すれば使えるように成るだろう。俺はワイアットがどのくらい使えるか知らないが(笑」


「ハハハ、そうだな。俺は『魔素』を感じられるし自分の『魔素』をこの剣に意識して流せるんだ」

「やはりな。その剣は『魔剣』なのか?」


「ああ、若い頃に遺跡でな。おかげで討伐でも連戦連勝、かなり自信が付いた」

「やはり親子だな。サノスも模写した『魔法円』の確認の時に平然と流してたぞ(笑」


 俺がそこまで話すと、ワイアットは嬉しそうに『うんうん』と頷いた。

 先ほどのサノスへの心配といい、ワイアットは親馬鹿な感じだ。


「わかった。ここからは先輩冒険者である俺の領分だ。だがイチノスにお願いがある」

「なんだ、改まって(笑」


「ヴァスコとアベルには俺から話す。その後に二人の力量を確かめつつ、『魔素』を使う感覚を覚えさせたい」

「今日、これからか?」


「ダメか? 今日が無理なら日を改める」


 ワイアットの言葉に迷いが湧き出す。

 出来ればこの後はコンラッドから届いた『あれ』を観察鑑定したかったのだが⋯


 俺はワイアットの後輩冒険者を思う熱い気持ちに犯されたのか?

 何故だか今日中にヴァスコとアベルに教えたい気持ちに傾いてしまった。


「わかった、引き受けよう。但し、俺のやり方だと二人が『魔力切れ』するかもしれん。ワイアットは『回復魔法』が使えるか?」

「イチノス、誰にも言うなよ。少しなら使える」


「俺も使える。誰にも言うなよ(笑」

「「ハハハハ」」


 互いの能力を話し、思わず笑ってしまった。


「じゃあ、二人を呼んで良いか?」

「いや、待ってくれ。ワイアットが外に出て二人に話してくれ。その時に小石を拾ってくれ。今、身に着けている『魔石』と同じぐらいの小石を拾ってくれ」


 ワイアットが席を立とうとしたのを制して、俺は一つの仕掛けを頼んだ。


「小石を拾う?」

「ワイアットは今日も『魔石』を首から下げてるんだろ? その『魔石』と同じくらいの小石だ」



「「昨日はすいませんでした」」


 店の外でワイアットが二人を諭したからか、ヴァスコもアベルも大人しく店に入ってきて俺に頭を下げた。

 サノスは仁王立ちで腰に手を当て、『うんうん』頷きながら頭を下げるヴァスコとアベルを見ている。


「ヴァスコもアベルも気にするな。ワイアットから話を聞いているな。二人には今日も水出しをやって貰う」

「「はい!頑張ります!」」


 やはりこいつら声が煩い。


「サノス、作業場の机を使うから、二人を案内してくれるか? 椅子はそこのを運んでくれ」

「ほれ、二人もサノスを手伝え」


 俺が店に置いている椅子を運ぶようにサノスへ伝えると、ワイアットがヴァスコとアベルに手伝うように重ねる。


「はい、準備します!」

「「はい、手伝います!」」


 お前ら3人とも声が大きいぞ。


 サノスが椅子を持ったヴァスコとアベルを連れて、店の奥の作業場に消えて行った。

 その後ろ姿を見ていると、ワイアットが声を掛けてきた。


「イチノス、小石って⋯ これで良いか?」

「ワイアットが着けてるのと同じぐらいだな?」


「ああ、同じだ」


 そう言ってワイアットが渡してきた小石を、俺はベストの左ポケットにワイアットに見えるようにしまった。

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