24-5 昼食を求めて大衆食堂へ
重い和菓子を手にしたまま、中央広場を抜け、店を構えている西町へと無事に戻ってきた。
リアルデイルの街を東西に走る大通りを西方へと進み、店の前の通りで北へ向かって入って行く。
洗濯屋の前を通りながら、洗濯物の仕上り時期を思い出す。
そろそろ大量に出した洗濯物が戻ってくるんだよな?
実際に届くのはいつ頃になるんだろう?
俺が不在の時に届いたならば、サノスとロザンナに受け取りを頼むしかないよな?
洗濯屋の娘のアグネスから渡された木製の割符は、売上を入れたカゴの脇に置いていたよな?
そうしたことを思っていると、店が見えてきた。
店の側まで来ると、向かいの交番所の前に立つ女性街兵士の視線を感じる。
その視線に応えて、そのまま店には向かわず、女性街兵士の元へと向かい軽めの敬礼で挨拶を交わして、俺から口を開いた。
「早めに戻れました。これから冒険者ギルドへ向かいますので、この後も宜しくお願いします」
「はい、お任せください。そういえば、イチノスさんが出られて直ぐに小柄で赤髪の女性が店へ来てましたよ」
小柄で赤髪の女性?
ヘルヤさんの事だよな?
「今日はイチノスさんの店がお休みな事を伝えましたら、明日、出直すと仰ってましたよ」
「そうですか、お手数を掛けてすいません」
この女性街兵士へ店番を任せたようで申し訳ないな。これは何かでお礼をするべきだろう。
そこで俺は紙袋から羊羹(ようかん)を1本取り出し、お礼として渡すことにした。
「手間を掛けてすいませんでした。これ、東国のお茶菓子で羊羹(ようかん)というものです。お口に合えば召し上がってください」
そう告げて紙に包まれた羊羹(ようかん)を渡すと
『何を食べろと?』
女性街兵士からそんな顔をされたが、交番所の中から早足で出てきたもう一人の女性街兵士が声を上げた。
「イチノスさん、ヨウカンってあの甘いやつですか?」
「えぇ、甘いやつですね(笑」
「「良いんですかぁ~」」
途端に顔を見合わせ、そう答えてきた二人の嬉しそうな顔を、俺は今まで見たことがなかった。
「商工会ギルドの側(そば)に、和菓子を扱う店が出来たんです。今度、非番の日に行かれてみてはどうですか?」
「「はい、ありがたく頂戴します」」
嬉しそうな顔で敬礼する二人と別れ、俺は店へと向かった。
カランコロン
鍵を開けて店へ入り、店舗を抜けて作業場で机の上に紙袋を置いて一息つく。
ヘルヤさんが来たか⋯
確かヘルヤさんは、商工会ギルドへ新居と工房の手配を依頼していたよな?
それらが決まって、予約注文していた『湯出しの魔法円』を受け取りに来たのだろう。
御茶でも淹れて一休みすることも考えたが、自分がかなり空腹なことに気がついた。
考えてみれば、焼き菓子を焼くような甘い香りに誘われて、羊羹(ようかん)やドラヤキ、それにカステラを購入したのも空腹を感じていたからな気がするな。
目の前の和菓子で空腹を凌ぐか?
一瞬、そんなことも思ったが、ここはきちんと食事を取った方が良いなと思い直した。
どうせなら昼食を済ませて店へ戻り、ダンジョウさんから贈られた茶道具で抹茶を点て、この目の前に置かれた和菓子を楽しもう。
そう考えをまとめると、購入した和菓子の詰まった紙袋を台所へ置きに行き、ついでに水を一杯飲んで、用を済ませて大衆食堂へ向かうことにした。
カランコロン
店を出て鍵を掛けたら先ほどの女性街兵士へ軽めの敬礼で挨拶し、大衆食堂&冒険者ギルドへ向かう。
カバン屋の前で曲がり、歩道にテントを張り出した通りを歩いて行き、元魔道具屋で今は交番所の前でも立番の街兵士へ軽い敬礼で挨拶を交わしたところで、雑貨屋が目に入ってきた。
出入口に着ける鐘を購入していないことを思い出しながら、軽く店内を覗けば、女将さんが接客している姿が見える。
帰りに寄れるだろうと考え、そのまま素通りして大衆食堂へと向かった。
そして俺は大衆食堂の前で軽く迷った。
ヘルヤさんがいたりしないよな?
俺の店へ来たが休みで、その後に食堂へ来てグダを巻いてたりしないよな?(笑
いや、考えても仕方がないな。
ヘルヤさんとバッタリ会って、今日これからと言われても、明日にしてもらおう。
実際に『湯出しの魔法円』を描いたサノスが立ち会って、依頼主のヘルヤさんへ引き渡すのが、サノスの経験になる気もする。
そう心に決めて出入口の扉を開ければ、いつもどおりに給仕頭の婆さんが俺を迎えてくれた。
「いらっしゃ~い って、イチノスじゃないか、連日だね」
何でそこで少し残念そうな返事をするんだ?
どうもこの年代の女性は、慇懃な言葉を口にするのが多い気がするな。
「この時間なら昼食(ランチ)は大丈夫かな?」
そう告げて壁の時計を見れば、11時30分を過ぎていた。
「今日の昼食(ランチ)はパスタだよ」
「じゃあ、それで頼む」
そう告げて代金と引き換えで木札を受け取り、知った顔を探すように店内を見渡すが、お客さんは半分に満たない感じで、何処かで見かけた顔があるだけだ。
今日のこの時間だと、冒険者も見習いと一緒に麦刈りに精を出しているのだろう。
いつもの長机が空いていたのでそこへ座り、食事が出てくるまで、この後の冒険者ギルドでの用事を頭の中で整理して行く。
まず、アリシャさんへの伝令は決まりだな。
そういえば火曜日の魔石の入札では、前金を商工会ギルドへ納める必要があるんだよな。
今の冒険者ギルドの預かりを確認しよう。
そうだ、キャンディスさんに古代遺跡の調査隊へ依頼する話があったな。
そして、母(フェリス)とコンラッドから話を聞き出すために、領主別邸へ出向く日程を打診する伝令だよな?
これは俺の予定を決めないと、具体的な日時を添えた伝令を出せないのか?
ちょっと整理しよう。
俺はカバンからメモ用紙とペンを取り出し、現段階で決まっている予定を書き出して行く。
─
6日(月)ヘルヤさんの来店
7日(火)商工会ギルドで魔石の入札
カレー屋で水出し
8日(水)
9日(木)商工会ギルドで魔石の入札結果
10日(金)店は休み
11日(土)
・アリシャさんへの伝令
・領主別邸への伝令
・預り金の確認
・調査隊への依頼
・
─
火曜日のカレー屋、アリシャさんの都合が悪ければ、来週で考えさせてもらおう。
そうなると、最速で領主別邸へ出向いて母(フェリス)とコンラッドに会いに行くのは水曜なのか?
水曜で提案して、金曜と土曜も可能だと伝えておけば良いだろう。
ムヒロエとの日程を決めるのは、母(フェリス)と話してから決めよう。
ドン!
婆さんがランチのパスタを俺の前に置いてきた。
それは木製のスープ皿に盛られた赤っぽいスープから、パスタが顔を覗かせているスープパスタだった。
婆さんの差し出した手に木札を渡すと微妙な言葉を告げてきた。
「イチノスが腹の減った顔をしてるから、特別に大盛りにしたよ」
「おう、ありがとうな(笑」
これは本当に俺だけ特別なのだろうか?
そう思って周囲を見渡しそうになったが、まあ気にせずに食べよう。
書きかけのメモとペンをカバンへ戻し、婆さんが一緒に持ってきたスプーンでまずはスープを掬って口へ運ぶ。
う~ん、何となくだが、トリッパの残骸で作られている気がする。
それでもなかなか上手いぞ。
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