24-4 ダンジョウさんとの再会
「まさか、ダンジョウさんが店の奥から出てくるとは思いもよりませんでした(笑」
俺はそう告げながらも『羊羹』⇒『和菓子』⇒『東国』という繋がりを、一つの可能性として感じていた気がする。
「私も、まさかイチノス殿に見つかるとは思いもしませんでした。ハハハ」
ダンジョウさんはそう答えながらも手にしたトレイを女性店員へと渡している。
なぜか、ダンジョウさんの話し方が以前に店へ来た時よりも柔らかい感じがするし、女性店員を気遣う感じがする。
「もしかして、その『カステラ』やこちらの羊羹をダンジョウさんが作ってるのですか?」
あり得ないことだとは思いつつも、俺は思い切って問い掛けてみた。
「実際に作っているのは奥にいらっしゃる方々でして、私は作り方を伝える立場ですね」
このダンジョウさんは、東国使節団団長のワリサダに『爺(じい)』と呼ばれる立場のお方だ。
さらには、ウィリアム叔父さんの公表会で、ワリサダと共にギルマスのベンジャミンや、その兄で街兵士長官のアナキンと会話が出来る立場の人物だ。
そしてこのダンジョウさんは、ワリサダと共に古代遺跡でゴブリンやオークを討伐するほどの活躍をする、騎士=武人(ぶじん)だと聞いている。
そんな騎士=武人(ぶじん)のダンジョウさんが厨房に立ち、和菓子を作る姿が俺には直ぐに想像できない。
だが、和菓子はそもそも東国で食されている代物だ。
研究所で開かれた、あのお茶会で出された羊羹などはその最たる物だろう。
それに、今のダンジョウさんは女性店員とお揃いの前合わせの衣装に身を包み、頭は薄手の布を巻き付け、あの長い髪も姿を見せていない。
そう考えれば、東国使節団のダンジョウさんなら和菓子の作り方も知っているだろうし、奥の厨房を手伝っている気もする。
「和菓子の作り方を伝えているとなれば、ダンジョウさんは和菓子作りに詳しく腕も立つのでしょう」
「いやいや、私ではお客様にお買い上げ頂くものを作れるほどの腕はありませんよ。こちらの職人の方々の腕が素晴らしいのです」
この付近は、ダンジョウさんの謙遜気味な言い方の気がするな(笑
そう思った時に、ダンジョウさんがガラスケース越しに顔を近づけ、声を潜めて話しを続けてきた。
「実は、自国で茶会を開く折りにお点前(てまえ)でお出しする菓子に凝った時期がありまして、その学びで羊羹やどら焼き、それにカステラの作り方を学んだのです」
ダンジョウさんが言う『お点前(てまえ)』とは、客人を招いて抹茶を点てる一連の行為のことだ。
東国の茶道では、客人がお茶をいただく際に『お点前(てまえ)頂戴いたします』と言ってお辞儀をするという。
つまり『お点前(てまえ)』 とは、抹茶を点てる一連の所作のことだ。
そして『お点前(てまえ)頂戴いたします』という声がけには、『おもてなし』をしてくれた亭主に対して感謝を伝える意味合いがあるという。
こうした知識、東国の茶道における『おもてなし』の考えは、ダンジョウさんから渡された『はじめての茶道』という本に書かれていた知識だ。
それにしても、ダンジョウさんのこだわりは、なかなかのものだ。
お客さんをもてなすために、お茶菓子まで自分で拵えるとは。
そして、東国の茶道の『おもてなし』の考えの深さに、ますます強い興味を抱いてしまう。
「やはり、そうしてお茶菓子まで拵えるのは、茶道で言うところの『おもてなし』の考えなのですか?」
「イチノス殿が『おもてなし』まで気付かれているとは嬉しいですね。まあ、近いものがありますね。本来の茶道では、抹茶を点てるだけではなく、料理もお出しして食後に抹茶を点てるのですよ」
「そ、そこまでするのですか?!」
「はい。客人をもてなす心遣いが『おもてなし』であり、そのために主人が幾多の思いを馳せるのも、また茶道の教えの一つなのです」
「それでもこうして和菓子=茶菓子を出すお店を構え⋯」
「いえいえ、話せば長くなりますイチノス殿は⋯」
「顧問、また長話ですか?」
「「えっ?!」」
ダンジョウさんが俺の言葉に被せてくるやり取りを重ねていると、老婆の接客をしていた女性店員が割り込んできた。
「そうですよ、外にはお客さんが待ってるんですよ」
今度は俺を接客してくれた女性店員が厳しい言葉を告げてきた。
「い、いや⋯」
「ダンジョウ顧問はサドウの話になると長いんですから、お客さんを待たせないでください。ほら、次のドラヤキを焼いてください」
女性店員の説教のような言葉に詰め寄られるダンジョウさんから思わず老婆へ目を移せば、既に買い物を終えたのか真新しい紙袋を手に杖を突いて帰り支度な感じだ。
この女性店員、やたらと商売というか接客にソツが無いな。
「今日はどうされますか? ヨウカンもお勧めですし、もちろん『ドラヤキ』も『カステラ』も美味しいですよ(ニッコリ」
おいおい。この女性店員は『ニッコリ』を使うのか?!
◆
『買ってしまった』
俺は店の外で老婆の後ろ姿を眺めながら、そう呟きそうになった。
あの後、ダンジョウさんは女性店員に背中を押されながら、店の奥へと戻されてしまった。
『イチノス殿、また、お店へお邪魔します』
そう言い残すダンジョウさんは、何処か嬉しそうにも見えてしまった。
一方の俺も、女性店員に『ニッコリ』と微笑みを連発されて、羊羹と『ドラヤキ』それに『カステラ』を購入してしまった。
再び老婆に手を貸して、店の外へ出ると、直ぐに次の女性客が店へと入って行く。
その女性客の視線が少し厳しく感じたのは、気のせいだと思いたい。
そんなことを思いながらも、『お一人で大丈夫ですか?』と老婆に声をかけた。
だが、上品かつ丁寧な言葉で断られ、家路に着いたであろう老婆の後ろ姿を見送ることになった。
それにしても、重い。
ドラヤキを5つ、羊羹を3本、カステラも5人分。
どうしてこんなに購入したのだろう?
代金と引き換えに渡された紙袋はかなりの重さで、さすがにこれを抱えていては、どこかへ寄る気分にもなれない。
折角、商工会ギルドまで来たのだから、そのままアリシャさんのカレー屋へ寄って昼食を取ろうかとも考えていた。
アリシャさんとの約束も果たしていないから、今日の昼食はカレーにしようと考えていた時期もありました。
ですが、この重い和菓子を持ったままで、アリシャさんのカレー屋へ足を向けるのは正解ではないと、中央広場のベンチに座って思い直した。
実は、カレー屋のアリシャさんとは水瓶へ水を出す約束をしている。
アリシャさんが店へ来てくれた際に交わした約束というのが、紅茶を淹れるための水を水瓶へ出す約束なのだ。
今日は日曜日で、火曜日に魔石の入札で商工会ギルドへ行くよな?
火曜日に、商工会ギルドが済んだらカレー屋へ行こう。
そうと決めたら、店へ戻って、火曜日にお邪魔する旨を伝える伝令をアリシャさんへ出しておこう。
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