24-3 老婆と手を繋いで入店


 『カステラ』と『ドラヤキ』?


 そんな呼び名の和菓子は聞いたこともない、いったいどんな和菓子なんだ?


 そう思っていると後ろから声をかけられた。


「エルフさんも甘いものを食べるのかい?」


 振り返ってみると老人の女性=老婆が杖を突いて立っていた。

 年の頃では大衆食堂の婆さんより年上に見えるな。


「えぇ、この甘い香りが気になったのと、和菓子を扱っているお店と聞いて興味を持ったんです」


「そう、変なことを聞いてごめんなさいね」


 そんな会話をしながら、声を掛けてきた老婆の身なりを観察すれば、それなりに悪くない感じだ。


 大衆食堂の婆さんが身に着けているものよりも、上等そうな衣装を纏っている。

 元はどこぞの裕福な商会の女将さんか何かが引退して、余生を過ごしている感じだ。

 

 この老婆は杖を突いてるよな?

 この身なりで杖を突くほど足が悪いのなら、世話をするお付きがいても良いと思うのだが⋯


 老婆の後方へ目をやるが、世話をしていそうな人物は見当たらない。


「今日は、お一人でいらしたんですか?」


「えぇ、ここのヨウカンを食べたいと孫娘が言うもんですから」


「そうですか」


 『エルフさん』と人種を頭に話し掛けてきた時はどうかとも思ったが、こうして言葉を重ねるとそれなりに上品な言葉遣いな感じがする。

 若干の慇懃(いんぎん)な要素は年齢から来るものだろう。


 それよりも、この杖を手にする老婆が一人で店の入口のポーチを上がれるのだろうか?

 

 チリンチリン


 そんなことを思っていると、先ほどの女性二人組が紙袋を手に店から出て来るなり、俺へ向かって軽く会釈をしてきた。


 俺もそれに応えたところで、老婆へ声をかけつつ手を差し伸べる。


「この段差は大丈夫ですか?」


「あら、ありがとうございます」


 老婆がそう応え、差し伸べた手を使ってくれた。


 チリンチリン


 老婆の手を取りつつ、店の出入口のポーチを登って和菓子屋の扉を開けると、再びあの甘い香りが一気に広がる。


 そして老婆を誘導するように、店内へ足を踏み入れれば、そこは今まで俺が見たことの無い空間だった。

 

「「いらっしゃいませ~」」


 朗らかな声で、ガラスケースの向こう側から二人の女性店員が挨拶してきた。

 二人とも年齢的には、先ほどの女性二人組よりは年上な感じだ。

 そして、この二人の女性店員がお揃いで着ている衣装が面白い。

 前合わせで左右に開くであろう東国の『着物(きもの)』に似ている感じがする。


 そんな女性店員の背後には、天井から胸の下ぐらいまで、麻で織られたであろう薄茶色の布が優雅に垂れ下がっている。

 あの薄茶色の布で店舗と奥の作業場を区切って、客からは奥が見えないようにしているのだろう。


「あら、お婆ちゃん、こんにちは」


 片方の女性店員が気さくに老婆へ話しかけた。

 どうやら手を貸した老婆は、この店へ何度か来ている顔馴染みのようだ。


「お客さんの案内でカウンターを出ま~す」


「いいぞぉ~」


 老婆へ声をかけた女性店員が、店の奥へ問えば、どこか聞き覚えのある男性の声が返ってきた。

 

 その声を聞いた途端に、女性店員がガラスケース脇のスイングドアを押し開けて店内へと出て来ると、さりげなく老婆の側へと付き添った。


 これなら、この老婆も安心して孫娘に頼まれた羊羹を買い求めることが出来るだろう。


 老婆への心配が薄れた俺は改めて店内を観察していく。

 観察と言っても、店内には棚が置かれているわけでもなく、商品の全てがカウンター形式で置かれたガラスケースの中のようだ。


 そのガラスケースには『ヨウカン』と記された札の向こうに、御茶会で出されたのと同じ色合いの、黒い長方形の代物がトレイに乗せられて並んでいる。

 どこか古代遺跡で手に入れた黒っぽい石に似ている気もするが、大きさと質感が全く違う。

 トレイに並んだ羊羹は、黒っぽい石よりも全体に艶があり細長い感じだ。


 なるほど。

 そもそも、羊羹とはあのように長いもので、それを切り分けて個別に出す物なのだな。

 御茶会でいただいたのは、親指の爪ぐらいの厚さしかなかったが、元はこのように掌(てのひら)ほどの長さで作られているのだな。

 

 そして、次に目が行ったのは、羊羹の隣のトレイに並べて置かれた焦げ茶色の丸いものだ。


 そのトレイには、『ドラヤキ』と記された札が着けられている。

 なるほど、この焦げ茶色の丸い代物がドラヤキなんだな。


 よく見れば、円形のパンのようなものが2枚合わさっているように思える。

 もしかして、2枚の合わせた間に何かを挟んでいるのだろうか?

 この丸い形状が銅鑼(どら)に似ているから、『銅鑼(ドラ)』+『焼(ヤキ)』=『ドラヤキ』なのだろうか?


 羊羹は焼菓子ではないから、この『ドラヤキ』が焼菓子のような甘い香りの源(みなもと)なんだな。


 そこまで確認したところで、『カステラ』と記された札を探すが、見当たらない。


 『カステラ』は売り切れなのか?

 いや、売り切れならば、店の出入口に『カステラあります』とは貼り出さないよな?

 

「今日は何をお求めですか?」

「ヨウカンを買いに来たんですけど⋯」


 老婆と付き添った女性店員の会話が聞こえてくる。


 そうだよな、俺は焼菓子のような甘い香りの正体を見極めようと列に並び入店した。

 ここで何も買わずに帰る選択肢はあり得ない。


 問題は何を買って帰るかだ。

 まず、羊羹は買って帰ろう。


 この焼菓子のような香りの源(みなもと)のドラヤキも買って帰るつもりだが、これは日持ちするのだろうか?


 俺はもう一人の女性店員へ問いかけることにした。

 

「すいません、教えてください」


「はい、何でしょう?」


「このドラヤキは、どのくらい日持ちするんですか?」


「そうですね、日の当たらない涼しい場所であれば3日ぐらいは大丈夫ですよ」


「そんなに持つんですか?」


「はい、日持ちする物をご希望であればやはりヨウカンですね。20日(はつか)は持つそうです」


「えっ?! 羊羹は、そんなに日持ちするんですか?」


「はい、私はそう教えられております。けど、美味しくて10日は持ちません(笑」


 ククク 確かに毎日お茶の時間に楽しんだら、切り分ける厚さにもよるがこの大きさだと10日は持たないな(笑

 

「追加のカステラが出ますよ~」


 そう告げる男性の声が店の奥から聞こえた。

 やはりこの声には聞き覚えがあるぞ。


 その声に覗き込んでいたガラスケースから顔を上げて、俺は息が止まりそうになった。


 なんと、女性店員の後ろに下がっていた薄茶色の仕切り布を半分被りながら、両手持ちのトレイを女性店員に渡そうと立っていたのは、東国使節団のダンジョウさんだったのだ。


「あれ? ダンジョウさん?」


「おや? イチノス殿?」


「どうしてここにダンジョウさんがいるんですか?」


 俺とダンジョウさんの会話に店内が静まり返った。

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