24-6 大衆食堂から冒険者ギルドへ
現在、魔導師のイチノスは大衆食堂で昼食を食べ終え、今週の予定を記したメモ書きを眺めながら食後のアイスティーを味わっております。
俺が好んでアイスティーを欲しがったわけではなく、給仕頭の婆さんから
『ベネディクトんとこが、お礼代わりに置いていった氷でアイスティーを淹れるから飲んで行け』
そう言われたら、断るわけにも行かないよな。
それにしても、大衆食堂のランチで出されたスープパスタの後に、この氷を入れて冷やした紅茶が合っている気がする。
そんなことを思っていると、婆さんが声を掛けて来た。
「イチノスは夕食も食べに来るのかい?」
「どうかな? この後に冒険者ギルドで用事を済ませたら、店に戻るつもりなんだ。夕食には来れないと思うんだ」
「そうかい。じゃあギルドが終わったら顔を出しな。古いパンが余ってるから持って帰りな」
古いパンを持って帰れ?
カビが生えてないだろうな?(笑
まあ、今日の夕食と明日の昼食に使えればありがたいな。
「わかった、また戻ってくるよ。アイスティーをありがとう」
「はいよ、いってらっしゃい」
そんな言葉で婆さんに送られて、俺は大衆食堂を後にした。
◆
俺は大衆食堂を出て道を渡り、冒険者ギルドへと足を踏み入れた。
奥の受付カウンター前のホールへ進むと、特設掲示板へ目が行く。
特設掲示板の前に置かれた机には、ニコラスがいると思ったが、誰もおらず商人も冒険者も依頼を出しに来る人々もいない。
ただ、二人の見習い冒険者らしき少年が、特設掲示板に貼り出された質問状を一所懸命に読んでいる。
遠目に見ても、特設掲示板に貼り出されている質問状が、以前に見かけた時よりも明らかに増えている気がする。
受付カウンターへ目を移せば、やはり誰も並んでおらず、あのオバサン職員が暇そうに座っていた。
昼前に顔を出した商工会ギルドとは、随分と様子が違うな。
受付カウンターにタチアナさんの姿はなく、俺は大衆食堂で書いたメモ書きをカバンから取り出し、それを片手にオバサン職員へ声をかけた。
「こんにちは」
「あら、イチノスさん。冒険者ギルドへようこそ。今日はどんなご用件ですか?」
「今日は伝令が2件と、預り金の相談と、依頼が1件です」
「あら、沢山あるのね。そうねもうすぐ昼休憩からタチアナさんが戻ってくるから、伝令はその時に伝えてくれる?」
なるほど。オバサン職員は、伝令の件はタチアナさんに任せた方が良いと判断したのだろう。
「じゃあ、預り金の件と依頼の件は、お姉さんで良いんですか?」
「うん。預り金の件は私の担当だから任せて」
そう答えたオバサン職員が少し嬉しそうな顔を見せてきた。
どちらかと言うと、このオバサン職員は預り金などの出納関係が担当なんだな。
そうなると、再度、組まれるであろう古代遺跡の調査隊に、黒っぽい石を含んだ瓦礫を持ち帰ってもらう依頼の件は、キャンディスさんに聞いてもらう事になる気がするな。
「じゃあ、預り金の話ですけど、火曜に商工会ギルドで魔石の入札があるのをご存じですか?」
「あぁ、あれですね」
「その魔石の入札で、申し込みと同時に半額を商工会ギルドへ預ける必要があるんですよ」
「あぁ、なるほどね。じゃあ、イチノスさんの相談と言うのは、今の冒険者ギルドでの預り金の照会と、預り金の商工会ギルドへの移動、この二つの相談なのね?」
「はい、そのとおりです」
さすがは出納関係を担当しているだけあるな。俺の口にした少しの話で察してくれたぞ。
その後、オバサン職員の出してきた書類に記入して、商工会ギルドでの魔石の入札に必要な預り金の移動手続きを終えた。
「はい、これで手続きは終わりです」
「これって、火曜には商工会ギルドの預かりに入ってるんですよね?」
「えぇ、大丈夫ですよ。明日には向こうの預かりに入ってますから。あれ? もしかしてイチノスさんは、預り金の移動は初めてですか?」
「そうですね、初めてですね。そもそも商工会ギルドの預かりを使うのは、税金を払う時ぐらいですね(笑」
「フフフ、そうですよね(笑」
互いに笑いが出たところで、世間話程度に軽く問い掛けてみた。
「他に冒険者の方々も、商工会ギルドへ預かりを移動したりするんですか?」
「フフフ まず無いわね。むしろ護衛依頼で雇う商人の人達が、こっちへ預かりを動かすのよ」
こっちと言うのは冒険者ギルドのことだよな?
商人が商工会ギルドの預かりから冒険者ギルドの預かりへ移すというのは⋯
「なるほど、護衛依頼の支払いで商人の人達が使うんですね」
「そうよ。私達はそれで護衛依頼を受けたり⋯」
そこまで話したオバサン職員が、急に顔を寄せて小声で囁いた。
「時には断ったりするの⋯」
確かに、商人の護衛依頼を冒険者ギルドで受けるにしても、依頼を出す商人に支払い能力が無ければ冒険者への斡旋も成り立たないからな。
金貨を手にして護衛依頼を出しに来るよりは、預かりで処理した方が手間が省けるからな。
「じゃあ、イチノスさん。念のために火曜の入札で行かれた際に、預り金の移動は確認してくださいね」
そう告げたオバサン職員が、商工会ギルドへの預り金の移動手続きに使った書類の半分を渡してきた。
その書類を受け取り、カバンへ押し込み、これで今日の依頼の一つが終わったなと思った時、冒険者ギルドの裏へ通じるドアを隠す衝立から、タチアナさんとニコラスさんがこちらへ向かって歩いて来るのが見えた。
俺の目線が動いたのに気が付いたのか、オバサン職員も振り返った。
さあ、次は伝令だな。
「タチアナさん、イチノスさんが伝令を出したいんだって」
オバサン職員がタチアナさんへ声をかけた。
その声で二人が俺に気付き、揃って会釈をしてきた。
するとすぐさま、互いに顔を見合せると頷き合い、そのままニコラスさんが引き返して衝立の向こうへ消えて行く。
多分だが、俺がギルドへ来ていることを、ギルマスかキャンディスさんへ伝えに行ったのだろう。
一方のタチアナさんは、早足でやって来て、俺の目の前でオバサン職員から譲られた席へと座った。
「こんにちは、イチノスさん。伝令のご依頼ですね」
今日もタチアナさんは明るい笑顔で接してくれる。
「伝令を2通出したいんだ。1通が西町南のカレー屋のバンジャミってわかるかな?」
「あぁ、あの噂のカレー屋ですね」
噂のカレー屋か⋯
まあ、カレーその物が珍しい食べ物だから噂にもなるのだろう。
「そう。そこの女将さんの『アリシャ』さんへの伝令をお願いしたいんだ」
「わかりました。もう一通は?」
「領主別邸のフェリス様⋯ コンラッド殿宛かな」
「カレー屋のアリシャさん宛は直ぐに出れますけど、領主別邸宛は夕方の出発になりますね」
そう言えば、数日前にサノスがそんなことを言っていた記憶があるな。
「わかった。それでお願いできるかな」
「中身のお手紙は準備されてますか?」
「いや、用紙を貰えるかな?」
「はい、2通分の用紙と封筒です」
タチアナさんから差し出された封筒と用紙を受け取り、俺はその場で記入を始めた。
すると、タチアナさんが椅子に座ったままで少し背伸びをして、俺の背後へと目をやり片腕を伸ばした。
これはさっきの特設掲示板で、質問状を読んでいた見習い冒険者へ合図を出してるんだな。
そう思ってタチアナさんを見れば、指を1本出して伝令の数を伝えていた。
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