12-12 魔物討伐と盗賊


「それにしても本当に襲われたんだな」


 ワイアットには、雑貨屋を出た後にオリビアさんから借りた傘を壊した経緯を掻い摘まんで話した。

 ヘルヤさんを送って行ったこと、宿の前で別れて店へ向かう途中で襲われた事をワイアットへ話した。


「ククク 久しぶりに真剣と向かい合ったよ(笑」

「ほぉ~ 久しぶりか⋯ イチノスもそれなりに経験があるんだな」


「まあ、それなりにな(笑」

「おいおい、イチノス。笑い事じゃないだろ」


「確かに笑い事では済まんな。一つ間違えば命を落としていたかも知れんからな」

「イチノスは、そうした荒事は苦手だと思ってたぞ」


「苦手も何も好きな奴はいないだろ」


 正直に言って俺は荒事は好きじゃない。

 確かに俺は、魔法学校時代に初めて他者へ向かって、攻撃を目的として魔法を放ってしまった。

 あの時は、無礼な言葉に対する怒りの感情での行動だった。


 その後、王都で過ごした日々の中で、少しばかり強盗紛いの輩(やから)に金銭目的で狙われた事はある。

 魔法学校へ通う貴族の子弟や、研究所に勤める身分と知れれば、例え王都であっても狙われることがあると学んだ。

 そうした輩(やから)が集まる地域へ、迂闊に足を踏み入れた自分の落ち度ではあった。


 だがそうした金銭が目的ならば、持っていた金銭をばら蒔けば、俺に向けられた敵意は直ぐにばら蒔かれた金貨や銀貨へ向かう。

 そうした隙を作れれば火魔法で撃退することもできよう。


 けれども、あの夜に襲ってきた三人組は違った。

 明らかに俺の命を狙ってきたのだ。

 そうした輩に対峙したのは初めてだったと思う。


「確かに俺は、荒事は好きじゃないな。それともワイアットは真剣で他人に斬りかかるのが好きなのか?(笑」

「いや、イチノス。これは笑い事じゃないんだ。そう言うのが好きな奴もいるんだよ」


「えっ?」


 ワイアットが何とも恐ろしいことを言い出す。


「但し、相手は人間じゃなくて魔物だがな(笑」

「なんだよそれ?(笑」


「俺達の中には魔物を討伐するのが好きで、この仕事に就いた奴もいるんだよ」


 魔物の討伐が好きで冒険者になった奴がいるなんてかなり驚きだ。


 だが半分理解することも出来る。

 冒険者の中には、より強い魔物を討伐したい考えの奴らもいるのだろう。


 また、ワリサダやダンジョウがゴブリンを殲滅したように、人間へ害をなす魔物を討伐する考えを、俺は強くは否定できない。

 それに俺も魔物と対峙したなら、迷うこと無く魔物を焼き尽くす火魔法を放つだろう。


「ワイアット、そう言う奴でも、さすがに人は襲わないだろ?」

「そいつは人は襲わないな。あくまでも魔物を討伐するだけだな⋯ だがな、イチノス」


 そこまで言ったワイアットが恐ろしいことを言ってきた。


「世の中には人を襲うことに喜びを感じる奴もいるんだよ」

「何だそいつは。世の中にはそんな危険な奴がいるのか?」


「まぁ、盗賊だからな(笑」


「ククク」「カカカ」


 ワイアットの話にオチが付き、角を曲がると店の前に街兵士が張った簡易テントが目に飛び込んできた。

 簡易テントには女性街兵士が二人、後ろ手で仁王立ちだ。


「イチノス、あれは何だ?」


 ワイアットが足を止め、手にした傘で街兵士が張った簡易テントを指す。


「あれか? 三人組に襲われたら街兵士の立番が付いたんだ」

「イチノス、もしかして魔道具屋のように店が交番所になるのか?(笑」


 ワイアットが半分笑いながら言うのは、交番所になる魔道具屋の事だろう。

 あの店は主が捕まって、暫く街兵士が立っていたかと思うと交番所になるという流れだからな。


「ワイアット、俺の店を交番所にしたいのか?」

「イチノス、冗談に決まってるだろ(笑」


「カカカ」「ククク」


 そうこうして簡易テントの前へ来ると、女性街兵士二人が俺に気が付いた。

 二人は実に綺麗な姿勢で王国式の敬礼をしてくる。


 それに応えて俺も王国式の敬礼をすれば、ワイアットも俺の斜め後ろで敬礼をしてきた。


「お疲れ様です」

「「はっ! イチノス殿、お帰りなさい!」」


 二人の女性街兵士が、幾分、砕けた言葉使いになってくれた気がする。

 そんな二人への敬礼を解けば、二人も敬礼を解いてくれた。


「二人のおかげで安心して出掛けれました。ありがとうね」

「「ありがたい言葉に感謝します!」」


 俺が労いの言葉を掛ければ二人とも明るい顔だ。


 二人の女性街兵士に会釈しながら、店の出入口の扉に手を掛けて、ふと止めた。


「ワイアット、サノスが接客する様子は見たことがあるか?」

「サノスの接客?」


「あぁ、俺の店でサノスがどんな風にお客さんと接してるかを見たことあるか?」

「無いな」


「見てみるか?」

「おぉ、面白そうだな(笑」


「じゃあ⋯ ポーションを買いに来たことにしよう(笑」

「よし。ポーションだな」


 そこまでの会話でワイアットは察してくれたようだ。


カランコロン


 店の出入口の扉を開け、俺はワイアットを店へと招き入れた。


「は~い いらっしゃいませ~」


 鐘の音にサノスが作業場から飛び出してきて、明るい声で俺とワイアットを出迎えてくれた。


「あれ? 父さん。どうしたの?」

「サノス、お客様だぞ」

「⋯⋯」


 まずはワイアットと会話しようとするサノスを制して、お客様として扱うことを求めてみる。


「えっ? お客様?」

「そうだ。魔導師イチノスの店に来てくれたお客様だ。例えワイアットが相手でも、サノスならきちんと接客できるよな?」


 そう告げて店舗と作業場の出入口に目をやれば、ロザンナがじっと見ている。

 俺の目線を辿ったサノスがロザンナが見ていることに気が付いた顔を見せた。


「ウホン」


 ワイアット、絶妙なタイミングでの咳払いだと思うぞ(笑



「お客様、本日はどういったご用でしょうか?」

「そうだな⋯ 明後日から調査隊で出掛けるんでポーションが欲しいんだ」


 サノスがワイアットを接客している。

 俺の『お客様』の言葉とロザンナの視線に応えたサノスが、見事に切り替え、ワイアットの接客を始めてくれたのだ。


「ポーションですか? 大変に申し訳ありません。只今、品切れしてるんです」

「明日には手に入るだろうか?」


 ワイアットの言葉にサノスがチラリと俺を見てくるが、俺は腕組みをしたままで知らんぷりをしてみる。


「お客様、本当に申し訳ありません。次にポーションがお出しできるのは来月になってしまうんです」

「う~ん そうかぁ⋯」


 ワイアットが困ったふりをして見せる。

 そんなサノスとワイアットのやり取りを作業場の入口、店舗と作業場の出入口に立ったロザンナがじっと見ている。


「イチノス、まだ続けるのか?」

「いやいや、ワイアットが満足したなら終わりにしよう(笑」

「はぁ~」


 サノスが溜め息をついて、ワイアットとのお芝居を終わらせてきた。


「イチノスさん、これって何をしてるんですか?」


 サノスとワイアットのやり取りが終わったと気が付いたのか、作業場から見ていたロザンナが声を上げた。


「サノスの接客をワイアットに経験してもらってるんだ」

「???」


 どこか納得できない顔でロザンナが首を捻っている。


「ロザンナ、お客様へお茶の準備をしてくれないか?」

「は、はい」


 そんなロザンナへワイアットをもてなす準備を願えば素直に応えて作業場へと戻って行く。


 一方のサノスは、俺とワイアットに何かを言いたげな顔だ。

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